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『拡張による学習』をレゴ®︎シリアスプレイ®︎メソッドの文脈で読む(5)第2章 人間の学習の歴史的形態としての学習活動とその出現(後半) p.122~

 本書の第2章は100ページ以上あるため、前半と後半に分けてNoteに書いている。前半では、人間活動の構造とはどのようなものかが明らかにされた。後半は、人間活動の構造が歴史的に展開するダイナミクスの源についての言及が行われる。

矛盾が学習の契機となる

 人間活動の構造に生じるダイナミクスは「矛盾」から生じると『拡張による学習』の著者のエンゲストロームは主張する。

人間活動の基本的な内的矛盾は、それが社会全体(societal)での生産の相対であり、そして多くの中の一つの特殊な生産でもあるという二重性にある。…(中略)…いかなる特殊な生産活動の構造の内部でも、個人の行為活動システムの総体との間の衝突として矛盾が繰り返し生み出されている。

『拡張による学習』(日本語訳版)p.122より
太字は引用元では強調点となっている

 あらゆる人間活動は多かれ少なかれ社会性を帯びているとすれば、「矛盾」の発生は避けられない。その矛盾を乗り越えるために、個人の活動を活動システムの全体と合うように「拡張」する学習を行うのである。

 エンゲストロームによれば、この「矛盾」は、代表的には4つのレベルで現れてくるという。

人間活動の構造

 レベル1:中心的活動の各構成要素の内部で起こる矛盾

 ここでいう構成要素は「主体」「コミュニティ」「対象」「道具」「ルール」「分業」などに相当する。
 特にこの矛盾は「交換価値」(貨幣などで換算したときの価値)と「使用価値」(実際に使うことの価値)の間の葛藤から起こるという。
 ある人は生きるために「道具」の交換価値を高めることに迫られ(貨幣を得られる)、自分が消費する分には使用価値の不満はなくても、交換価値を高めるように「道具」を改良しようとするかもしれない(高機能化を進める)。その葛藤の結果、「道具」の使用価値を下げる選択もあるかもしれない(大量生産ができるように質を落とす)。
 このパターンの矛盾は、あらゆるものが「商品」とみられる資本主義社会ではより生じやすくなるともされる。ゆえに、資本主義社会では矛盾に当たる機会は多くなる。
 また使用価値と交換価値は、ある物事に対する自分の評価と他者の評価とも読み替えられる。私たちは商品・サービス・知識などのような道具においても、ルールにおいても、分業の在り方においても、たびたび食い違っているのを見たり感じたりする(もっとこうあればいいのに)。
 また、例えば「主体」である私自身についても自分の評価と他者からの評価に悩むかもしれない。自分自身にそれほど不満はなくてもこの世の中で生きていくためには自分の交換価値を上げていかざるを得ず、しぶしぶ学んで使用価値を高めていくかもしれない。
 その食い違いを解消するためにお互いの理解を擦り合わせ、道具、ルール、分業の在り方に変更を加えて矛盾を解消する。その過程で様々なことを人間は学んでいく。変更を加えられた道具、ルール、分業の在り方は、新しく広い文脈に合致したものになる(受け入れられるものになる)だろう。そこでは「拡張による学習」が起こっている。

 レベル2:中心的活動の構成要素の間で起こる矛盾

 これは「主体」「コミュニティ」「対象」「道具」「ルール」「分業」などの間で起こる矛盾である。例えば「道具」の進化の結果、既存の「ルール」が妨げになる場合である。コロナ禍でZoomなどのリモートワークの道具が浸透していくにつれ、既存の会社の「ルール」との摩擦が生じた例はあちこちで見られただろう。このケースはレベル1で起こった矛盾がレベル2に波及していくということもできる。

 レベル3:中心的活動の「支配的な対象や動機」に「文化的により進んだ対象や動機」を導入しようとしたときにその違いから起こる矛盾

 これは、理想(文化的に進んだ状態)と現実(支配的な状態)のギャップと考えると分かりやすい。理想を掲げたいが、現実が追い付いていない場合、現実の「道具」「ルール」「分業」の在り方、もしくは「主体」「コミュニティ」「対象」の在り方を見直し、変更するという動きが生み出される。もちろん、導入しようとしても保守的な動きによって変わらない場合もある。その場合には学習は起こらないということになる。

 レベル4:中心的活動と隣接諸活動との間で起こる矛盾

 ある場所での活動は、それに関連する他の活動から影響を受ける。例えばある会社の活動は、その会社に入る前の教育活動を通じて「主体」が影響を受けている。教育活動において「主体」が学んできたこととその会社の活動が食い違っていれば、そこに矛盾が起きてくる。また、法律の制定や変更によって「ルール」が変化するかもしれない。取引先の活動や採用している他社製の生産道具の変更は「分業」の在り方を変えるだろう。

 このような4つのレベルで矛盾が生じるわけであり、レベル1には人間である以上避けられない矛盾が組み込まれているとも言えるわけであるから、人間活動において学習の機会は豊富にあるということになる。

