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時計はどこだ

 何気ない日常が壊れるのは、いつだって突然だ。それは良い場合もあるし、悪い場合もある。ぼくの日常は、あのラビー君が転校してきたことで、大きく変わったんだ。

 よく晴れた初夏の朝だった。クラス担任のクジャク先生が、新しいクラスメイトを連れてきた。
「さ、自己紹介をお願い」
 先生にうながされると、彼はぼく達と同い年とは思えない大人びた声で自己紹介した。
「初めまして、帝都から来たウサギのラビーです。今日からしばらくの間、このクラスの一員となります。どうぞよろしくお願いいたします」
 変な自己紹介だなって思った。しばらくって、どういう意味だろう? 親の仕事の都合で、しょっちゅう引っ越しをするってことかな。

 ラビー君は、そのルックスと大人びた雰囲気のおかげで、すぐにクラスの人気者になった。のろまなカメのぼくとは大違いだ。
 それにラビー君自身も、積極的にみんなと仲良くなろうとしているみたいだった。男女問わずみんなに声をかけて、次々と仲良くなっていってしまった。
 当然、ぼくも声をかけられた。

「やあ、きみはカメのタート君だね。こんなところで何してるんだい?」
 昼休みに、校舎裏のベンチで花壇を見ながらご飯を食べていると、ラビー君がやってきた。いったいどうやってここを見つけたんだろう。学校中を歩き回ってるんだろうか。
「ご飯を食べてるんだよ」
 ぼくはぶっきらぼうに答えた。
「僕も一緒に食べていいかい?」
「どうぞ」
 ラビー君はぼくの隣に座った。一緒に草だらけの花壇を眺める。
「この花壇には、何が植わってるんだい? 見たところ、葉っぱしかないけど」
「バクハツ草だよ」
 ぼくは、ちょっと怖がらせるつもりで言った。普通の人は、こう聞けば「爆発する植物」だと勘違いする。
 でもラビー君は違った。
「へえ、珍しい」
 眉をちょっと上げてから、後ろの校舎を見た。
「こんな日陰で、育つのかい?」
「さあ。知らないよ。植えたのはクジャク先生だ」
「ふぅん」
 こいつはいったい、なんなんだろう。バクハツ草を知ってる人なんて、そうそういない。
「植物に詳しいの?」
 ぼくから質問すると、ラビー君は嬉しそうに答えた。
「僕に興味を持ってくれて嬉しいよ」
「別にそんなんじゃない」
「まぁまぁ。植物には、詳しいってほどじゃない。僕は雑学タイプだからね、広く浅く、名前を知ってるだけさ」
 なんだかよくわからない。答えをはぐらかされたのかもしれない。
 こいつ、信用ならないな。
 そのときぼくは、そう思った。

 ラビー君の人気は留まることを知らなかった。彼は気さくなだけでなく、頭も良かった。みんなの悩みごとや困りごとを、たちどころに解決してしまうのだ。
 ゾウのエレファ君とキリンのジラフ君が喧嘩を始めたときは、二人の話を聞いて誤解を解いた。クラスで飼ってるカブトムシがいなくなったときは、みんなの記憶とわずかな状況証拠から、ダクトの中に潜んでいることを言い当てた。
 まるで名探偵みたいだとみんなが褒めると、ラビー君は笑顔でこう言った。
「そうさ。実は僕は、名探偵なんだ。この学校にも、ある犯罪者を追って潜入したってわけさ」
 そんなもの、冗談に決まっている。みんなそう思って、みんな笑った。
 でも、違ったんだ。
 彼は本当に、名探偵だった。

