ミシュランラーメンと6人家族。
札幌の「食」といえばラーメンを思い浮かべる方がきっと多いと思う。スープカレー、ジンギスカン、海鮮なども有名だが札幌にきたならラーメンを食べてから帰ってほしい。
妻と結婚したのは2019年。毎週のように札幌市内のラーメン屋さんをめぐった。その数、実に57店舗。
私のパソコンにはエクセルで作ったオリジナルのラーメン番付があり、妻といっしょに「5.0満点形式」で評価した57店がずらりと並んでいる。店名の横には「3.6」などの評点とともに、私と妻からのコメントも載っている。たとえば、
「4.9。白味噌がうますぎる。スープに飛び込んでバタフライできるくらいうまい」
「1.2。店主のこだわりなのかゴボウが入っている。シャラくさい」
「4.3。さっきまで生きてた豚なんじゃないかと思うほどのチャーシュー」
私と妻は食の好みが似ているから、だいたいの点数が似通う。私が「4.3」と言えば妻は「4.4」と言うし、私が「2.8」と言えば妻は「2.6」と言う。
しかし、57店舗のうち私と妻の意見がまったく一致しなかった店舗が1店舗だけある。札幌市白石区の住宅街にひっそりとたたずむその店の名は「麺屋 菜々兵衛」という。
この店、ミシュランのビブグルマンを獲得するほどの名店だ。
和食出身の店主が丹精込めて作る鶏出汁スープと自家製麺。緑色のネギがたくさん入っているのが特徴で、札幌のラーメン業界に鶏白湯ブームをもたらした革新的なラーメン店。その味を求め平日でも行列ができる、まさにミシュラ〜ンなお店だ。
2019年、私と妻はここに行った。
食べ終わった私は「4.3」の高得点。妻に点数を聞いてみるとなんと「0.0」だと言う。どうやら鶏系のラーメンがお口に合わないらしい。むずかしい女だ。人それぞれに好みがあるから仕方のないことだけど、妻の口から「0.0」が出てくるとは。
…
今日、私は5年ぶりにそのラーメン店に行った。ひとりで。「麺屋 菜々兵衛」の近くで仕事があったのでついでに寄ってみようと思ったのだ。
11時台にお店に着くと、店の前には6人が並んでいた。さすがミシュラン。平日木曜日の11時なのに。並ぶのは好きじゃないけどせっかくここまで来たし、時間も少しあるし。だから並んだ。すると私の前にいた若い女性が話しかけてきた。
「あ、私たち6人なので、1人ならすぐ入れるかもしれませんよ」
どうやら前にいる6人は家族連れであるらしい。私に話しかけてきたのは20歳くらいの女の子。うすいピンクのタンクトップに黒髪の前髪はすこしカールしている。肌の血色はよく健康的。韓国アイドルが好きそうだ。
残りの家族を見てみると70代くらいのおじいちゃんとおばあちゃん。50代くらいのお父さんとお母さん。私に話しかけてきたピンクのタンクトップの女の子。その子が「お姉ちゃんはなに食べる?」と聞いた先には、少しおとなしそうなお姉ちゃん。
「あ、そうですか。じゃお先に失礼します」
そう言って私はお店のドアをガララと開ける。お店の中はもちろん満員。私に気づいた店員さんが「何名様ですか?」と聞いてくるので「ひとりです」と答える。「お先の6名様をご案内してからになります」と言われた。ですよね、と思ってまた店の外に出る。
するとまたピンクのタンクトップの女の子が「入れなかったみたいですね」と話しかけてきた。ほかの家族も私を笑顔で見ている。「みなさんの次みたいです」と答えると「あ〜」とみんな言う。
ちょっと気になったので聞いてみた。
「みなさんはどちらからお越しで?」
こう質問すると、おじいちゃんが口を開いた。「いやはや、私と家内は地元なんですけどね。この子たちは……」と言うとタンクトップちゃんは「千葉からです!」と健康的な笑顔でお答えになる。さっきまでしていなかった黒い日傘をしている。
