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スルタンイブラヒムという魚を胡椒で煮付けにしてみたり(オマーン旅行その2)

今回の旅の目的は、(ほぼ)ダイビングだったので、私たちは毎朝、海へ通った。ダイビングツアーの朝は早くて、ホリデーだというのに朝6時に目覚まし時計を合わせていたのだけれど、アラームが鳴る前にちゃんと目が覚める、楽しくて。夏のマスカットは曇りがちで、湿度が高くてとても暑い。窒息しそうな暑さだった。気温自体はバクーとさほど変わらず、35,6度なのだけれど、その湿気のせいで体感温度は40度を超えていた。そして、アゼルバイジャンよりはずっと服装に厳格なオマーン、私はいつも長袖長ズボンといういでたちで過ごしたので、余計に暑い。その横を、全身を黒のアバヤですっぽりと覆った女性たちが、涼やかな姿で通り過ぎてゆく。やっぱりそこは慣れなのかしら。

海は、本当にきれいだった。珊瑚礁がどこまでも続く美しいリーフには、たくさんの海の生物が生きていて、私たちはその一部なのだという、あの感覚がわっと身に戻ってくる。海の底にいると、いつも自分が小さくて、この世界のほんの些末でちっぽけな存在であることを思い出す。この無骨な装置がなければ、この環境では私は数分も生きられないのだ。海亀がゆうゆうと泳いでいる。同じ肺呼吸の生物でありながら、ずっとエレガントに。

陸に上がると、シャワーを浴びてログをつけ、インストラクターのサムと今日のできごとを振り返り、明日の打ち合わせをしてから、街へと戻る。今回は車を借りたので、移動がとても快適に済む。時刻はまだ3時少し前といったところ。けれども、ずっと海風を浴びてボートに乗り、1時間ほどのダイブを2本こなした後だと、意外と疲れ切っていて。涼しいショッピングモールに逃げ込んで、つめたい飲み物を飲んだり、ちょっとウインドウショッピングをしたあと、スーパーマーケットで食材を調達するのが精一杯なくらい。

私はいつでもどこでも、外国のスーパーマーケットを訪ねるのが好きだ。もちろん、店主との会話が楽しめる小さな個人商店や、市場の楽しみは別格だけれど、スーパーマーケットのあの無機質で明るく清潔な環境にほっとする自分もいる。今回泊まっていたホテルのすぐ近くには、大きなモールがあって、そこには仏資本のスーパーマーケットがあったので、便利に通った。

ダイビングの日の昼食は、船の上でケバブやファラフェルをピタに挟んで、さらにホンモス(豆のペースト)やババガヌーシュ(焼き茄子のペースト)などをのせた簡単なサンドイッチを齧るくらいなので、私たちは断然、夕ご飯は魚が食べたい。なのでまずは鮮魚売り場をチェックしてから、その日の献立を決めるのだ。

私たちの通ったスーパーマーケットでは、氷を敷き詰めた台の上に新鮮な魚介類を並べて、量り売りをしてくれるのだけれど、意外にそのラインナップは毎日変わる。海老を買いたいと思ってきたものの、解凍のインド産しかなかったので、プランBで目の前の海でとれた魚を探す。たずねると、スルタンイブラヒムという魚(大きなヒメジみたいな赤い皮の魚)がおすすめだと言うので、それを一尾、鱗だけを取り除いてもらう。メインはそれを煮付けにするとして。野菜売り場をうろうろしていると、冷蔵棚に絹ごし豆腐があった。喜び勇んで買う。

野菜は、ルッコラみたいにぴりっとと辛味のある青菜と、紫玉葱、にんにく、生姜、パセリ、ライム(酢の代わりにもなる)などを買う。オクラもあった。トマトは、(迷ったけれど)オランダ産のきれいなミニトマトを。調味料売り場では、なぜかオーガニックの麦味噌と日本の天ぷら粉がバーゲンセールで叩き売られていたので、買っておいてみる。お米も、短粒のカルローズ米があった。それを1kg。それから、オレンジジュースの大きなボトルと、炭酸水を数本。これでだいたい2,500円くらいのお買いもの。

ホテルに帰って、暫しプールでぷかぷかとして(まだ泳ぐ)から、つめたいビール(アゼルバイジャンから持って来た)を飲みながら料理開始。持参した気に入りのスピーカーで、好きな音楽を聞きながら。こういうのってとっても楽しい。

初めて見たスルタンイブラヒムは、お腹の中が少し黒くて(のどぐろみたい)、わたもぷりっとしているし、目もきらきらしているので、とっても新鮮そう。三枚おろしにするのも面倒だったので、小出刃で筒切りにした。煮崩れないし、簡単でいい。鍋にウォッカと醤油、砂糖を少し(これは部屋に備え付けのコーヒー紅茶カウンターから)をあわせて煮立てて、筒切りの魚を並べて粒の黒胡椒と針生姜を加えた。落し蓋がなかったので、一回り小さい皿をのせて、強めの中火でさっと煮付ける。身に味を染み込ませるのではなくて、とろりと煮詰めた煮汁を絡めて食べるので、短時間で煮上げていい。

副菜は、オクラをさっと湯がいて、おひたしに。茅乃舎のだし袋を破いて、粉を出してまぶしてお醤油を少しかける。サラダは、紫玉葱を砂糖と塩、ライム汁でマリネに、青菜はごま油をまぶして、ミニトマトを混ぜる。豆腐には、持参のゆかりミックスとごま油をたらり。これでおかずは勢ぞろい。

久しぶりに、鍋でご飯を炊いた。浸水させておくことだけが肝で、あとはそんなに難しくはない。沸騰したら一旦かき混ぜて蓋をして、弱火で13分したら火を止め、10分蒸らす。

料理が出来が上がる頃には、近くのモスクから、礼拝の呼びかけが聞こえ始める。窓の外には、見慣れぬ白っぽい家々の街並みが続く。慣れないキッチンでもなんとか料理して、ふたりで食卓につくと、なんだか家にいるみたいな気持ちがする。わが家をこんなに遠く離れても。

あなたがもし、この創作物に対して「なにか対価を支払うべき」価値を見つけてくださるなら、こんなにうれしいことはありません。