【小説】長男・桜太郎の話
「おおきくなったら、けっこんしようね」
幼い日の僕は、彼女にそう言った。彼女はこう返した。
「さくたろうがもっとつよくなったら、いいよ」
それから僕は空手を始めた。学校の勉強も頑張った。幼かった僕の思う「強さ」とは、それくらいのものだった。
あれから二十年近くが過ぎ、僕も彼女も立派な大人になった。二人とも、あの頃とは大きく変わった。彼女は長かった髪をバッサリと切り、男性のような口調で話すようになった。あの頃も可愛かったけれど、これはこれでアリかもしれない。
「何をニヤニヤしている、桜太郎《さくたろう》」
「わっ、司《つかさ》ちゃん! びっくりさせないでよ」
家の縁側でぼんやりと考え事をしていた僕のそばに、いつの間にか彼女が立っていた。仕事帰りだろうか、水色の作業着が眩しい。
「この程度のことで驚くとは……貴様はまだまだ強くなれる余地がありそうだな」
彼女はニヤリと笑う。一体僕はいつになったら彼女に認めてもらえるというのだろう。