ラストダンジョン―砂の城が崩壊するとき
noteをはじめた理由を、思い出しました。
私は記憶に問題があるので、節目になる私的事件などを書きつけておこうと思ったのでした。
取引先の電話番号などは暗記しているくせに、自分ごとはきれいに忘れてしまいます。
記憶が欠け落ちる感じでしょうか。
先日も友人と話していて、大事なできごとを忘れていました。
今年に入ってから、私は性格が変わったらしいのです。
たしかにnoteをさかのぼると、ある時を境にしてトーンがちがいます。地底を這い回るような暗さから、脱している気がします。
自分のことを、生まれながらに鬱なのだと思っていました。
完治するものではないし、寛解さえもおぼつかない状態です。
自己治癒のために千枚をこえる小説を書きあげても満足できず、ぐるりと逆戻りしてしまうのです。
仕事が立て込むと必ず自分を追い込み、春と秋には規則正しく鬱になっていたものです。
今秋はそれがありません。
「あれー。その頃、絶対なんかあった気がするんだけど! それも、すごく重要なこと」
「なんだっけ。なんかあったよね」
「うーん、思い出せない!!」
翌日ぐらいに、ようやく思い当たりました。
長く私にかかわってくれていた友人には、家庭環境のことも包み隠さず話しています。
私の両親は、謎の言動が多い人物です。
毒親とひとくくりにカテゴライズしても、簡単に読み解けるものではありません。
「なんであんなこと、言ってきたんだろう??」
不可解な言動に直面するたび、私はこの友人に相談してきました。
友人のほうでも、首を傾げたまま答えが出ないことも多かった気がします。
それだけ、両親の言い分が変だったのだと思います。
アルコール依存症が進めば脳が溶けるとはいえ、ヤクザを引き連れ我が子の部屋を襲うと脅しつけてくる父を、正気とは思えませんでした。
もっとも私は泥酔していない父親を見たことがないので、彼のまともな言動を見聞したことがありません。
この時の友人は、いつもと違っていました。
きつい言葉に聞こえるかもしれないけど、前置きした上で言われました。
「きいろの両親って、きいろのこと、『失敗作』だと思ってたんじゃないかな」
私は、変な反応を返したと思います。
一瞬固まったのち、「もう一回言って。それ、どういうこと?」とたずねました。
友人は慎重に言葉を選びながら、私に届けてくれました。お医者さんが、本来毒であるはずの成分を薄め、薬として処方するように。
「きいろの両親は、絶対に長男が生まれてほしかったわけでしょ。そんなの、1/2の確率で外れるのにね。絶対って決めつけて、自分の考えを変えたくなかったわけでしょ」
「うん、その通りだよ」
「だから、長女のきいろが生まれたことは、両親にとって『失敗』だったんだよ。きいろの顔を見るたびに、自分の失敗を突きつけられるような気がして、イヤだったんじゃない」
ひどいことを、言いすぎたかな。友人は言葉を切って、私の方を見ました。
私は押し黙り、すこし震えていました。
…あまりにも。
あまりにも正鵠を射た答えを明示された時、ひとはとっさに声など出ないものです。
私の肩は震えだし、喉がひくひくと痙攣するのを感じました。
…可笑しくて。
…ええ、ただもう、可笑しくて。
私は堰が切れたように、爆笑していました。
「それや! それやわ! 本当に、真実その通り過ぎて、一言もないわ!」
当たってる? と友人は半ば心配そうにしていましたが、確信に近い手応えを掴みながらの言だったようです。
「当たってたんなら、よかった」
「当たりも当たり前、大当たりよ。却って爽快やわ! もう、こんなにスッキリすることない! 絶対その通りやわ。あの親たち、『失敗作』思ってた!」
「そんならよかったけど、本当にそう思う?」
「思う、思うとも。もう、それ以外ない!」
私たちは、腹を抱えて笑い転げました。
そして、確信していました。
私の両親の、謎の言動に苦しめられることは二度とないと。
