見出し画像

棚の汚れを見つめていると

 食器棚がほしいと、ずっと思ってきた。
 家具店に行くと、モダンなデザインの棚がずらりと並んでいる。
 わぁ〜、高級ホテルみたい。どれも素敵だ。
 今は食器棚なんて古臭い名前は使わず、キッチンボードと呼ぶらしい。
 素敵なキッチンボードを注文して家に置くことを夢想したとき、ろくな食器がないことに気づいた。
 粗品やシールを集めてもらった景品や、余ったお皿を頂いたものが大半だ。自分で買ったものが少しだけ、それも近年は100円ショップで済ませている。
 入れるものがないのに、どうして外側だけ立派にしようとしているんだろう。
 たしかに、食器棚は古いのである。大昔職場の先輩に不用品を譲っていただいたもので、だいぶ汚れている。
 汚すのも自分しかいないから、調味料が飛んだり油がついたまま放っておいたのが悪いのだ。
 あーあ、と思いながら掃除をしてみた。
 建てつけに歪みはなく、板が腐っているといったこともなく、まだ普通に使えそうだ。
 表面を拭いたら、ある程度はきれいになる。
 しかし一番目立つ扉に汚れがすっかり染みこんでいて、完全に染みになっている。
 …この染みのカタチを、知っている。
 …何年も何十年も、染みのカタチをただ無気力に見つめてきた。
 何もできず、何にも触れず。ただ目だけを虚ろに開いて、膝を抱えて。
 …そうか。私は棚の染みを見つめているのが、嫌になったんだ。いつも同じカタチをしている汚れに、すっかり嫌気が差してしまったんだ。
 それならちゃんと掃除をすればいいのに。楽なこと愉しいことばかりをやりたがって、掃除をずっと先送りにしているから、嫌になるんだ。
 これは身から出たサビというやつで、誰のせいでもない。
 …そういえば、家具の汚れ隠しや気分転換に使える、リメイクシートというものがあるみたいだ。ためしに100円ショップで買ってきて、貼り付けてみた。
 100円ショップのリメイクシートは、一度貼ると剥がせなくなるという。デメリットも一応確認してから作業に移る。
 この食器棚は、元々合板に木目シールを貼ったものだ。上からシールを重ね張りをしようと、まったく問題ない。
 とにかく古い棚なので、貼るとき多少シワになろうと問題ないのである。
 汚れの落ちない部分にどんどん貼って、リメイクシートを一枚を使い倒す。木目が縦横ツギハギになるけれど、気にしない。
 余った端切れをどうするかが、私にとっては大問題なのだ。どこにしまうべきか悩み、変な場所にしまいこんで忘れるに決まっている。それなら、全部使い切ってしまったほうがいいのだ。
 うん、けっこうきれいになった!
 中も拭いてあげて、古い調味料を処分した。
 かさばる食器を軽くて薄いものに替えたので、小さな棚でも出し入れしやすく取り扱いも楽である。一日二回は出し入れをするので、不便さが地味にストレスになっていたようだ。
 こんなに楽になるのなら、もっと早くやればよかった。
 こうなると、もうモダンなキッチンボードを置かなくてもいい気がしてきた。
 使いやすい食器には替えたけれど、高価なものではない。オシャレな家具に合うかと問われると、ちょっとオーバースペックかな。
 食器を扱うのも棚を見るのもほぼ自分ひとりなので、自分が満足できればそれでいい。
 来客もないので、インテリアを気にする必要はない。そうなるともう、趣味の域だろう。
 キッチンで作業をするときの気分がアガるなら、自分のために買ってもいいのかもしれないけれど。買わなくても、全然かまわないのだった。
 食器棚をじっと見つめて、調味料や油を使いやすく並べ替えた。取り出しにくいと、少しずつの我慢が堆積してゆき、しまいに突然全部が嫌になるからだ。
 そういう積み重ねが、自分の心と体に疲れを蓄積させてきた気がする。
 最初に、何も考えないで物を置くからだ。
 最初こそ、動線や人体構造を考慮し、使いやすく設定しておくべきなのだ。
 お金をかけて家具を買い換えるのも、良いかもしれないけれど。
 自分の場合は掃除をサボってきたツケを他に回す感じがして、どうも無責任な感じがつきまとう。それが、思い切って買い替えを決断できない最大の原因だった。もちろん金欠もあるけれど。
 せっかく新しい棚を買っても、また汚しっぱなしで放っておいたら意味がない。今後もキレイさを維持できるかどうかが、一番の焦点だ。
 掃除をしないで放っておいた棚よ、悪かったな。このまま捨てたら気の毒だったかもしれない。気に入ったデザインでもなんでもなかったけれど、棚としての使い勝手は別に悪くなかった。
 譲り受けたときはキレイな状態だったのだから、汚くしたのは自分のせいだ。

 可能な限りキレイにしたから、100円リメイクだけど許されるかな。チープでレトロな赤い取手も、木目が冴えるとなんだか新鮮にかわいく見える(ツギハギ状態も、遠くから見ればわからないか)。
 汚れたらちゃんと拭いて、今後はシミを作らないようにすればいいね。
 これからもよろしくね、食器棚。君はキッチンボードというより、どう見ても食器棚だな(笑)。

 DIYというほどでもないセルフリメイクは、何か特別な達成感があるようだ。悦に入って、ひとりでニヤニヤした。

 …しかしこの棚。譲ってくれた先輩の方でも、とっくに存在を忘れているだろう。こんなに長く使われるとは、夢にも思わなかったに違いない。中途半端なヤツだった私のことも、とっくに忘れているに違いない。わはは。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?