キネマ愚考録03「キラーズオブザフラワームーン」 思考停止の罠に嵌まる
令和5年10月20日に公開された「キラーズオブザフラワームーン」を、公開翌日にイオンシネマ各務原で鑑賞。
ロバート・デ・ニーロとレオナルド・ディカプリオ出演でマーティン・スコセッシ監督の大作ということで、映画ファンの皆さんは大いに期待していたのではないだろうか。
僕はあまりマークしていなかったが、直前にふと目に入った予告で、これは見なければと確信した。
この年代にインディアンが石油を掘り当てて富裕層となった話も、その富を求めて白人が暗躍した話も知らず、映画の撮影に関する情報も特に調べずに、ただいい作品が見れそうという気持ちだけで鑑賞した。
(余談だが、イオンカードの新しいサービスでもらえるポップコーンドリンクセットがどちらもSサイズで物足りないのを覚えておきたいので備忘録としてここに残しておく。)
※キネマ愚考録では、僕が鑑賞した映画についてネタバレを恐れず思ったことや考えたことを書き綴ります。あらすじの紹介や物語の解説はあえてしませんが、どうかネタバレにはご注意ください。
映画概要
評価点数
「キラーズオブザフラワームーン」の僕的評価は、50点満点中42点。
(世界観 8点 、脚本 9点、演出 10点、キャラ 7点、満足度 8点)
ざっくり感想
実際にあった事件を元にした原作小説が映画化されたこの作品。
サスペンス調の重い雰囲気の中、上映時間が206分もあったのはさすがに長かった。
しかし巧みな演出と説得力のある演技、そして単調ながらもリズム感がよく飽きさせない脚本構成によって、初めから犯人は自明なのにも関わらず興味が惹かれる充実した映画体験となった。
ここでちょっとネタバレにご注意いただきたいのだが、この映画でいちばん印象に残ったのは、ノンフィクション映画にお馴染みの、登場人物がその後どうなったのかを証拠写真で紹介するくだりが、音楽朗読劇というエンディングの演出。
そもそもこんな演出見たことないし、生演奏のバックミュージックや舞台音響(サウンドエフェクト)に、物語とは関係なくとても興奮した。
ついでのようで本意ではないが、音楽もよかった。
サントラを担当したロビー・ロバートソンの人生最後の作品となった本作では、彼のルーツでもあるネイティブアメリカンの民族音楽がふんだんに取り入れられた雰囲気抜群なサントラとなっていた。
アップルミュージックにプレイリストがあるので、ぜひご視聴いただきたい。
Music From Killers of the Flower Moon
さて、ここからはこの作品を見て思ったことを綴っていくが、ちゃんとした感想を語るにはあまりにも基礎知識と読み込みが足りない。
うっすらとしたレビューになってしまうが、撮って出し書評としてお読みください。
愚考01 アーネストがあまりにも小悪党すぎて可愛い
全体を通して言えるのは、アーネストがあまりにも小悪党すぎるということ。
この作品では登場人物があまり心境を語らないので、アーネストの表情から心境を読み解く必要があるのだが、彼は本当にその場しのぎがすぎる。
キングの美味しい囁きに見事に釣られ、妻のモーリーのことは好きすぎて、下っ端を使いパシるまとめ役の立場を得て調子にのる。わかりやすぎる。
でもその素直さが、最後に自白して裁判で証言をすることになったひとつの要因のひとつであり、どこか憎めない可愛らしさを感じた。
キングが賢くて、表面上は優しそうで、だからこそ畏怖の念を抱かざるを得ない中で、アーネストの雑魚感が際立って感じた。
ところで、この事件の犯人であったアーネストを可愛いというのはあまりにも不謹慎だとこの感想を抱いたことを自嘲したことを書き加えておく。
愚考02 ハエは何のモチーフだったのか
この映画ではハエとその羽音が各所に散りばめられており、アーネストは顔にたかるそのハエを手で払うシーンが何度も繰り返された。
何かのモチーフなのは間違い無いのだが、死臭とお金の匂いにたかるハエなのかななどと浅い感想をひけらかすのは何とも恥ずかしい限り。
そういえば星野道夫著『旅をする木』に、インディアンのナバホ族はハエを「小さな嵐」と呼び、困った時に知恵を与えてくれる聖なる霊の声だと信じているという記述があったことを思い出した。
劇中の「ハエ」と「嵐」が何かを示唆していたことは間違いない。
ということだけは確かだと思う。
愚考03 ちょっとだけ不満というか疑問というか
この書評は事前の予習をせず作品を見ただけで書いているということを前提として再確認しておくが、いくつか疑問点があったので併せて綴っておく。
オーセージ族は被害意識を持っていたのか
まずひとつ目は、オーセージ族の被害者としての意識があまりにも見られなかったこと。何人もの身内が不可解な死を遂げている割には、あまり対策を取ろうとかっていう演出が少なかった気がする。
(種族の仲間で集まり話し合う場面はあったが、、、)
こうやって考えてみると、白人に対する嫌悪感も感じさせなかったことに違和感を感じたが、これは史実においてもそうなのだろうか。
医者の治療は強引だったなとは感じたが、白人の男性を対象に姉妹で猥談したり、4人姉妹のうち3人が白人と結婚することを厭わなかったあたりを見ると、オーセージ族の中に白人やその社会に対する憧れがあり、無垢なお金持ちが資本主義に絡め取られていた時代なのだなとモヤモヤを感じた。
実はFBIの誕生秘話だったとか
そしてふたつ目は、警察側の活躍や内情がイマイチ薄めだったこと。
この映画にはトム・ホワイトやジョン・レンといった、いかにも重要そうな立ち回りをする警察が登場する。
しかし彼らが何者なのかという詳しい説明がないため、エリート集団な部署の方なのかなくらいに思っていた。
映画を鑑賞したその足で本屋に立ち寄り、ちょっとだけ原作小説を眺めてみたのだが、この作品は実はFBIの誕生秘話であったことがわかった。
原作小説では、この「インディアン連続怪死事件」の解決を手柄にして、FBIが誕生したということが、警察側の目線から描かれているそう。
ここでちょっと制作秘話を調べてみると、もともとレオナルド・ディカプリオはこのトム・ホワイトを演じる予定であったが、脚本が転じて小悪党側を主役とすることになったらしい。
そんなことを知ってしまった今、原作を読まねばと強く感じる。
長いし、複雑だしで読むの大変そうだな。
最後に
原作小説はとても分厚く、これは3時間半の映画にも収まり切ってないんだろうなと思う。
この映画を見て、この黒歴史のような出来事が「映像作品」として仕上がっていることに感動した。
余韻の残るいい映画だった。
それでは、ここまで読んでいただきありがとうございました。
次の機会があれば、その時にまた。
※記事中の画像は、映画.comより引用しています。
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