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キャメロンハイランドの老舗ホテルSmoke House Hotelにて

キャメロンハイランドに、Smoke Houseという名のホテルがある。

おとぎ話に出てきそうな、とんがり屋根に蔦が絡まる洋館。
ピーターラビットがすぐにでも顔を出しそうなイングリッシュガーデンが色を添えている。

ホテルの近隣はゴルフ場しかないため、そこだけ切り取ったように、空間まるごとがイギリスだ。

ヨーロッパのアンティーク好きなら、館内に足を一歩踏み入れると同時に、歓声がもれるだろう。

ビクトリア朝を思わせる家具、市松模様の床、暖炉、バラ柄のファブリック、真鍮製のアンティーク品などで空間が満たされており、スマホのシャッターを止めるのに苦労するはず。

建物も庭もしつらえも、すべてが古色蒼然として味わい深い。

なぜ、こんなに趣があるのかと言うと、このホテルが今から86年も前に建てられた本物のアンティークだからだ。

創業1937年。

これは、日本のホテルニューオータニやプリンスホテルよりも長い歴史を誇る。

名前の由来通り、もともとは本当に燻製小屋だった。

それが、マレーシア駐在中のイギリス人の保養所として活用され現在に至っている。

母国のままの雰囲気に、伝統的なイギリス料理。
キャメロンハイランドの豊かな自然も相まって、祖国から遠く離れた彼らにとってリラックスできる憩いの場所となったのだろう。

ホテルはメインダイニングが唯一のレストランで、周りにも飲食店がほとんどないため、たいていの宿泊客はここで食事をとることになる。

筆者が宿泊した時は、たまたまだったのかも知れないが、大半のゲストがイギリス系だった。
右隣からも、奥のテーブルからも見事なイングリッシュアクセントの英語が聞こえてくる。イギリス英語すぎて、ほとんど聞き取れない。

右隣のテーブルを親子3世代で囲んでいたのは、KLの駐在員のようだった。
プライマリー低学年の男の子は、学校の日本人友達の話をしている。

奥のテーブルは、何かの記念日を祝うカップルだ。
ドレスアップしてキャンドルディナーを楽しんでいる。

例えば、と少し想像してみる。

日本人がアイルランドあたりに駐在中だとする。
週末を近郊のマウンテンリゾートに昔からある、日本家屋の老舗旅館で過ごす。
旅館の食堂で、家族や恋人と一緒に、お寿司や天ぷら、魚の塩焼きなどを囲んでいる感じが、いまこの状況に近いのかもしれない。

支那事変が起きた1937年に産声を上げたこのホテルは、第二次世界大戦の勃発から終戦、それからマレーシアの独立も目撃している。

86年という年月の中で、Smoke Houseは、どれほどのイギリス駐在員とその家族のみならず、世界中の宿泊客をもてなしてきたのだろう。

その中には、日本の推理小説の巨匠松本清張氏もいたし、謎の失踪をとげたジムトンプソン氏もいる。

もし、このホテルと会話できるなら、クッキーではなく、英国らしくビスケットを添えた熱い紅茶とともに、宿泊者専用の暖炉のあるラウンジで、その長い長い昔話を聞いてみたい。

彼または彼女は、イギリス訛りの英語を使うのだろうか、それともマレーシア訛りの英語だろうか。

マレーシア訛りだといいなと思っているうちに、注文したビーフウエリントンが運ばれてきた。

さあ、ディナーを始めよう。


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