見出し画像

千里の行も足下に始まるー2023年は磯巾着ー

皆さん!毎度ご無沙汰!
産業保健師の🦒きりん🦒です。
2023年もあと僅か…。
皆さんは今年1年をいかがお過ごしでしたでしょうか?
年末のとあるWEB勉強会で、
『私の今年の漢字一文字』をシェアする機会があり、
🦒が選んだのは『続』でした。

去年から続けてきたことを温めながら、様々在り続けることの難しさや辛さを感じつつ、業務も個人のスタンスも進化を遂げながら『続』!
(今日はnoteを通じて、それを自分なりに振り返って行きたいと思います!)

一文字はそんな感じですが、
🦒仕事の面では、昨年立ち上げた土台の上にほんの少し次のステージ用の石を積むような。
外から見ると比較的静かな1年のように見えたかもしれません。
ただその石を積み上げる為に、今まで以上に痛みや辛さに飲み込まれそうな1年であったように感じています。
前年の土台を作るという作業が派手な分、その上に物を積み上げることはバランスにも注意が必要ですし、期待をされる中でのプレッシャーも感じながら進む。
いや、進まなくてはならないように感じてしまった。
そんな1年でした。

”産業看護職”として5年目を迎えて、産業保健界を奮闘迷走した活動を
今年もつらつらと書き綴ろうと思います。

n=1ですが、何かのヒントになればヨシッ(幸)!
※昨年からのシリーズにしており、自分なりに比較しながら振り返れる構成にしています。
リアル感を味わいたい方はそのままお読みいただき、
気になるトピックスがある方は、目次から飛んで下さい🦒

さて、今日も始まり始まり🦒…♪

1.今年1年を季節で振り返る

年明けから、怒涛の日々だったので、一体何をしたのやら…。
まずは、四季で振り返ってみようと思います。

①2023年1月-3月ーPDCAが回るのを実感ー

『産業保健、一日にしてならず』
地道な歩みが静かに積まれていたよ。

毎年、この時期に年間計画の達成度を報告する機会があります。
そこで見えて来たこと、感じたこと。

*ポジティブな感想*

2022年の活動を、まとめてみて初めて、
『形には見えにくい日々淡々と行っている活動』を年間分可視化することで、
『数字や形になってる!ちょっと自信を持っても良いかも?』
と感じる機会を得ました。
年間計画を立てて、全体を評価していく。
月ごとに計上している数字を12か月分まとめてみると思った以上の数字になっており、1日1日は形になりにくくても、積み重なって出来上がる物があるんだな…当たり前だけど不思議だな.…。
(なんかのCMで似たような表現があったようななかったような)

兎にも角にも、一年をまるっと評価していくのは今の企業に属して、今回が初めて。
企業人としては、当たり前でも、🦒としてはこの数字から受けた安堵感?見えない活動の見える化の持つ意味を体感。
ほんの少し、自分が”企業人”として在るという実感と成長を感じる事に繋がった気がします。
1日1日を積み重ね、ある程度の期間を振り返るという、「産業保健1日にしてならず」を体感する1つのエピソードが出来た気がします。
(まだまだ今の会社は3年目ですから、これから更に積んでみることも楽しみですね)

*改善の余地ありPOINT*

その反面、少し遠くから別の角度で…。
『全社の行動目標』とその為の『各事業場に任された目標達成に向けた計画/それに対する評価』を眺めて、
1つ1つの施策を自分達なりに相当エネルギーを使ったのにも関わらず、何というか…
『数字にして記載するだけじゃ、本当に、全然何してるのか伝わらないや(汗)』
というのも分かりました。
ここから、
私たちのチームと一緒に仕事をしたことがある方はある程度その大変さや数字の裏に隠れた大量の業務/信頼を得るために要した時間等の想像がつくかもしれませんが、全く関りがない部門には全然伝わらないな。
というのも痛感しました。

今回の目標達成評価で報告するのは、全社的な視点で目的があっての事なのである程度この形以上以下ではないと思う部分はありつつ…。
自拠点での年間活動報告にて、全社でまとめた数字をそのまま使うのではなく。
何を誰にどのように報告して、どんな結果を得たいのかの軸(ま、個々が目的にあたる要の部分だと思うのですが…。)をしっかり持ちつつ、
もう少し解像度をあげるというか、他の方法でまとめられると良いな…と感じる🦒なのです。
次回(え?もうすぐではないか!)は、その辺も意識して、成果物と課題を伝えたい人に伝わる方法で表現したいな…。
(少しずつトレーニングね!)

*必要な時に引き出しを開けられるための引き出し(OSHMSとの出会いと繋がりへの感謝)*

★ここは1年の振り返りnoteなので、細かいことは書きませんが、
『自分達の活動のKPI(Key Performance Indicator)をいかに設定できるか』
が日々の活動をする中では大切であるのは、言うまでもないのですが、
そもそもそこがメッチャ難しい所でもあるのを痛感しています。

特に奮闘中の産業保健職が多い、未完というか形の未だない企業では
『我々産業保健職が自社に存在する意味』ですら
ミッションが曖昧な場合も多いのではないでしょうか?

