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【き・ごと・はな・ごと(第19回)】紅天狗狂奏曲―赤いキノコにゃ毒がある?

「そのキノコに出会ったとき、思わずキャーって叫んじゃった。だって、ディズニーの白雪姫の絵本とおんなじ。おとぎの小人の世界そのまんまが目の前にあるんだもの! 」

キノコは、よく雷さまの背負っている太鼓のように菌輪を描く。白樺林で遭遇したそのキノコもそうだった。真っ赤な傘にポツポツと白い斑点を付けたキュートな姿で大きなダンスのサークルを描くようにニョッキニョキと群棲していたそうだ。

「思わずキノコの輪の中にへたり込んで、しばらくボー然として夢ごこち」

そのキノコとはベニテングである。キノコ狩りにいった友人から、その幻想的なベニテングとの第三次接近遭遇の顛末を耳にしてからというもの、「ああ、いいなあ、いつか自分も・・・・」と常々思っていたのだ。そして、今年、めでたく初おめもじが叶ったのだった。

「富士山いかないか?」

吹く風に、秋の気配を感じさせてくれる9月の始め、わが敬愛するキノコの達人氏からキノコ狩りに誘われた。

「ベニテングある?」「あるある、もちろんある」 この誘惑に抗うことなどできようか。春に捻挫して庇いがちな足首のことが、少々心配ではあったが、「いやあ、たいした山歩きなんてしないよ。5合目まで車で登って、あとは横に動くだけ」との甘いコトバに乗せられて参加することとなったのだ。

当日集合してみれば総勢12人のうち、初心者は我々夫婦だけ。後の方々は皆、腰に竹籠、手に軍手。ポケットには図鑑とメモ。「さあ、今日はどんな収穫があるかな」と気合もじゅうぶんだ。ベニテン見たさの不純な動機で参加した安易さを早くも反省した。

キノコ狩りのメッカとしてシーズンたけなわの5合目は、ちょっとした繁華街並みの賑わいである。「毒きのこに御注意!!」の大きな看板に見送られて、いざ樹林へと向かう。 久しぶりの森林浴に浸って進むうち、「あったぞー!」の歓声があちこちから沸き上がる。わたしも、ほどなくキノコ発見の世紀の一瞬を迎えたのだが・・・・達人氏に判定して貰うと、残念なことに毒キノコであった。変哲のない茶色のキノコで、いかにも食べられそうなのだがダメ、というのが結構あるのである。4時間ほどで籠一杯採取したうち、3分の2が毒キノコと判明。これは、われわれだけでなく、他のメンバーも同様で、素人のキノコ狩りがいかに危険かを思い知らされた。

※      ※

さて、ベニテンであるが、この日、苔むした緑色の倒木のそばに、ひときわ鮮やかなオレンジ色の傘を初めて認めたときは、まず興奮で息を呑み、次にキャと小さく叫んでしまった。ちんまりと一本生えているだけなのだが、その姿はどこから見ても完璧な美しさ。華麗かつ可憐なるモデル立ちスタイルである。そのオーラを仰いで、しばし毒されたかのように佇んでいると、メンバーたちが寄ってきて「毒だぞ、危険だ!」と騒ぎたてるではないか。・・・・―そうなんです。ベニテンは言わずもがなの毒キノコである(嘔吐、腹痛、下痢、痙攣、精神錯乱などの中毒症状を引き起こす)。でも、考えようによっては、ベニテンほど安全なキノコはない。一目瞭然で毒だとわかるからだ。赤いキノコにゃ毒がある!・・・・このくらいの常識こどもだって知ってる。ところが、赤ければ毒?!とも言い切れない。だからややこしい。

タマゴタケというのがあって、これもベニテンと同じ、いやそれ以上に鮮やかなオレンジレッドなのであるが、こちらは美味で知られている。文字通り白い卵の殻を付けた幼菌の愛らしさは特徴的である。成長して傘が開くとベニテンにそっくりになるが、こちらには白いポツポツはなくツルンとしているから間違えようがない筈だ。当日、それを判断の基準にして、わたしも実はタマゴタケだとヌカ喜びして採ったものが、後で全てベニテンと判明したという事件があった。どうやら斑点が雨で流されてしまったらしい。 「ベニテンの足と袴は白いけど、タマゴは黄色がかっているよ」と教えられた。こうなると、ますます素人判断は危険!と、恐ろしさは募るばかりだ。

ベニテングは単なる毒キノコではなく、民俗的な分野からみるその存在価値はスターである。神経性に左右するその毒性を利用して、南米などでは古くからシャーマンが神のご神託を得るために食べていたという。また、かつて世界中を注目させた民俗菌学者・ゴードン・ワッソン(1898~1986年)の打ち立てた説では古代インドのリグ・ベーダに出てくる魂を天国に誘うオーラ・ソーマこそ、実はベニテングであったという。この件については、その後異説かまびすしいのだが。今でもベニテン崇拝者は多い。自然医療の分野では麻酔薬として使用しているところもある。また、日本でも火であぶって水に潜らせてから汁の具にしたり、塩漬けや酢漬けで食べている土地があるそうだ。地域ぐるみで覚醒しているというハナシも聞かないので、純粋な食料として生かしているのだろうが、ちょっと怖い。ともかく、聞けばきくほどベニテングはなんだか怪しく、その妖しさゆえに心ひかれてしまう。あぶない、あぶない!!。

「注意」の看板に見送られていざ!!
苔むした樹林の中
あっ見つけた、紅天狗
赤に白いポツポツがキュート
ポツポツが雨で流された紅天狗
毒きのこの仕分けは素人では危険

文・写真:菅野節子
出典:日本女性新聞―平成10年(1998年)10月15日(木曜日)号

き・ごと・はな・ごと 全48回目録

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