今や謎は謎ではなく、日の下に晒されてしまいました。
…ちっちゃい。なんという小ささ、卑小さ。
まことに小さな、ラスボスの姿でした。
私は長年、そんなものに苦しめられていたのです。
自分の中の悪いところ探しをして、両親に粗末に扱われる正当な理由をみつけようと、懸命に努力を積み重ねていたのです。
あまりの馬鹿馬鹿しさに、天井が吹き飛んだみたいでした。
あたり一面眩しくて、何も見えないぐらいです。
壊れたように笑いながら、私は友人の言葉を噛み締めていました。
――失敗作。
その言葉をキーワードに差しこめば、最後の迷路が開けてゆきます。
母親視点のカメラで自分の子供時代を俯瞰した時――不可解な言動のピースが、きれいにはまってゆくのを感じました
寸分の狂いもなく、あるべき場所へ。
いつしか答えが出るまでは保存していようと抱えてきた、膨大な質量の情報が脳から飛びだしてゆきます。
記憶を、言葉を。
感情を堰きとめていた、すべてが。
日の当たる波打ち際で、見る間に組みあげられてゆきました。
真っ白に漂白されてゆく視界のなかで、目に映るものがありました。
波によって平らにされた、砂浜です。
波打ち際には、若い女の人がいるようです。
その人は、私を生んだ母なのでした。
いつしか波打ち際は、病院の寝台に変わっていました。
枕元には、赤ん坊が置かれています。
その子を無遠慮な視線で見やり、彼女は思うのでした。
(私は、失敗した――…)
それが証拠に、出産という大事業を成し遂げた妻を夫は労りもしませんでした。
『丈夫な女の子ですよ。ほらねえ、かわいい』
白々しいなぐさめも褒め言葉も、夫の耳には届きません。彼は、自分が起こしたばかりの事業を継がせるための長男を欲していたからです。
女の子など、必要なかったのです。
彼女はきつく、奥歯を噛み締めました。
(…違う。私が、失敗したんじゃないわ。…コレが。この赤ん坊が失敗作だから、悪いのよ)
真っ白な光に貫かれて、母の見た原光景。
強い光は同時に私自身を貫き、過去から未来へ続く道となって一筋に続いています。
買い与えた本を、その日に読了してしまう。図書館の本を、読み尽くす。
テストで満点近い点を取ってくる。
親の行いを「筋が通っていない」と咎め、妹をかばう。
すべての、行いが。
失敗作であるゆえに、腹立たしく感じていたのだと。
おかあさん。
あなたは。
――お ま え は、 い ら な い――
浮かびあがるコトバはくるりと反転して、向きを変えます。
お か あ さ ん
わ た し を、 い ら な い――
あ な た は、 い ら な い――
最後のコード解析で、呪文が解ける。
砂の城が、煙をあげて崩壊してゆきます。
あの日稀に見るキーワードを入力してくれた友人には、いくら感謝をしてもし足りないです。
重くて苦しいイヤな話に、長年つきあってくれてありがとう。
大声で笑い合ってから、私はたしかに変わったのだと思います。
寛解したと宣言するのはこわいので、なるべく黙っていようと思います。
テンションを上げすぎて、反動でダウンするのは避けたいです。
逆戻りする恐れも、なきにしもあらずですから。
先日、五年ぶりに写真を撮りました。
顔型が、変わっていました。
奥歯を砕くほど悪化したことのある顎関節症が、改善したようです。
たぶん、イヤなことをがまんしていないからでしょう。
記憶を保管するために作ったこのnoteも、長ったらしい文章を読んでくださるばかりでなく、丁寧な感想までくださる方がいる。
良き友に恵まれた、私はしあわせ者です。
働く場所があるのも、よいことです。
女がひとりで、世間を渡っていけるもんかー。ケッコンしろー。などと言っていた両親の世迷言は、右から左へ聞き流してやります(笑)。
年下の上司をからかいつつ、明日も仕事をしてこようと思います。
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