産業保健職が何をしてくれるかは分からないけど、健康経営を取得するためには雇えば/任せておけば安心。産業医は法律で決まっているからとりあえず契約しておこう。という企業もあるかもしれません。

それを形にしてチーム皆で共通認識を持つようにしていくというのは、とっても難しい。
(上司や更にその上の上司を巻き込んで全体で対話を出来る機会を複数回設けて行かねばと思う。)
そしていち平社員の保健師がそれをどうにかしようと思っても、更に難しい。
その為に、誰にどう動いて貰うことで、上位組織(部門や上司も含めて)を動かせて行けるのか、自分の行動や立ち振る舞いについて、じっくり作戦を練らねばならないな…と。

会社からの期待やニーズを言語化して擦り合わせて行くという場をどのように設けて行くのか、次年度以降もまだまだ課題として🦒の中では在り続ける気がしています。
(ただ、ほんの一歩ずつは前に進んでいる感触あり。ヨシッ!)

ここについては、”労働安全マネジメントシステム”について、学んだ際、
🦒『ここよ!ココ!』と思ったので、産業看護職の皆さんでココについて少し興味を持っておかれるといざいざ自分の力になるのではないかと思います。
🦒自身、最初は何か上手く咀嚼できなかったのですが、2回3回触れる機会があり、現在味わい始めている最中です。
(ちょっとハードルが高いというか、なんか正直難しいような気がして敬遠してたんです)

初めての出会いは、産業保健看護専門家制度の認定基礎講習でした。
この時は、分かったような分からないよな、自分にどこまで関係しているのかの具体的なイメージが掴みきれていなかったというのが正直な所。
1年ちょっとくらい前の🦒。
その直後、丁度COEDOHでも出会い、その後も何かと出会う機会に恵まれ、
(それ以外は…。ご、ごめんなさい、どこで目や耳に触れたのかは失念しました。苦笑。)
最近では、「産業保健看護学」を読んだ際に、「マネジメントシステムを活用した産業保健活動に必要な事」(「産業保健看護学P.137 」)で今年5月下旬に再会し、もっとちゃんと咀嚼したい!と
産業保健スタッフのためのISO45001
図解 はじめてのISO45001
上記2冊を読み込んで、咀嚼し始めた感じです。
(どちらも、とっても分かりやすくて、何度も読み自社/自部署の活動目的や目標をいかなるものにしていくのがヨシッかを思案するのに欠かせない2冊だと🦒は思っています!)
Amazonでも買えるみたいですよ👇

学んだものを、咀嚼して自社の活動に繋がる瞬間、
心の中で小さなガッツポーズが取れる。
そんな日を夢見て、今は自分の立場でプロセスを辛くも苦しくも楽しんでいるような気がします。
ここで振り返ると、今年の🦒は目の前の奮闘から少し距離を置いて、
自分達組織が今後どう奮闘していく事が、自社にとってのヨシッに繋がって行くのかを少し見て行く視点が持てつつあるのかも…。
産業保健看護専門家制度、COEDOH、書籍と日々の繋がりがあっての成長です!
スペシャルサンクス!

➁2023年4月-8月頃ー復職支援の形と両立支援に迷走ー

*辛さが学びにも繋がっている*

この時期、大型の健診と並行して”本格的に両立支援の仕組み作りの種蒔きの必要性に気が付き奮闘し始めた時期”でした。
種蒔きというか、正直な所
どんな種があるのか?水や肥料はどうやって調達するのか?
そもそも使っていい土地を確認して耕すような感じですね。
(今も、そこかもしれません)
個人の情報をこの場には出せないので一般的なケースのイメージとして、自分が向き合った事をここには記載します。
(🦒の中では両立支援元年のケースなので、忘れることのない大きな経験として刻まれています。痛くも苦しくも、でも様々な学びと次への課題を背負ったそんな感じ)

皆さんの会社には、両立支援の制度や仕組みはありますか?
そして、その制度はどのように運用/改善/評価をされていますか?
もし、何も制度のない所からスタートするとしたら、何からはじめますか?