学習と発達

 学習は時間と共に生じる矛盾を乗り越える形で起きていく。このとき、学習がその時々の状況に応じた、その場限りにしか通用しない学習の場合と、その後のさまざまな変化にもある程度耐えうる学習の場合とがある。後者が見られる場合、学習の結果として、活動は「進化」や「発達」をしたということができる。では「進化」や「発達」とそうでない場合の差はどこから生まれるのだろうか。

 その答えの一つは、さまざまな変化に耐えうる学習では、周りの変化によって自分がいまどのような文脈に置かれるようになっているかがわかり、その文脈に合わせて思考できること、すなわち「メタ思考」ができているということになる。

 そのように「進化」や「発達」していくための仕組みの解明は、次の第3章の中心的な話題となっている。

レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドとの関連~矛盾の創出を意識する

 レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドにおいて、人々の間で変化が起きていくためには、自分と他人との考え方の違いなどを「矛盾」として感じ、その「矛盾」を乗り越えて新しい思考にたどり着く、というイメージでワークショップを展開していくことが重要になるだろう。

 「レベル1:中心的活動の各構成要素の内部で起こる矛盾」については、ファシリテーターが、「道具」「ルール」「分業」それぞれの内部で、矛盾を起こしていくように導くことが学習を起こさせるポイントであると示している。

 「道具」、レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドのワークショップでは参加者が作るモデルについては、ファシリテーターもしくは他の参加者が問いやフィードバックを投げかけることで、モデルの新たな側面を浮かび上がらせることができる。ここでは、作り手があまり意識していなかった側面に光を当てるという意味で小さな内的矛盾を引き起こしているといえる。問いやフィードバックの後にモデルを少し改良するように促すのも、「道具」を洗練させていく良い方法だろう。

 「ルール」について、レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドにおいては、基本的にファシリテーターが厳格にコントロールしている。特に基礎演習において、少しずつ参加の仕方についてのエチケット、意味づけの方法、モデルへの質問などの「ルール」を追加する。これは疑似的な活動の発達をファシリテーターが参加者に体験させているともいえる。「ルール」が加わることによって、よりワークが充実する感覚を参加者に持たせることがファシリテーターには求められる。

 「分業」について、レゴ🄬シリアスプレイ🄬メソッドにおいては、それぞれがモデルを通じて自分の考えとストーリーを語り、ワークに全員が等しく参加するという役割体制は基本的に変わらない。ただし、ストーリーを語る順番を変えたり、ファシリテーターがモデルへの質問や意見を求めることで、参加者のワークへのかかわり方の意識を変えることができる。うまく行うことで活動全体が活性化する。

 「レベル2:中心的活動の構成要素の間で起こる矛盾」はワークショップ設計において、ファシリテーターが最も力を入れるべきポイントでもある。「道具」「ルール」「分業」のいずれかを変えることで相互に要素の変化が出て新しい活動が生み出される可能性があるからだ。

 例えば、それぞれのモデルは「自分の考えを表したもの」であるとしながら、それぞれのモデルの一部を使って共有モデルを作るという「ルール」を導入することは、参加者の個別の「道具」であるモデルの間に矛盾を引き起こしながら、単なる個別のモデルの総和ではないモデルを作り出す。
 また、「他の人の作ったモデルをその人に代わって説明する」という「ルール」の導入も「道具」であるモデルと作り手・語り手の関係に矛盾を生じさせ、単なるモデルの共有以上の活動となる。複数のグループを組んでワークショップを組んでいる場合には、他のグループでどのような話が出たのかを手分けして聞きに行かせるという「ルール」も入れるということもある。これは「分業」の中にそれまでに無い要素を入れ、矛盾を入れるということでもある。

 「レベル3:中心的活動の「支配的な対象や動機」に「文化的により進んだ対象や動機」を導入しようとしたときにその違いから起こる矛盾」は、ワークショップのシナリオにそのまま組み入れることが多い視点であるといえる。いわゆる理想と現実の対比を作り出し、それの差をどう解消するかという構成のワークショップである。注意せねばならないのは、矛盾は創造のための土壌となるが、矛盾のストレスが強すぎると創造に向かう気力も奪いかねないという点である。

 「レベル4:中心的活動と隣接諸活動との間で起こる矛盾」は、ワークショップそのものというよりは、それをめぐる環境条件の変化による影響を創造すると分かりやすい。予算の関係で十分なサポートのファシリテーターを確保できなくなった、参加者が十分に集まらなかった、組織内の事情で上司が見学に来る、など様々な要因からの軋轢にワークショップはさらされることになる。このときに大事なるのは、そのような一見、イレギュラーな条件でも「拡張による学習」のチャンスでもあるという視座である。これは参加者というよりも活動の設計と進行を司るファシリテーターが強く意識しておくべきことであろう。

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