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smashing! ととのえるおれと
地下にフリーパーキングを持つとあるビル。その一階の片隅。看板はなく、一見何の店なのか見当の付かない店舗があった。スモークガラスの自動ドアに小さく「Yukihira's cleaners」の表記。クローク風のカウンターには執事的出で立ちの若い店主。ここは会員限定のクリーニング屋だ。
行平クリーナーズ店主、行平真琴。ここに店を出して10年になる。繁華街やオフィス街に近く口コミの効果もあって、お陰様で売上げも上々。難しい高級生地を使用した洋服の洗浄を得意とする行平にとって、弁護士や取締役など格好の顧客が揃っている。
「こんにちは…」
「いらっしゃいませ、雲母さん。スーツ仕上がっていますよ」
やってきたのは税理士・雲母春己。着道楽の彼はフルオーダーで贅を尽くしたスーツや礼服を数多く所有していた。生地が繊細で扱いにくいほど、行平はクリーニング作業にたまらない悦びを感じるのだ。そういった意味でも、雲母は行平にとって最高の太客の一人。そして、彼にはちょっとした想いも抱いていた。(ああ、雲母さん今日もすっげえいい匂いするぅ…)
雲母から受け取った数着のスーツ。丁寧に畳まれたそれらに、行平はふと違和感を覚えた。「匂い」が違うのだ。
「大変ですね、お仕事でしたか?ドレスコード付き?」
「いえいえ、友人と仲良しコーデをね。ンフフ…」
仲良し…とかゆっちゃうんかこの人なんなのかわゆ…しかしそんな心の萌えを気取られないよう何気ない世間話なんかを折り込みながら、それとなく情報を聞き出す。
「…で、僕とほとんどサイズが一緒の彼がね、とてもスーツが似合うので、最近よく合わせコーデで出掛けたりして…」
「そうですか…ご友人……彼ぴ…」
「え?」
「や、なんでも。仲がよろしくていらっしゃるんですね。お付き合いは長いんですか?」
「…いえ!付き合ってはないです全然友人だしだって彼には可憐な彼がいらっしゃってですね羨ましい限りだったんですが実はこないだ僕にも…ねあれ聞いてます行平さん?」
雲母さんのノンブレス。ああ…その満面の笑顔の理由を聞かされることになろうとは。しくった。墓穴掘った。動揺しながらも受け取ったスーツを広げ、店内に張り巡らされたポールにフックで掛ける。その手順を眺めていた雲母が、ぽつりと零した。
「行平さん、ここのポール、ダンサーの人踊れそうですよね」
「雲母さん…なんて?」
「だってすごく綺麗で頑丈で、余裕でポールダンスできそう」
天井から壁から何本も行き交うスチール製のポールは、預かった洋服をスタイリッシュに見せる為の演出でもある。非日常的な空間を造り上げたのが災いしてか、雲母にとってはポールダンスの棒にも見えてしまったようだ。
「…それより私のポールで、ダンスして欲しいですねーなんて…」
あしまった。
空気が凍った、ような気がした。俺の趣味が災いした。ダジャレ、オヤジギャグ。長く受付やってると、そういった言葉遊びがなにより楽しくなっちゃったんだ。年配の重役さんなんかにものすごくウケる。ウケた時の快感たるやもう、雲母さんの総シルク生地のスーツを完璧に仕上げた時みたいな、天にも昇る気持ちよさが…
「…プッ…ククク………」
雲母は真っ赤な顔でカウンターで悶絶していた。ウケ…た?どれが?いまのが?ポール?ダンス?
「…あすみません…やっぱり行平さん面白い…僕の彼にも教えたげますククク…」
雲母さんは笑いを堪えながらお辞儀し店をあとにした。取り残された俺は決定的カミングアウト&突然の失恋でしばらくの間動けなかった。
だが、腹は括れた。
俺はこれまで雲母さんに割とカッコいいとこしか見せないで居られたけど、これからはもう何でもおおっぴらにイケる気がする。怖い物も失うものもない。既にブロークンハートだし。行平は脳内のありったけのダジャレストック(おじさんのやつ)を反芻し、次に雲母が来店するであろう来週に向けて、自己鍛錬を心に誓うのだった。
こうなったら俺は貴方を永遠に笑わせたい…雲母さん!
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地下駐車場を早足で横切り、雲母は愛車のワーゲンに素早く乗り込んだ。
「グッ…ンフフッ…私のポールで、ダン……フッ…」
笑いの衝動を押さえるためハンドルに突っ伏し悶絶する雲母。彼の笑いの沸点は、それこそ幼児並みに低いのだった。
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