例えば「がんと仕事の両立」を従業員さんがすることになった場合、
通常は、産業医と主治医が連携して業務上の配慮事項や負荷を治療の見通し感を共有し、それに合わせて人事課や上司と弊社の仕組みを利用して(時短やフレックス勤務、在宅勤務等を駆使して)、都度本人を交えて面談にて話し合いを行いながら進める形で運営しています。
(その中で保健師として、必要な人や情報を集めつつ、個々の立場の意見や状況を伺い場をコーディネートするのが🦒の役割と思って、日々動いています)
それである程度、今までは何となく乗り切ってきた感じはあったような気がしますし。それ以上の仕組みや考え方を持つに至らなかった自分がいました。

そんな中、🦒はとあるケースと出会ったのです。
そのケースは、「良くなる見込みのない疾患」と仕事の両立支援です。
例えば、「筋萎縮性側索硬化症」「若年性認知症」「がんの終末期」というような場合を想定して頂くと想像しやすいかもしれません。
今は何とか働けたとしても、現状よりも状態が良くなることは見込めず、進行に伴い、いつかは働けなくなるであろうそういった方に対して、どのように両立を卒業していくのか?
(職業人生を卒業していくというニュアンスになるかと🦒は考えます)
このようなケースに、産業保健5年目で初めて出会いました。

今までなかったケース。
そして産業保健としての基本となるお作法が全く分からない。
プロとして、まずはお作法を知りたい!が情報が全然ないぞ!
という壁が目の前に…。
(よくよく考えて見ると、調べても情報に自力で繋がれないという経験は割と久しぶりだった気がします。)

🦒の心の声

”ネットで調べても、手元にある書籍を読み漁っても、どこにもヒントがない!”
🦒…。
(どうしたものか…。)

そこで活用したのが、
産業保健オンラインコミュニティCOEDOHの質問コーナー。
🦒
(ちょっと質問の仕方とか、上手く伝わっているかな?とかいつもドキドキしながら質問してるんです)
質問の仕方の適切さも何とも難しく上手く困りごとを表現出来ているか不安だけどエイヤーー✊(質問送信ポチっとな!)

ドキドキ…
すぐに、産業医の先生方からお返事が!
(拙い質問の仕方をしても、「こういう状況ですよね?」と文脈から私が困っているポイントを押さえてそれに返事をしてくれる神様が集っている質問箱です)

そこで、どの先生も共通している考え方があったのです。
(クローズな場で得た回答なので、ここでは詳細を伏せますが…。)
教科書には書いてない、基本となる考え方ってやっぱりあるんだな。
というのが、最初の🦒の驚きPOINTでした。
そして、何度もそのお返事を読み返す中で今の状況を整理して、自分がどう立ち振る舞うかも熟考しました。
オンラインコミュニティから頂いた大切な知恵と、紹介頂いた勉強会からの学びをミックスして、その状況で出来ることに奮闘しました。

結局、そのケースに自分がどこまで🦒が保健師として必要な動きが出来たのかはイマイチ分からずプロとしてどうなの?とか、虚無感というかやりきれなさというか、自分がここに居て関わった意味ってあったのか?貢献したいって言ってるのに形になってないじゃん。
というの気持ちに苛まれていたのが、終結直後の状態でした。
(色んなことが急激に進んで、追い付かないうちに終結してしまった。悔しい気持ちとやるせなさ、でもやれることはやったゴチャゴチャ感)

色んな気持ちがモフモフ浮かんでは消え、しんどいなという気持ちに飲み込まれ折れそうになった時、やっぱり助けてくれたのは繋がりのある人達でした。

遠くから状況を見てくれていた人から伝えて貰った
「🦒さんが真剣にこのケースに立ち会い、考え行動したことは、関わった全ての人(上司、人事課、本人等)に必ず伝わっている。自信をもって進んで良いんだよ。」
という、言葉が今日の自分を支えてくれています。
ココには詳細は書けませんが、色んなことが当時は重なって、自分スタンスを保つのが苦しかった時期でしたので、沁みました。
(見ていてくれる人は、しっかりどこからか見ていてくれている事に本当に本当に感謝)
ドライとウエットの間で、奮闘した、辛くも自分を成長させてくれたケース。
これは、産業保健をどのくらいやっているから経験出来たというモノではないと思っていて、きっと5年目の私に必要だと神様が出会わせて下さったのかもしれないと思った🦒です。
(このタイミングで自分の担当する組織でという点で)

見ていてくれた人からの言葉が🦒をもう一度次に向かて立ち上がらせてくれた。感謝。
そして、SNSやCOEDOHの仲間たちに支えられて産業保健が展開出来ている事に感謝。

(1つの頂いた知恵が、自社の何千人にも提供されていく可能性があるのが、産業保健のパワーであり、バリューであると体感した🦒でした)

🦒心の声

*これからのミッション*

このケースから学んだ事を含めて、自分が何となくやった気になっていた両立支援を私個人の動きに留めるのではなく、会社としての動きに変えて行くためのどうしたら良いのかを考えるようになりました。
そして、両立に悩む従業員さんの生の声を沢山聴く中で、
「まだやらなきゃいけない事がある。次のミッションが見えてきた。行くぞ。やるぞ!」というエネルギーが徐々に回復してきた今日この頃。