「あら、千葉からお越しですか! それはいいですねぇ」
こう答えると「初めてきたんです。ここは有名なんですか?」とおじいちゃんが言うので私は「有名もなにも、ミシュランの店ですから。いつも行列ですよ」と言う。
1回しかきたことないくせに。
するとタンクトップちゃんは「ほら〜!有名なんだよここ!」とお姉ちゃんに向かって言う。お姉ちゃんは「ふーん」とおとなしい。
矢継ぎ早に「ここのおすすめはなんですかね?」とおばあちゃんが聞いてくる。
私は「鶏白湯の塩です」と堂々と断言する。
1回しかきたことないくせに。
するとタンクトップちゃんは「うわ〜味噌にしようと思ってたのに〜」と上目遣いだ。なんて健康的。私のイキり具合にも力が入る。男は単純。誰だって健康的なタンクトップには弱い。
お母さんが「あら、それなら私も鶏白湯の塩にしようかしら」と言う。私としては、うわ、適当なこと言っちゃったのに注文変えさせちゃったよ、と心で苦笑いをする。6人全員が「それなら鶏白湯の塩にしよう、そうしよう」と楽しそうだ。参っちゃうなぁ。
さらに立て続けにお父さんが「あの〜この店、チャーシューはおいしいですか?」と聞いてくる。
チャーシューなんてどの店で食べてもおいしいに決まってる。
私はここに1回しかきたことがないくせに「ええ、チャーシューもクソうまいです」とイキって言う。タンクトップちゃんは「チャーシューおいしいんだ!」と言っている。
私のイキりはさらに加速し「ここはネギが多いんです。緑色でね。それもおいしいですよ」と奮発して言い散らす。
聞かれてもないのに。
家族6人は「ネギ〜緑〜」と言っている。ネギはどこで食べてもおいしいからウソはついていない。
お店のドアがガララとあき、店員さんが出てきて「6名様どうぞ〜」と言った。家族は「お先に失礼しま〜す」と私に言うので「いってらっしゃい」とまたイキる。健康的なタンクトップちゃんはまた上目遣いで「ありがとうございました」と言ってくれる。
少し待っていると「1名様どうぞ〜」と呼ばれた。店の中に入る。食券機には鶏白湯の塩のボタンに「1番人気!」と紙が貼ってあって安心した。あの家族にウソはついていない。
店内はカウンター5席と、後ろにテーブルの座敷席が6席。さきほどの家族は私の背後のテーブル席に座っていた。
おそるおそる彼らのテーブルを見てみると6人全員の目の前には鶏白湯の塩ラーメンが並んでいるではないか。しかもお父さんのラーメンにはチャーシューが割り増しで入っている。1回しかきたことのないカス札幌民のペラこきアドバイスを忠実に守っている千葉の民に申し訳なさを感じる。
私ももちろん鶏白湯の塩を頼んだ。ラーメンを食べてみるとやっぱりおいしくて、5年前の妻の「0.0」発言を思い出し「あいつ、舌が腐ってたんじゃないか?」と1人で笑う。
私の背後からは家族の「おいしい、おいしいね」が聞こえてきて、ほっと胸を撫で下ろした。
私のほうが家族よりも早く食べ終わったので店を出るときに「どうでした?」と家族に満面の笑みをもって話しかけてみた。
おじいちゃんもおばあちゃんも、お父さんもお母さんも「これはおいしい!」と言っていて、おとなしめのお姉ちゃんは不思議そうな顔で私を見ながら「おいしかったです」と言う。
タンクトップちゃんも「ありがとうございました!」とピカピカしながら言ってくれたので、イキりも悪くないかも、と思って私はそれに負けないキラキラの笑顔で「それでは」と言って店を出た。
駐車場の車に戻ってルームミラーを確認してみると、私の前歯には巨大な緑色のネギがくっついていた。
顔が緑になるほど恥ずかしかった。
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