 ラビー君が来てから、二週間くらいたった頃だ。
 裏庭のバクハツ草は、日陰でも少しずつ成長していた。それを見ながらご飯を食べ終わったぼくは、時間を確認しようとしてポケットに手を入れた。
 そこでやっと気が付いた。
 時計がない。
 真鍮でできたあの懐中時計が、どこにもない。
 いったいいつなくしたんだろう。家に忘れてきたんだろうか。今朝家を出るときにネジを巻いて……そのあと、たしかにポケットに入れたはずだ。
 どこだ、どこだ。
 ぼくは裏庭をうろうろした。でも、ベンチの下にも花壇の中にも、時計はない。
 どこだ、どこだ。
 ぼくは頭を抱えた。
 まずい、あれがないと、あれがないと……。
「何か困りごとかい?」
 ラビー君だ。どうしてここに……。いや、彼は暇さえあれば学校中をうろうろして、だれかれ構わず声をかけている。ぼくがそんなことしたらあっという間に学校中の嫌われ者になるが、ラビー君は逆に人気者になるのだ。
「別に、何も困ってない」
「何か探しものだろう? 当ててみせよう」
 彼はわざとらしく眉間にしわを寄せ、こめかみに手を当てた。
「昼休み、君はいつもここにお弁当を食べに来ている。持ち物はそう多くない。お弁当箱と、水筒。この二つは今、ベンチの上にある。通学鞄は教室に置きっぱなしだから、なくしたものはポケットに入るものだけ。しかも地面にわずかに食べこぼしがあるから、君はご飯を食べ終わってから“それ”を使おうとして、なくしたことに気付いたんだ」
 だとすると、とラビー君は眉間のしわを深くした。
「そんなタイミングで使うのは、ハンカチ? いや違うな、君がハンカチを使ってるところは見たことがない。すると……わかった、時計だ。小さい懐中時計か何かを、なくしたんだろう?」
 ぼくはどきりとした。
「ぼくが時計を使うところを、見たことがあるの?」
「いや、ないよ。でも、君のポケットに何か硬くて重そうなものが入っているのは気付いていた。そういえば、今はその膨らみがない」
 降参だ。ぼくは諦めた。
「……そうだよ、ぼくがなくしたのは懐中時計だ。すごいね、君」
「名探偵だからね」
 ラビー君が土の地面の上を歩いてくる。
「で、君のなくした時計というのは、これかな?」
 彼はポケットから、金色に輝く懐中時計を取り出した。
「え、それ、どこで!?」
「更衣室だよ。僕も忘れ物をしてね、さっき取りに行ったとき、見つけたんだ。クラスの人達に聞いて回ったけど、誰のものでもなかったようで……じゃあ消去法で君だろうなと思ったんだ」
 ぼくは奪うようにその時計を取った。
「あっ……ご、ごめん、ありがとう」
「いや、こっちこそ」
 ラビー君は驚いて両手を挙げていた。
「からかって悪かった。大切なものなんだね?」
「う、うん」
 ぼくはためらってから答えた。
「父さんの、形見なんだ」
「形見? 君の父上は……」
「去年の春、爆発事故に巻き込まれて死んだ」
 ぼくは冷たい声で言った。
 ぼくの日常を壊したあの出来事については、あまり話したくない。
 その雰囲気を醸せば、たいていの人は何も聞いてこない。
 だけど、ラビー君は違った。 
「爆発事故? それは……いや、違うか」
 ぼくは聞きとがめた。
「違うって、何が?」
「僕がいま追っている事件だ。それと関係があるかと思ったが、去年の春なら無関係だろう」
 え、追っている事件? いま、事件を追っているって言った?
 ぼくの疑問が顔に出たのだろう、ラビー君は答えた。
「言ったろう、僕はある犯罪者を追っている名探偵だって。ここ一年ほど、連続爆破事件が起こっているのは、知っているだろう? この町でも何回か被害があったはずだ」
 知っている。月に一回か二回くらいだけど、ラジオや新聞でよくニュースになっている。狙われるのは橋とか鉄塔とかで、人がいない場所も多いんだけど、ときどき怪我人も出ているみたいだ。
「僕はその犯人を追って、この学校に来たんだ」
「え? 犯人を追ってって……じゃあ、まさかこの学校に、爆弾魔が……?」
 ラビー君の顔は真剣だった。
「ほ、ほんとに? どうしてわかったの? ラジオじゃまだ、犯人の手掛かりは全然つかめてないって話だったのに」
「一月前、この町である古民家が爆破されたんだ。幸い人は住んでいなかったので怪我人はいなかったが、今までで一番規模の大きい爆発だった」