日常の業務で関わる様々なケースをまとめ、加工して現状溢れ出している困りごとをいかに社内において仕組みを作って解決していくか?
(個別支援で得た情報や困りごとをアある程度仕組みの中で解決できるようにしていく事で、ハードルを下げつつ、そこに乗らなかった個別ケースへの対応にも時間を持てるようにしていければ理想的だなと今は思っています。そのうちもしかしたら、そうじゃなかったかもって思うかもしれませんが…)

そして、そこに保健師🦒がどのように参画していくのが今の立ち位置的に良いのか、まだまだ課題は沢山あって、様々な人と知恵を絞って向き合って行けたらヨシッ。
社内でも、社外でも沢山の人やコミュニティと繋がって産業保健全体がヨシッヨシッし合えると最高だな。って妄想しています。

来年もまた新しいケースに出会って、悩んで奮闘してでも粘って…
沢山の人の力を借りて乗り越えていける気がします🦒
きっと大丈夫。と思えるのは仲間のお陰。感謝。
(腐ってたら、コーラを飲ませてやって下さい!)

*質問って難しい?*(ちょっと小休止☕)

COEDOHの質問コーナーも然り、今年は下期”問う”とは何事か?という事に、超絶向き合い続けていました。
夏頃、某産業医🐯の先生とちょっとセッションする機会を頂いて、そこで「質問する事」「質問に応えること」が自分をいかに成長させてくれるか?という事を3時間くらい喋りました。
”問う”事については、別記事でまとめているので、その詳細はいつか紹介しようと思います…。(あ、また自分に宿題を出しちゃったぞ!)

さて、脱線を元に戻して…。
今年の漢字一文字ともう一つ上げるなら迷わず”問”だと思います。
(来年はコレかもな)
”問い”にも色んな種類があるように直感で感じていたのですが、その正体に迷子になっていた自分と光が少し見えた件について.…
小休止がてらここにエピソードZEROとして書きたいと思います🦒.…

今年の漢字もう一文字ってもはや、こっちかも🦒?

「問いに応える」という視点での気付きについて、
単純に質問された事に自分の知識を持って答えることは、結構簡単です。
(自分が知っている内容であればという意味で)
それでも、本当に今その考えが正しいのか?や、情報源を再度検索して自分も学び直してある程度信頼の得られる所かを精査した上で、URLを貼る作業も知識の再確認とアップデートが出来るので、応える方も勉強になります。

ただ、そこからもう一歩進んで?
応え方によって質問者に与える影響を考えて応えるというのが自分も相手にも更なる学びや価値を見出せる可能性を秘めているのだと感じる機会が沢山ありました。
勿論、その逆もあって「問い方を意識することで、得られる物が変わってくる」というのも体感しています。

これの違いというか、うーん…。感覚的な何とも表現できない「問」の正体って何だんだろ?
というのを若干迷子になりかけていた時に1冊の本に出会いました。
(ジャケ買いしたら、すんごい良かったのです!)
「問いのデザイン: 創造的対話のファシリテーション」という本です。

『質問』『発問』『問う』
それぞれ違う機能を持つのか!

問いのデザイン: 創造的対話のファシリテーション P.43より転用🦒

私が諸所感じていた違いはココにあったのか!
とこのページを読んだ時にビビビズッキューンという感覚になりました。
迷子になりやすい🦒。
必要な時に必要なタイミングで出会う本って勝手に後から運命を感じてしまう単純な🦒

この頃保健師として、1人の企業人として現状の半自己流ファシリテーション技術にも限界を感じていたので、色んな所の限界同士がぶつかり合って合わさって、根源となるモノに突き当たった感じでした。
この辺を含めて、”問い”と”保健師としてのファシリテーション”的な内容で、自分の課題をnoteにして別途振り返っていますが、まとまらず、今は休憩中です。

皆さんは、面談の時や上司や組織との対話において”問”をどのように扱っていますか?
産業保健と”問”って隣り合わせというか、一緒に生活しているような感じだと思っていて、そこら辺もう少し言語化できると良いな…。

🦒心の豊富

小休止*終わり*🦒…。

③2023年9-12月頃ーセミナー祭りで気が付いた事ー

*やったぞ!産業保健を目指した時の目標の1つが達成!?*

秋はセミナー尽くしの祭りでした。
アサーティブコミュニケーションのセミナー:現地対面のみ
女性の健康支援セミナー(2本立て!):現地&WEBのハイブリッド+オンデマンド配信

対面のセミナー、実は初めてだったんです🦒…。

コロナ禍でスタートした🦒の産業保健活動。
色々とセミナーは担当してきたものの…。
全てWEBのほぼ一方通行。
オーディエンスの反応をその場で感じる事もなく、その反応に対してレスポンスをしながら、セミナーの目的を達成していく難しさにこれまた奮闘。
自分自身が伝えたいメッセージと受け取り手に身に付けて欲しい内容
そもそものセミナーの目的、目標、適切なゴール設定。

会社側の意向と、今までの活動から出て来た課題をすり合わせながら何度も企画書を書き直す🦒ポジティブな気持ちで企画書を何度も修正し続けられたのは、この本のお陰でした👇
(セミナーの構成練り、実施、評価までお世話になりっぱなし!)

