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smashing! ごほうびはせんせい


佐久間イヌネコ病院、佐久間鬼丸獣医師と喜多村千弦動物看護士は今日も忙しかった。だが今週は学会があるのでその間は休診。今回は喜多村も同行することになった。犬のリイコを結城と小越に預かってもらって、二人で行くことにしたのだ。
いわば。二人きりで旅行。

いままで一緒に旅行なんて行ったことない。再会できてから何かと慌ただしかったから。大学時代なんて付き合ってもなかったんだ。そういや鬼丸に会ってから付き合うまでに9年ちょっとか。俺よく待てた。その間誰とも付き合わなかった。軽くあれやこれやはあってもだ。頑張った。そりゃ長年のアレ拗らせたまま再会して両想い確信した途端速攻押し倒したのも無理ないよね。喜多村は虚空を見つめて思いを馳せる。
この旅行は鬼丸との蜜月(違う)ていうかまだケコンしてないから婚前(違うて)千弦お前な浮かれてるけど学会だから。勉強なの。ちゃんとまとめて後で情報交換とかしなきゃなんないから。佐久間の再三の注意も彼の耳には届いてない。そんなこんなで。
今回の会場は、宇宙開発にまつわる街である。

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早朝。開場を待つ二人は、列から離れ自販機の前のベンチにいた。本日の喜多村は少しカジュアル寄せのスーツだが、十二分にスタイリッシュな仕上がり。そして佐久間の珍しいスーツ姿に、喜多村は昨晩から興奮を隠せずにいた。佐久間のスーツはどちらかといえばニューヨークスタイル。カジュアルで柔らかい素材のものだ。パッドも入ってないので軽くしなやかで、佐久間によく似合っていた。これ一張羅なんだよな。佐久間の恥ずかしそうな態度も実にそそる。喜多村は全世界に感謝したくなった。柔らかい素材のスーツもまたいいなあ。カッチリしたのも悪くないけど、スーツごとギュッしたら中も程よく柔らかいよなあ(妄想)鬼丸可愛いよスーツ可愛い…(遠い目)
特におかしな動きは見られないが、この喜多村は明らかに浮ついている。なんとなく理由も読める。このスーツだろうな俺もそうだった挙動不審なるもんな。佐久間は溜息を付く。
もうあれか、あれを匂わせるしかないのか。

「うまく落ち着けたら、その、なんだ…ご褒美…?」
「!!!!どんな!!!!」
「それは内緒だ。ちゃんとできたら、内緒のご褒美」
「!!!!!!!!!!!」

その一言で喜多村は「ジョブ・ストイック」に瞬でクラスチェンジ。
集会が終わるまでの約10時間。その間、喜多村は見た目も応対も素晴らしく紳士的で勤勉な医療関係者として、周囲をちょっとだけ色めき立たせたのだった。


…長かった。
こんなじっとして講演聴くのなんてどれだけぶりだろう。お昼何だったっけ。あ、ヒレカツのプレートだ美味しかったんだった。講演の内容は凄く勉強になった。野生動物学のと獣医解剖辺りも本当にためになったと思った。いろんな先生とも知り合えたし、あとでメール送らせてもらおう。佐久間は手早く手元の資料を片付け、隣の喜多村に声を掛ける。

「千弦。どうだった?俺のやつもあとで見て欲しいんだ」
「うん、ちょっと待ってて。あと少しね」

ノートにきっちりと纏められた講義の内容。几帳面とも言える喜多村のそれを見るのは大学以来だ。俺なんかよりよっぽど成績よかったもんな。佐久間は懐かしさに目を細める。

「…っし。終わった。大体こんなかな」
「じゃ宿いこっか。卓の取ってくれたとこ。ルート見たらここから車ですぐだって」

いまだ会場周辺は賑やかで、あちこちで名刺交換したり会釈したり挨拶も忙しない。それでもちょっとした開放感に浮かれながら、両手が書類で塞がってなければ手でも繋ぎそうな勢いの二人は、ようやく会場を後にした。

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会場からタクシーで15分程度。賑やかな街中から少し離れた所にあるいい雰囲気の料亭旅館。その料亭で出された夕食は、鯛と筍の炊き込みご飯御膳。併設された旅館は露天風呂付き、各部屋完全個室。友人で元不動産会社営業マン・結城卓イチオシの宿でもあった。

「あいつほんと完全個室とか詳し…」
「シッ…どっかであいつ聞いてそうな気する」

バチ当たりな発言をしつつ廊下を進み、二人は客室に入る。この旅館、ご要望は当館コンシェルジュにって書いてあるね。へえ、仲居さんじゃないんだな。コンシェルシェル言いにくいな。スーツをハンガーに掛け部屋着に着替える。これまるで作務衣みたいだ、佐久間が笑う。

「浴衣がよかったん…」

喜多村が分かりやすいくらいに落ち込んでいる。ワイシャツを掛けながら聞こえない振りを決め込む佐久間を、突然後ろから羽交い締めにした。

「ぐっ…!落ちる落ちる!なんで!」
「…ご褒美。当然だよねもらえるよね俺がんばったよね俺」
「うーん…じゃあまず、お風呂入っといで。ほぐさないと」

ー ほ ぐ す ?