 ラビー君はぼくの足元を見た。そこには、バクハツ草が生えている。
「その現場に、バクハツ草が咲いていた。バクハツ草は、名前から爆発する草なのだと思われがちだが、実は逆だ。山火事などの火災が起こったあと一斉に芽吹き、早ければ十二時間ほどで開花する植物なんだ。それが、『バクハツ草が生えると山火事になる』と勘違いされ、こんな名前になったと言われている。火災の原因だと思われたんだな」
 それは知らなかった。ぼくは、へぇ、と言ってから、「でも、それが?」と続きを聞いた。
「この町では、バクハツ草は自生していない。人気がないから花屋にも売ってない。じゃあ現場のバクハツ草の種はどこから持ち込まれたのか? 調べた結果、この町には一か所だけ、バクハツ草が植わっている場所があるとわかった」
 ラビー君は花壇の前に立って、足元を指差した。
「それが、ここだ。だから犯人は、この学校の関係者である可能性が高い」
「…………」
 ぼくは絶句した。
 ラビー君はさらに続ける。
「ところで、君のその時計だが」
「これ?」
 ぼくは手にしたままの懐中時計を前に出した。
「実は一連の事件の爆弾は、時限式なんだ。懐中時計を使ったごく簡単なものだけどね。時計の短針を電気回路の導線にしていて、ある時刻になると回路が繋がって爆弾が爆発するようになっている」
「そんなことがわかるの?」
「爆弾って、爆発しても消えてなくなるわけじゃないからね。破片を繋ぎ合わせれば、色々なことがわかる。犯人が、毎回同じ時計を使っているってこともね」
 ぼくは手の中の時計に目を落とした。まさか、まさか。
「犯人が使っているのは、君の持っているその時計と、同じ型なんだ」
 体が震えた。まさかラビー君は。
「ラビー君は、ぼくを疑っているの?」
 しかしラビー君は、首を振った。
「ちょっとひやりとしたけどね。父上の形見だと知って、安心したところさ」
 ぼくも、ほっと安心した。
「その時計は、同じものがたくさん売っている。犯人がどの店で買ったのかも、まだわかっていないくらいだ。更衣室でその時計を見つけたときは犯人のものかと思ったけど、君のものなら違うだろう」
「ぼくを信じてくれるんだね」
「時計とバクハツ草、両方と接点があるという点で、一番怪しい人物には違いないけど」
 ラビー君はからかうように言った。
「でも、もし君が犯人だとしたら、一月前の現場にバクハツ草は咲かないはずだ」
「どうして?」
「この花壇だよ。ここのバクハツ草は、見たところまだ一輪も花が咲いていない。花が咲かなければ種もできないから、君の服に種がついて現場に持ち込まれた可能性はないよ」
「そっか」
 やれやれ、時計のせいで疑われたけど、バクハツ草のおかげで疑いが晴れた。
「だけど、さっきも言った通り、この町にバクハツ草が生えているのはこの花壇だけなんだ。となると、現場にバクハツ草を持ち込めるのは、やはりこの花壇に関係がある人物のはず。たしか、この花壇に種を蒔いたのは……」
「まさか、クジャク先生が?」
 クジャク先生が爆弾魔だなんて、考えたこともなかった。
「先生は、良い先生だよ? 父さんが死んだとき、一番ぼくを心配してくれたのはクジャク先生だ。植物でも育てれば気がまぎれるんじゃないかって、ぼくのためにここに次々植物を植えてくれたんだ。バクハツ草を植えたのも、その一環だ」
「落ち着きなよ。まだクジャク先生が犯人と決まったわけじゃない。彼女に種をあげた人物もいるだろうし、彼女から種をもらった人物もいるかもしれない。それは、これから調べるところだ」
 鼻息の荒くなっていたぼくを見ても、ラビー君は冷静だった。ぼくは頭が冷えていくのを感じた。
「ごめん、あせっちゃった」
「いや、いいんだ」
「ねえ、ラビー君。もしよかったら、その調査、ぼくにも手伝わせてくれないかな?」
 ラビー君は腕を組んで、ぼくを値踏みするように見た。
「君がかい? ふむ……まあ構わないよ」
「本当? やった、それじゃ探偵団の結成だね」
「ああ」
 ラビー君は肩をすくめて見せた。
 そのとき、ゴーンゴーンと時計塔の鐘が鳴った。午後一時、お昼休みが終わる時間だ。
「教室に戻ろう。午後の授業に遅れる」
「うん」
 ぼくは花壇から出て、ラビー君と教室へ向かった。