「産業保健スタッフのための教え方26+5の鉄則 イケてる健康教育はインストラクショナルデザインで作る!」
私達、産業保健職は知識はあれど伝える技術については、本当に個人差があるなというのは常々感じていましたが、その技術も学び経験することで伸ばせる!伸びしろ万歳🙌!
この本一冊で企画からゴール設定、評価までバッチリ基礎が学べます!

インストラクショナルデザイン、
もし、気になる人がいらっしゃれば.…
さわりがコチラにもありますYO👇

また、こちら👇も無料で読める物として、活用して頂けると良いかも?

https://www.t-pec.co.jp/wp/wp-content/uploads/2023/01/Cept22.pdf

実はこの記事、柴田喜幸先生記事も素敵なのですが、🦒の二刀流もう一つの”不妊治療関係”も別の記事にあるので、そっちも気になる人は読んでみて下さい!(すぐ脱線する🦒)
柴田先生の著書は、どれも「教える達人」が書いた本の為、初学者でもサッと内容が理解しやすいのが🦒の推しポイントです。

そんなこんなで、初めての対面セミナーは企画書の土台がずっしりしていたので、その上の本番や評価、次への課題の抽出について、思った以上にスムーズにいきました。

…。なんて事もなく(笑)
企画書段階で大切だと痛感した所は振り返りますよー!

🦒★上司に刺さるトリガーPINTをつかめ!そして、それに日頃の活動で得た者で裏付けしよう!何をやるかは大事なんだけど、どのように魅せるか?が最大のPOINT★🦒
って今の心境です。

何かモサモサしているので、実際の例を書きますね。
例えば、女性の健康セミナー。
健康経営的にも必要だし、とりあえずやっておこう!
としたとします。
でも、一体自社の対象従業員にとってどんな情報が必要か?それはどうしてか?
そして、その効果がどのように出ると予想できるのか?を考えてからゴール設定をすることになると思います。

40-50代女性従業員が多ければ”更年期症状”を扱う。
とか、20-30代女性が多ければ”月経困難症”を扱う。
というのは、容易に想像がつくかと思います。
(この辺であれば『働く女性のこころと体の応援サイト「事業主・企業担当者対象 研修用動画『働く女性の健康支援』」』(一般財団法人 女性労働協会(厚生労働省委託事業))あたりを参考に作成すると良いかもしれません)

今回のセミナーでも元婦人科看護師として持っている知識や経験を混ぜ込んでポイントを絞り扱うには扱いましたが、個人的に良かったのは
皆が”ほーーーー!”と思って聞けること。
そして自社にとって熱く刺さる内容である事。
の方だったと思います。

🦒心のポイント

持っている情報の出し方見せ方の工夫という感じ。

丁度、夏頃奮闘し始めた「がんと仕事の両立支援」で色んな事を調べていた時に出会った資料👇
がん患者・経験者の仕事と治療の 両立支援の更なる推進についてー厚生労働省健康局がん・疾病対策課ー

上記資料のP6の一部をスクショして持ってきました👇

がん患者・経験者の仕事と治療の 両立支援の更なる推進についてー厚生労働省健康局がん・疾病対策課ーP6より転載

この図の元々の見て欲しいと書いてあった所は、
*がん患者の約3人に1人は20代~60代で罹患している。
*悪性新生物の治療のため、仕事を持ちながら通院している者は36.5万人で、平成22年同調査と比較して、約4万人増加した。
特に、男性は70歳以上が約1.2倍、女性は60代が約1.4倍、70代以上が約2.4倍と増加率が高い。

という内容だったのですが、女性医療と会社の現状を持って見た🦒の視点では…。
『え!?仕事を持ちながら悪性新生物で通院している人って、50代までは女性の方が多いの???しかも、総数でも女性が多いじゃない!』
という所。
乳がんや子宮がん(ここでは主に子宮頸がんを指します)は若い世代に多いからか!
そこを予防+早期発見することが、働き手の確保と両立支援の大きな一手なのでは?
(早期の場合は治療期間が短かったり、終末期に移行していく数が少ないという意味で)

この内容をイントロに混ぜ込むと、上司の皆さんの意識も巻き込んで女性特有の疾患の支援の重要性に目を向ける所に更なる力が入るかも?
(丁度この時、ちょっと色々あってこれがハマりやすいタイミングだったというのもあり…。)

このセミナー女性従業員は勿論なのですが、男性従業員にも自分事として見て欲しいな…という中で、上司の皆さんが積極的に気になっていた部分とマッチ出来たのも良かったと振り返っています。