「じ、じゃあ鬼丸も一緒に風呂…」
「俺?俺はあとでいいよだって汗だくなるし」

ー つ ゆ だ く ? (違う)

(そうか俺がお前の汗ビショ大好物だからかヒャッハーーー鬼丸うううアアアアア……それにしても「ほぐす」が気になるな俺の…俺のを?「ほぐす」? ひょっとして穴?それはないだろうけど、よく全身ほぐしとこう全身全霊……)

喜多村は秒で入浴を済ませ秒で出てきた。ちゃんとほぐせた?佐久間の心配をよそに喜多村はタオル一枚の仁王立ち。千弦さパンツだけ履こうか。顔を赤らめる佐久間にパンツを履かせて貰う27才。漂うおねショタ感。

「じゃ、布団で俯せなって千弦」
「…こう?」

しっかりとした厚みの布団に敷かれたバスタオルの上に、素直に俯せる喜多村。未だこのプレイの全容が掴めないでいる喜多村はただただ興奮し、身体の下で押し潰されたチソチソはもう限界を極めていた。痛い。チソチソ痛い。
背中になにか生温かいものが垂らされ、佐久間の掌がそれを塗り広げるように滑っていく。微かに柑橘系のいい香り。背骨に沿って所々ツボを押され、あっちとはまた違う気持ちよさが徐々に広がっていく。のは、ここまでだった。

「んぎ…!」

打って変わって佐久間の指先が強烈な指圧を始める。あまりの衝撃に呼吸を忘れた喜多村に向かって、静かな佐久間の声が朗々と流れる。

「こうして、テコの原理を利用して…ほらここ、エネルギーラインが走ってるんだ。これに沿って老廃物を…」
「あぎゃっ!!!!」
「…こうして捩って、そうそう腕も捻って。俺もストレッチできるんだよねこうやって、一緒にグーって…」
「!…!!!!…………!!」

イタイイタイイタ…キモチイ…キモチイイイイイ……一通り痛みが通り過ぎた後の、温かい血流のビッグウェーヴ到来、なにこれ。今にも意識も記憶も飛びそう。

「これね…俺…寺で修行増の人…ね、タイのワットポースタイル…亜流で…で…いんだ……」

佐久間の落ち着いた声が心地良く、でもどんどん遠ざかって。喜多村は今日一日の疲れと、ストイックな俺を頑張った緊張が解けたのもあり、ものの数十分で布団の海に沈められたのだった。

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「気持ち良かった、けど」
「ごめん。よく寝てたから起こせなかった…」

帰りはオレンジの枠が美しい特急電車。隣同士で座る佐久間とふて腐れる喜多村。昨日、待ちに待ったご褒美がなんちゃらワットポーでそれはそれでホントに気持ち良かった。けど、なんか思ってたんと違う。しょげる喜多村に心底弱い佐久間は意を決して、再度ご褒美の提案をした。流石にちょっとだけ可哀相感もあって。

「家着いたら、俺のマッサージ受けたご褒美、どう?」

一瞬喜多村の目が輝いたが、すぐに疑いのそれに変わる。大丈夫(?)今度こそお前の好きそうなやつ。佐久間は喜多村の膝をぽんぽんと叩いた。

「鬼丸て、昨日なんでオイルとか持ってたの?」
「俺がいつも指先に塗るやつなん。足先とかも」
「鬼丸が塗ってるやつなの?」
「うん」
「全身に?」

そうだな、クリーム苦手だもんで全身使ってるかもしれんわ。うっかりそう零した佐久間は、隣であらぬ気配を感じる。こ、ここで性欲魔神降臨。てかお前こんなとこでその顔。

「それ全身に付けて、俺に跨がって塗って」
「………………」

真剣な雰囲気、真面目くさった顔。端から見れば深刻、もしくはなんらかの只ならぬ相談をしているにも見える二人。電車の座席に座ったまま見つめ合う。動けない。佐久間はご褒美に対する喜多村の要求に、また自分の認識の甘さを身を持って知るのだった(何回目だ・当社比)






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