 次の日のお昼休み、ぼくはいつものように校舎裏にいた。今日はラビー君は来ていないから、一人きりだ。
 ラビー君は本当に、もうぼくを疑っていないのかな。ラビー君の推理は、一度だって外れたことがない。だけど今回に限って、外さないとも限らない。
 でも、疑っている相手と探偵団なんて、組まないよね。
 探偵団といえば、昨日のうちに、ぼくとラビー君の役割分担が決まった。クジャク先生と親しいぼくが先生の交友関係を聞き出して、ラビー君は学校の生徒に聞き込みをするんだ。
 クジャク先生のことなら、ぼくは既に色々知っている。ご兄弟が三人いるとか、大学の友人と今でも山登りに行くとか。
 そういえば、バクハツ草は山火事のあとに生える植物だって、ラビー君が言ってたな。ということは……。
 ぼくは考えながら懐中時計を見た。
 あれ? 時計が止まっている。おかしいな、今朝家を出るとき、ちゃんとネジを巻いたはずなのに。まさか、もう壊れたんだろうか。
 ネジを巻いていると、時計塔の鐘が鳴った。
 ぼくは急いで時計を合わせると、校舎へ戻った。

 教室に戻る途中、トイレから出てくるラビー君と鉢合わせた。
「あ、ラビー君。ちょうどよかった」
「どうしたんだい?」
 ハンカチをしまうラビー君に、ぼくはこっそりと耳打ちした。
「クジャク先生について、気付いたことがあるんだ。放課後、話せないかな?」
「放課後? うん、構わないよ」
「よかった。じゃあ、四時にいつものベンチに、来てくれる?」
「四時にベンチだね。わかった」
 ぼくとラビー君は、並んで教室へ戻った。

 その日の放課後、ぼくはクジャク先生と少し話してから、校舎裏へ向かった。約束の四時はとっくに過ぎていた。
 校舎裏に着くと、ラビー君がベンチに座って待っていた。
「人を呼び出しておいて遅刻とは、感心しないね」
 腕を組んでいるけど、怒っている様子はない。
「ごめん」
「まあ、いいさ。それで、話ってのはなんだい?」
「気になることがあるんだ、クジャク先生について」
 ぼくは花壇の前に立ったまま話す。
「クジャク先生には、山友達がいるんだ」
「山友達? 一緒に登山する人がいるってことか」
「うん。バクハツ草も、たぶんその人からもらったんじゃないかな」
「可能性はあるな。その人について、詳しく知ってるのかい?」
「うん。その人は、植物に詳しいらしいんだ。植物について語り出すと、止まらなくなるらしい」
「ほう。それは気になるね」
「でしょ?」
 ぼくは何度も頷いた。ここが重要なポイントだ、と言わんばかりに。
「だったら、クジャク先生も、バクハツ草について詳しいはずだよね。その人から聞いて、さ」
「その通りだね。バクハツ草は、山火事のあと一気に芽吹く。それを知っていれば、バクハツ草の発芽や生育には強い光や熱が必要なことは、容易に想像できるはずだ。にもかかわらず、先生はこんな日陰にバクハツ草を植えた」
 ぼくはまた何度も頷いた。
「そうなんだよ。どうしてこんなところに植えたのかな? 何か、意図があるんじゃないかな?」
 ラビー君はしばらく腕組をして考えた。でも、首を振った。
「わからないな」
「そっか……。あ、でも、他にも気になることがあって」
「その前に」
 急にラビー君がぼくの話を遮った。
「僕も、気になることがあるんだ」
「な、なに?」
 そしてラビー君は、奇妙なことを言った。
「いま、何時かな?」
「…………え?」
 ぼくは固まる。時計を見ればわかるけど、でも……。
「待ち合わせは四時だった。僕は四時ちょうどに、このベンチに座った。そして君は遅れてやって来た。およそ五分の遅刻だ。そして君は、クジャク先生についてぺらぺらと喋り始めた。およそ五分ってところかな。だから今は、午後四時十分頃のはずだ。当たってるかな?」
「さ、さあ……」
「どうしてわからないんだい? 君は立派な懐中時計を持っているじゃないか。それはいま、どこにあるんだい?」
「それは……」
 ぼくは口ごもる。ラビー君はいったい、何を言いたいんだ?
「……見れないんなら、別の質問に答えてもらおうか」
「な、なに?」
「君は今日の待ち合わせを、『いつものベンチ』と指定したね。どうして、花壇の前でも、校舎裏でもなく、ベンチを指定したんだい?」
「へ?」
 そうだったっけ……。覚えていない。でも、そう言ったかもしれない。無意識に「ベンチ」と。
「答えられないなら、僕が代わりに答えよう。君がベンチと言ったのは、僕をベンチに座らせたかったからだ」
「なんの、ために?」
「もちろん、僕を爆殺するためさ」
 風が吹いた。
 夏の熱い風が、ぼくの頬をひやりとさせた。
「ば、ばくさつ……?」
「そうだ。連続爆弾魔は、君だ! 僕がそのことに気付いたから、君は僕を殺そうとしたんだ」
 ぼくは口をぱくぱくさせた。
 まさか、まさか。
 やっぱりラビー君は、ぼくを疑っていたのか。
 ぼくは時計を見たい衝動にかられた。
 おかしい、四時十分は、とっくに過ぎているはずだ。
「バクハツ草が現場にあったから、ぼくは犯人じゃないって……」
「あのときはたしかにそう思った。けど、そのあとの君の話を聞いて、考えが変わった。そこのバクハツ草は、クジャク先生が君のために植えたと言ったね? 君に植物の世話をさせて、気をまぎらわせるために」
「う、うん」
「君は、その通りにしていたはずだ。昨日、なくした時計を探して、花壇に入っていたね。バクハツ草の世話をしているときに、時計を落としたと思ったからだろう?」
 その通りだ。ぼくは毎朝、バクハツ草に水をやっている。そのときに時計を落としたと思ったから、花壇の中も探していたんだ。
「バクハツ草の発芽には、強い熱と光が必要だ。こんな日陰では、ほとんど芽吹かない。だからその花壇には、撒かれたまま発芽していない種が、たくさんあるはずなんだ。そして君は、その花壇の世話をしていた。ならそのとき、服に種が付く可能性は十分にある」
 まさか、まさか。
 そんな、嘘だ。
「そしてあの懐中時計。あれはやはり、形見なんかじゃないね? 君は毎月のようにあの時計を買って、爆弾の仕掛けに使っているんだ。……更衣室で細工をしておいて、正解だった」
「細工?」
「ネジにちょっと細工をしてね、最後まで巻けないようにしたんだ。あの時計はいま、ネジを巻いても一、二時間で止まるようになっている」
「ど、どうしてそんなことを?」
「もちろん、犯人がいつ、どこに爆弾を仕掛けるか、わからなかったからだよ。僕の細工は、結果的にこうして良い仕事をした。君の方から僕を呼びつけ、爆殺しようとしたおかげで、爆弾の爆発時刻と場所が、完璧にわかった」
 ラビー君は、自分の座るベンチを指差した。
「君は、午後四時十分に、このベンチを爆発させようとしたね? だから僕を、今日の四時にこのベンチへ誘った。爆弾を仕掛けたのは、おそらく今日の昼休みだ」
 今日の午後一時に、ぼくは時計のネジを巻いた。それは今から、三時間以上前だ。ラビー君の言うことが本当なら、時計はいま、完全に止まっている。