そして、特に私が今まで力を入れていた子宮頸がんに関する予防啓発活動も社内にスムーズに切り込んでいく事にもなりました。
(職域なので職域で求められるニーズの範囲内で情報をまとめ発信しています。)

勿論、ベースで扱う内容(経産省の「健康経営における女性の健康の取り組みについて」)は初めての場には持って行く事が大切だと思うのですが、🦒ブレンドで、心をつかむことが出来たこと、そして当初の予想を超えて沢山の方に参加・視聴して頂き、事後アンケートや評価もビックリするくらい好評であったこともとても嬉しかったです。

元々産業保健界に入った1つのきっかけとして、元婦人科看護師として、「働く女性の健康支援」をしたい!というのが大きかったので、ずっと扱いたかった内容を自社の求めるエッセンスを混ぜながら達成できたこと、心の中でガッツポーズでした。

*ただ、ちょっとスランプ?もあったり*

ただ、自分の扱いたかった内容を自社で扱い、好評を頂いた後、ちょっと熱が冷めて来た時に
『なんだろう、ゴールの1つを達成して、次が見えて来ない…え?🦒私はこのまま一発屋になるのか?』という不安が押し寄せて来てしまいました。

勿論課題も沢山あったし、新たなニーズにも触れたのに、何だろう。
次回はもっと良いモノにしないといけないんだよな。
焦るな…という気持ちが大きくなりました。
他にも、同じようなことがあり、次年度への期待に応えなければいけない!
というプレッシャーが暫く自分を不安にしまくっていました。
高い評価を受ければ受けるほど不安になるように感じていたのです。(多分)

更に、特に処遇に変化がなかった当時は、プレッシャーだけが残っていたというか、プレッシャーを越えた先にどうしたら自分の満足感や納得感を得たら良いのか、そのギャップ?にも悩みました。
(評価はされても、昇給や昇格に繋がっていないので、これ以上自分の気持ちだけのモチベーションが保てないというのも正直ありました。)

今は、その辺を少し抜けて落ち着いて次に進んで行こうという気持ちの整理がついています。
それも、対話する仲間やアドバイスをくれる保健師の先輩方、信頼のおける課長さん達、同じ見方を乗り越えた方のnoteを読んだお陰です。
感謝。皆様にスペシャルサンクスです🦒!

その他、自分が次に成長する事について、解像度を上げる出来事が12月半ばにあったのです!
それをこのあとまとめとして書きますね🦒📝

2.一年の振り返りに、再会した”成人発達理論”

ここまで、長々主に自社の活動について1年を振り返ってきました🦒
ココからは、個人としての成長の機会についてほんの少し書いておこうと思います。

①新しいコミュニティに入った件

今年、夏頃から新しい産業保健学びの場を持ちました。
少人数でお互いの課題について対話を通じて解決策を考えて行くようなセッションの場です。
自社を知り、自社の産業保健の課題を再度別の角度から捉え直す。
外から自社を見つめ直すセッションを通じて、いかに自分がその世界にはまり込んでいたのかに気が付くというのも、この学びで痛感しました。
ここで与えられたメニューをこなしていくと成長には繋がるのは間違いないのですが、その中で🦒なりにこの場を+αの学びにも出来て来たと感じています。
それが、”問い”の練習です。
どのような問いを立てることで、自分も相手も新しい視点を持って行く事が出来るのか?
対話型のセッションの中で、めちゃくちゃ意識してやってみました。
全てが上手く行ったわけでは勿論ないですし、答えに困る相手を見て、
「あ、これは問い方が下手くそだったな(ごめんなさい!)」と思う事も多々ありましたが、心理的安全性の保たれたチームで毎回得る物が沢山あります。
また、他の人がする”問い”についても考えをめぐらして、
「この方の質問って凄いな!そこを狙って行っているのか!」というのも学びになりました。
更にこの学び舎だけでなく、学会の質問等でもいい質問をする人の意図を考えながら回答者のレスポンスを見ているのも今までと違った見方になった気がします。

自分も1学会1質問して行こうというのと、会場にいる人も自分も、そして質問をされた相手も考えさせられ得るもののある”問い”を立てられるような聴講の仕方にも意識を向けて聴きたいなと思うなど。
ここ、書いてて成長したなと自分で思ってしまったです🦒…。

➁この1年、苦しい日の方が明らかに多かった。

産業保健5年目、その魅力も味わいも深まって楽しいし、GOGO!
という気持ちで始まった2023年。
だったのですが、途中から、ちょっとキツイな…という気持ちが芽生え、12月最初の頃にPEEKが…
一旦、離れても良いかな。
とここ最近で久しぶりに感じました。

