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【小説】私とは。迷惑とは。

今日は、美恵と遊ぶ約束だから、この服を着ていこう。じゃあ、メイクはこうしたら、似合うな。あとは、バッグはこれで。

朝からウキウキしながら準備をしていたら、お母さんが部屋に入ってくる。

「あんた、また、そんな服着て…。」

恥ずかしい、とまでは言ってないけど、聞こえてくる。お母さんの言う『そんな服』はというのは、いわゆるロリータ服のことである。

「家からは着ていかない約束守ってるから、いいでしょ。」

そういって、準備した服をスーツケースに詰める。皺にならないでくれよ、と祈りながら、そっとふたを閉めた。

「そうはいってもね、誰に見られてるかもわからないし、あんたももうすぐ、20歳になるんだから。」
「はいはい、じゃ、今日は晩御飯いらないから。」

軽く流して、家を出た。


「でもさぁ。やっぱ、実家暮らしで生活費も学費も出してくれてるなら、折れるべきなのは、私かなぁ…。」
「んー、でも迷惑かけてないじゃん?って、アタシは簡単に考えちゃうんだよね。」

向かいに座る美恵は、紅茶を飲みながら言う。
お母さんは、私の趣味を迷惑だと思ってるのだろうか。具体的な損害は、私には見えていない。だから、迷惑をかけているとは思えないのだけど。

「それに、茉莉ちゃんは、ロリータだけじゃないし。着物とか。この前の男装とか、めっちゃクオリティ高いじゃん!」
「でも、ウィッグまで付けてたら、ズボンすら怒られるかも。」

確かに、私は多種多様な『服』に魅了されていて、クローゼットは大変なことになっている。ゆえに、許される服と許されない服の違いが、理解できない。全部、好きな服なのに。

服は、人間だけが持つ、最大の特権で特徴である。様々な服を着てみたい、と思うのは、人間として生を受けたのならば、当然の権利では。TPOさえわきまえれば、迷惑はかけてないことになるはず。
服に合わせて、メイクや髪型を変えて、自分すらも誰かわからないほどに着飾ると、一瞬でも陰鬱とした普段の思考を吹き飛ばせる。

今日は失敗したけど。

「ま、服の代金は全部、茉莉ちゃんのバイト代でまかなってて、高校まではバイトできなかったんだから、今やらずにいつやる。って話ですよ。」

美恵は、ニコニコ笑いながら、私が私を許せるように導いてくれる。

「うぅ、美恵がそう言ってくれるから、私も我慢せずに遊べるんだよ。ほんと、美恵様様です!」

本気で泣きそうになったから、大袈裟に拝み、笑う。

親は大嫌いって程じゃない。だって、育ててもらわないと私はまだ生きられないし、育ててもらった恩だって感じている。
ただ、本当に大事な物にだけは、踏み込まずに、黙って見ていてほしい。

たったこれだけをわかってもらうことは、無理なのかな。
親は心配するのが仕事だから?親に迷惑をかけてるから?
私もいつか、そうなるのかな。

「大人って、難しいね。」

そう呟いたら、妙な間が生まれた。ちょっと気取りすぎたか、と照れ隠しに言葉を紡ごうとすると、それは静かな声に遮られた。

「早く大人になりたかったはずなのにね。」

今度は、私が驚いて黙り込んだ。美恵は、家族仲もよくて、学校でも人気者で、悩みなんてなさそうと思っていたから。

いや、美恵にだって、不満も不安もあって当然だ。でも、私ばかり話して、我慢させてたんだ。

「ね、もし、私でもいいなら、いつでも聞くから。美恵みたいに、上手く返せないかもしれないけど。」

少しの後悔と、謝罪を込めて、机の上に乗りだす。美恵は、少し悩んだあとに、決意を瞳に浮かべた。

「じゃあ、絶対解決できない、恋愛話をしちゃう。」
「お、おお。私なんかでよければ。」

どんな内容でも、何を言われても、私は美恵との友人を辞めるつもりはないけれど。
それでも、必死そうな彼女を見ていたら、私の心臓まで早鐘を打ち始めた。
十分に時間を取り、美恵はゆっくりとその口を開いた。

「実はね、琴葉のことが好きなの。」
「へ!?え、琴葉って、あの!?」

琴葉は、共通の友人だ。可愛らしいが具現化したような、The女の子。今日も、彼氏とデートとやらで、合流叶わずとなった。

「昔はね、別に良かったんよ。だって、琴葉好きー!て言うたら、私もー!って。子供だし。そんなもんでしょ?でも今言うと、ちと重いというか。」

だんだんと美恵の声が小さくなっていく。

そんな中、私は数年前、琴葉と二人きりのときに聞かされた話を思い出していた。

『あのね、私、美恵のこと好きなの。内緒だよ?』
『え?でも、この前も彼氏できたって。』
『だって、そうでもしないと、美恵にまとわりついちゃう。そんなん、美恵に迷惑かけるでしょ?だから、告白されたら断らないの。無理やり距離取れるから。』

あの時の琴葉も、美恵と同じように思いつめた顔をしてたな。

それにしても、迷惑かける、か。迷惑って本当に何なんだろ。

「…大人って、難しいね。」
「そうよ、難しい。何も考えずに済んでた、子供に戻りたいね。」

話してスッキリしたよに見せかけて、震える手で美恵は紅茶を飲む。
私のこの服の趣味を伝えたとき、全部受け入れてくれたのは、美恵と琴葉だ。

なら、今度は私が、全部受け入れる番だ。

「すぐには、応援するとか、なんか手伝うとかは、無責任に言えないけど、どう転んでも友達でいるし、いてください。」

私は、美恵と目を合わせて、にっこりと笑う。
しばらく驚いたようにしていたが、美恵も笑い返してくれた。手の震えも収まっている。

迷惑にならないように、おせっかいかけるのは、アリかな。
迷惑が何かもわかんないけど。少しずつ、見極めていこう。

友達には、幸せになってもらいたいから。

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