 ぼくがベンチの下に仕掛けた爆弾は、決して爆発しない!

「う……うわあああああああ!」
 ぼくはラビー君につかみかかろうとした。
 その瞬間、校舎の窓から黒い服を来た大人たちが飛び出してきた。警官だ。
 ぼくはあっという間に、警官たちに取り押さえられてしまった。
「僕が呼んでおいたんだ。君を捕まえるために」
 ベンチに座ったまま、ラビー君が言う。
 警官の一人がベンチの下にもぐって、爆弾を取り外した。
「こんな事件を起こしたのは、父上が亡くなったことが原因かい?」
「……そうだよ」
 その通りだ。
「父さんが死んだあの日、ぼくはとても、嬉しかったんだ。これでもう、父さんに殴られなくて済むって。それで、日常は簡単に壊れるんだなって感動して……それ以来、嫌なことがあると、何かを爆発させることにしたんだ」
「そうか」
 ラビー君は、興味なさそうにそう言った。もしかしたら本当に興味がないのかもしれない。彼はそういう、信用ならない奴だ。
 ぼくは背中で手錠をかけられ、警官に連れていかれた。

 こうしてぼくの何気ない日常は、突然現れた名探偵によって壊された。
 あとで警察から聞いた話によると、ラビー君はあのあとすぐに転校したらしい。仕事が終わったら早くいなくなるのが、彼のポリシーなのだそうだ。
 今回、ラビー君の活躍を知るのは、ごく少数の人間にとどまった。
 だから巷には、あまり正確でない噂が流れることになった。
 事件は、爆弾魔の時計がたまたま止まったせいで解決した、と。

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