その主な根源が評価と温度差に関する件です。
昨年から本格的に土台作りに奮闘し、今年はその上にバランスを取るように、でも今年の成果物はしっかり出し、会社から依頼されているミッションを達成していく。
そして、周囲から評価はされているのに、対価という形にはあまり繋がらない。
自分でも周囲からも当初の期待よりも早いスピードで成長し仕組み作りにも参画してきたのに…。
入社時の新人保健師と外からの扱いがほぼ変わらない中で、なかなかモチベーションを保ち続けるのが辛かったんだと思います。
評価されているのに、対価にはあまり影響しない存在なのか!
というのも単純に悔しかったんだと思います。

これについては、企業に所属する産業保健職なら一度はぶつかる壁という事が分かり、少しすっきりしました。
※仲間との会話や課長さんとの対話で時間をかけて乗り越えました。
(その会社の利益に直接かかわる事が出来ないスタッフ部門である事や部門の組織政治的な側面、ある程度年功序列の会社ではいきなりそういったことは起こらない等など。分かってはいたものの、体感して初めて「そうか…」と思いました。)
ただ、だからと言って諦めた訳ではなく、評価をして頂いている事について前向きに捉え今後も貢献し続けたいという気持ちを立て直してきました。
だって、この会社の従業員さん達が好きだから。
そして、自分が創ってきた土台が形を変えながらも上に伸び続けてるのをまだ暫く見ていきたいという気持ちもあります。
(今の環境は私が選んでいるというのも自分の中でしっかりと考えなおすこともしてみたりね)

また、温度差にもしんどさを感じていた件。
保健師や産業医が複数人いるチームの中で、
それぞれの持つ仕事観も異なり、産業保健観も異なり、
チームとして機能していない。
かつ、自分がどちらかというと厄介者的な余計な事をしているような感じになっているのにも何となく感じていて。
自拠点の産業保健を立ち上げて、より良いモノにしていく。
多拠点とも積極的に手を取り合って、会社全体の産業保健を活発にしていきたい。
その為に、5-10年後を見通していきたい。
というのが、上手く受け取って貰えず、辛かった。
特に自分が、立ち位置的には5年目で全体の状況からすると若手(経験浅め)というのもあったのかな。
チームワークを大切に皆の良い所を出し合って、1+1を5-6にしたいのに、声を上げてもなかなか伝わらない。

そんな中、やっぱり助けてくれたのは人でした。(仲間と上司)

まず、上司(2人課長さんがいるのですが、この2人全然違う表現で実は同じことを何度も私に言ってました←後になって気が付いた)
この意で間違いない?と聞いたら、2人とも。そうそう!そこそこ!
と笑って返してくれた。👇

🦒さん1人で5人分の働きはしていることは皆分かっている。
ただ、スピードがあり過ぎてついていけない時も多いみたい。
自分自身(上司)も🦒さんの、成長スピードや仕事の成果については、凄く評価をしているし、今後を想うとワクワクとちょっとした怖さがあるくらい(良い意味でね)
持っているビジョンは素晴らしいと思うし、自社のみならず、産業保健界全体を見ながら今後働く人達をどのように支えて行けるのかを見渡しているんだよね。なかなかそういう人、スタッフ部門の管理職として出会ってこなかったから、どうそういうスタッフがいる中でチームをどうマネジメントして行くのが良いのかイマイチ分からないんだ。
そして、そのビジョンが恐らく他のメンバーとはちょっと違う。
それはお互いに否定すべき内容ではないんだけど。
どっちの気持ちも分かるから。
ただ、一般的な産業保健をやっている大勢と異なる可能性がある事を片隅に持っておくと少し楽になるかも。

外のコミュニティでは、きっと熱心な人が多いから、それが🦒さんの中で当たり前になっちゃっているのかもしれないね。
🦒さんの良さを存分に活かしてあげられてないのもあるかもしれないけど、今いるメンバーとの調和も大切。
🦒さんのパワーを1人で5人前にするんじゃなくて、チームで5倍にする方法。
きっとあると思うんだ。
少し視座を下げて見ると見えてくるかもしれないんだけど、
そこについて、🦒さん自身何が出来そうかな?

上司の言葉🦒

これを最初に聞いた時、
あ.…自分がココにいてはいけないのかも?
って正直思いました。
(夏頃から、自分の目指す姿とチームの他のメンバーが目指す姿が異なっている点は上司からちょくちょく言われていたのです)

でも、その後COEDOHのセッションで成人発達理論を扱うというのを聞き、
これかも…。と思ったのです。(下記課題図書👇) 

課題図書は以前に2回程読んでいて、その時には別の気づきがあったのですが、今回はこの中に出てくる某部下が自分を見ているようで苦しくなったりしつつ、また再会した意味を自分なりに考えながら予習してみました。
そして、講師の産業医の先生の講義や仲間とのセッションの中で、自分が次にどうしたら(行動も思考も)もう一歩前に進めるのかが、見えてきました。

