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連作 春生まれではない(四十首)

まなうらの息のできなさ 恋と愛 悲鳴のようにネイルがずれる
ままごとのよう心臓に感情を覚えさせたくなかった夜明け
中指のブラックリングが揺らいでる海の深さで窒息をする
隣室の住人みたいに遠ざかる星 なにひとつ手に入れられない
深々と抱きしめられる 黎明のような毛先でわらってくれるな
君という感情 春の階段を上がった先に靡かない骨
直立のうつくしいひと 頑なな鎧のようで最初の萌芽
落涙の跡をぬぐっていくような低い声から生まれる酸素
リネンでも拭き取れなかった横顔の君をあらわす数式だった
パレードの速さで春めく 惑星は君を忘れて自転している

予報士が桜と言うたび会うことのできないひとを思って泣こう
わたしから君を引いたらどのくらい滅ぶだろうか開花前線
ひらがながない世界なら風という風が鎖骨に触れない春だ
息継ぎをしたくないから雑談が終わってしまうための選択
歌詞カードみたいな手紙を書いていたどこを駆けても海しかない町
木々 君は春生まれではないしたぶん、死にたくなったこともないだろう
触れるたび怯えてしまう初雷の知覚過敏のようなゆびさき
淡々と言葉を気化してゆくようにラップは途切れない窓の雨
生きたいと気付かれたくない うろ覚えの鼻歌みたいに遠い春風
こうふくをいのってもいい? しゃがむたび君から見えない呪いにかかって

はじめから欠けているペアマグカップ痛覚よりもたしかな拒絶
音量を下げたらやってくる不安みたいに君がにこやかになる
初虹へ目を遣るように教会のチラシを畳む長い爪の手
詩集には君の名はまだ見つからずレースみたいな砂糖が溶ける
加害者であるということわたしでも誰かのひかりになるということ
ねたましい こいしい それでもいとおしい サンダル越しに踏む砂の海
気付いてはいけない声が笑んでいて自傷のように繰り返す波
細胞のひとつひとつに赦されて今日もまぶたを閉じられなかった
破滅するわたしを見ていてほしいから小指の糸は玉止めをする
永遠に絵本を捲っていたかったハッピーエンドはつまり死のこと

さみどりの葉が揺れている花壇から春の心電図を読み取れば
春色のクリームソーダこの町はひとりでときめくには狭すぎる
忘却がいちばんうれしい春昼の上着を抱える腕たちが好き
ふらいみーとぅざむーんのあんにゅいさ 君が選択する影が花
やわらかいかさぶただった離乳食から卒業するこどものように
感情をひらく消耗 日没がくるように髪をショートに変える
花ひらくようにコートの袖口が夏への期待でふくらんでゆく
わたしから死後の世界のように手を振る真夜中にゆるした口笛
来世でも会わないでいよう双眸はあふれる前の炭酸のよう

おめでとう かなわなかった初恋へ小指の先に付けるワックス



まずは、四十首の連作を読んでくださり、ありがとうございます。
この連作について、せっかくだからなにか語ろうと思ったんですが、あまりにも思いつかなかったので、止めました。すみません。わたしは文章を考えるのが下手すぎる。一首でも誰かの心に残ってくれれば、幸いです。

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