《IzumoKasumi Project》終了に寄せて

出雲霞はにじさんじ所属のバーチャルライバーである。かねてから配信の中で物語を展繰り広げるという独特な活動を展開していた。時にはほかのライバーや視聴者を巻き込んで物語を展開していく様は圧巻であり、ある意味でバーチャルとリアルの境界をあいまいにしていく存在だったように思う。その出雲霞が10月13日の誕生日配信の場でにじさんじを卒業しライバー活動をやめると発表した。これはVtuberの歴史の中でも大きな意味を持つと思う。出雲霞が出雲霞であるままに終わらせたいと彼女自身が語ったからだ。
 今後バーチャルの在り方について考えるときに我々は出雲霞について語らなけらばならないと思う。これはそういう重要な局面に接した私の個人的な備忘録である。


 にじさんじ公式ホームページによる出雲霞のプロフィールは以下のとおりである。

ぼーっとしていて、何を考えているのかわからない女子中学生。
お気に入りの枕を常に持ち歩く。
実はとある実験の為に「出雲霞」という少女をモデルに作られたAI。
異なる個性を持った複数の人格データが存在する。
普段は電子世界で暮らしている。

 少しわかりにくいが出雲霞とはAIである。こういった「設定」というのはキズナアイがAIであるとか月ノ美兎が女子高生であるとかいうものと基本的には同じである。しかし、活動開始当初の出雲霞は女子中学生としてデビューした。
 これは出雲霞の本質にかかわるのだが、つまり彼女は人間の少女としてデビューしたものの、配信の中で徐々に様々な違和感に気づいていき、やがてはAIであることを自覚したのだ。そして、配信の場を物語の舞台にしてその謎、自身が生み出された理由やモデルとなった少女の人生に迫っていくストーリーを展開していった。
 この配信を舞台にリアルタイムな物語を展開するスタイルがほかのVtuberとの大きな違いである。先述した通りリアルタイムの配信を舞台に物語を展開することで視聴者はその中に巻き込まれていく。一般的なアニメやドラマ、演劇などのコンテンツでは得がたい臨場感にあふれていた。
 驚くほど重層的な物語である。AIには5つの人格が存在し、そのAIのモデルとなった少女「出雲霞」まで存在するのだから。

 しかし、真に驚くべきは出雲霞が本人の意思でその物語を終わらせる決断をしたことである。
実を言えば出雲霞にまつわる物語はおよそ1年で完結している。そして、その後の配信というのはある種のファンサービスに近いものであることが本人の口から語られた。そして、自らが作り上げた出雲霞が変わっていくことに堪えられないのだと語った。

https://www.youtube.com/watch?v=Gtl5iloFixc

「私は、やっぱり出雲霞のままでいたいです。変わっていくのが嫌です。
変わっていく自分を受け入れたくないです。変わりたいとはやっぱり思えないです」

こんなにも強い意志と美学をもって活動しているVtuberがいることに感銘を受けた。物語が完結して後の出雲霞としての活動が蛇足であったと言い切ったのである。

 その後、「p.s.出雲霞を愛する人たちへ」と題する配信が行われた。その配信では、これまでに私たちの知りえた出雲霞とはまた別の出雲霞が現れた。

https://youtu.be/pFQ0h4Wz3Ls


 つまり、物語の作者としての存在であり、極めてメタな言い方をすると「中の人」が本音を語っているといっていい状況である。
 この配信では物語の種明かしに近い話が続いた。物語のモデルは自分自身であること。あまりいい人生を過ごせていないこと。物語に出てくる「兄」にはモデルとなる実の兄がいて、現在連絡を取れないということ。
 そして、彼女がVtuberを志すときに履歴書に記したというセールスポイントにも触れていた。曰く、他人とは少し違う人生を送ってきたので、人生の人生そのものをコンテンツにしたいと。
従来のVtuberでは絶対にありえない内容である。この配信で話をする人物はVtuber出雲霞などではなく「出雲霞の作者」なのである。つまり出雲霞はVtuberを手段としたクリエイターなのである。
だからこそ、物語は美しいままに終わらせなければならないと自らを終わらせることにしたのである。単に2次元のキャラクターが配信をすることが斬新であるとか、外面と中身のギャップがユニークであるとか言ったこれまでのVtuberにありがちな感覚を超えて、バーチャルというものの可能性を、出雲霞は示したのだ。

「だから私は出雲霞という存在をあなたに返します」

今を生きる人間の(それは創作の登場人物としての)出雲霞に向けて語られた言葉である。こんなに美しく創作者としての矜持をしめした。山口百恵は自らマイクを置くことで山口百恵を永遠なものにした。出雲霞もまた自らを出雲霞に返すことによって出雲霞を永遠なものにするのだ。

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