自分が何でこんなに苦しいって感じているのか、自分と同じような部下が上司の目線で描かれていて、上司からの問い(今の課長さん達)が私の成長になることも外から見つめ直すことが出来ました。

そう、次の私個人のミッションは
『自分の殻を突き破る事(自分の持つ価値観を壊して、新しい価値観を創造」していく事)』
この本では「死と再生のプロセス」と書いてありました。
凄い表現ですが、それくらいの破壊力を伴う事だと、渦中で渦巻いている自分としても、納得だな…と感じる今日この頃🦒

🦒のミッションが見えてきた


今の自分がしがみついている価値観を手放すのは本当に苦でしかないというか、自分の価値観と自分の個体をしっかり認識し、自己を否定するのではなく、リリースして新たな自分を個体の中に創造していくイメージ。

自身の様々な部分に正直結構限界は感じていて、どうしたら諸所扱っている事を次のフェースに持ち上げられるかメッチャ悩んでいたのですが、まずは自分がもう一歩、垂直方向に階段を上がらないとそれは無理なんだなと。
凄く納得がいったというか、腹落ちしたというか…。

今感じている苦は既存の自分から脱却していくための”苦”。
この課題を越えて、この場で調和がとれるようになったら、きっともっと違う世界が見えるかも!と希望を持つことが出来ました。
ま、”言うは易く行うは難し”で、超つらすぎて涙がチョチョ切れそうですが、仲間と上司の支えがあると実感しているので、大丈夫。
見守ってくれる人にも、一緒にセッションしてくれる仲間にも感謝!

そして某産業医の先生からのコメント🐉
『期待はしない。希望は捨てない!』
これは心にしっかりしまって、時には立ち止まっても前を向いて千里の道を歩みたいと思ったのでした。
きっと大丈夫だ🦒

🦒今年一番のメッセージを心に刻む

そして、その回のCOEDOHの中で紹介されていた、小島玲子先生の記事がコチラ👇
もし、COEDOHは知らないけど、ちょっと成人発達理論に興味があるわ!って方には是非シェアしたいです。
(COEDOHも知ってね🦒)
他の記事も、とっても刺さって小島先生のファンになりました🦒!

3.まとめ―とにかく仲間に感謝―

いちどっかの産業保健師の超長すぎる振り返りにお付き合い頂きまして、今年もありがとうございました🦒!(笑)
こんな感じに奮闘している保健師が今日もサバンナに居ます。

ここに書ききれませんでしたが、
書いた事以外にも、
*ラインとの繋がりに注力した1年
*昨年固めた遵法の土台を少し整える(PDCA回してまっせ)
それぞれもかなりエネルギーを注ぎました。
そこにも苦楽がモリモリ。

その1つ1つで意識していたことが、
『人と人』『出来事と出来事』『知識と知識』『経験と経験』を
キュッと近づけたり、
シュッと離してみたり
そんな動き。
イメージとしては「巾着の紐」のような感じ!((笑))
そこと掛け合わせて、大切にしていたのが
”しなやかさ”その点では、磯巾着みたいな感じ!((笑))

産業保健という大海原をしなやかにゆらめく磯巾着のイメージ🦒

これからも、しなやかに。
たまに海が大荒れしてもゆらゆら。
軸はしっかりと。
そして、巾着の紐のようでありたいな🦒…

最後の最後に
今年1年は多分、職業人生市場一番辛かったかもしれません。
(自己の成長という視点で🦒)
でも、書いていて何度も思ったのが
とにかく
『仲間と支えてくれる沢山の人によって🦒の産業保健活動は成り立っている』という事。

『頑張れ!🦒きりん!』と背中を強く叩いてくれた保健師の先輩。
沁みました。
(産業保健を語る飲み会の帰り道だから絶対酔ってたけどね。なぁんて(笑)大好きな厳しいながらも愛情たっぷりの先輩)

いつも壁打ちをしてくれる方々、知恵を授けて下さる方々、オンラインで夜中までお喋りに付き合ってくださった皆さま、リアルでもオンラインでもわちゃわちゃしてくれる皆さま、感謝の気持ちでいっぱいです。

めんどくさい奴かもしれませんが、会った時には直接ありがとうって毎回言わせて下さい。

そして、皆さまに直接恩返しができないかもしれませんが、
産業保健の場に還元して、より多くの働く人のヨシッ(幸)に繋げて行きます!

『千里の行も足下に始まる』今年も、また一歩。
皆様のおかげで、前に進めたと思います。
感謝🦒!

🦒1年の振り返り。

読者の皆様にも『ありがとうございます』の気持ちが届くと良いな!
今年もお世話になりました🦒(ペコリ)
2024年もまだまだ奮闘しますよー!
今後とも引き続きよろしくお願いいたします!
良いお年をお迎え下さいませ🦒…♪

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?