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優秀社員の退職を、会社を成長させるチャンスに変えるには?

 メンバーが退職する際に、ヒアリングを行う企業は多い。

 在職中は、人間関係や評価などの利害関係から、言いたくても言えなかったことについて、本音の部分を聞き出せるチャンスだからである。

 対ヒト、対組織に対する課題や提言などを上級管理職や人事がヒアリングを行っていることと思う。

 しかし、それだけで終わるのはもったいない。

 特に、優秀な社員と評価されている人材が辞める場合は、会社を成長させる大きなチャンスなのである。優秀人材の退職は会社にとって大きな痛手となるが、やむを得ず退職が決定してしまった場合は、嘆くばかりではなく、価値あるものに変えてしまおう。

1.退職する優秀社員にとっても会社にとっても、もてあます退職決定後の時間を有効活用するには?

図6

 私も会社を立ち上げる前、2度退職を経験している。どちらも円満退社だったので、気まずさはなかったものの、一通りお客様や業務の引継ぎを終えてしまうと、後は誰にでもできる手伝いをする程度で、明らかにアウトプットを出せていない時間が少なからず存在していた。

「できることがあれば貢献したいのに、役に立てることがあまりない」と身の置き場がない感、手持無沙汰感が満載だったのである。

 多くの人がそうだろう。

 従業員にとっては、身の置き場がない、早く時間よ過ぎろと願いつつ、やることを探す時間。

 会社にとっては、状況はわかっているものの、新たに業務を頼むわけにもいかず、どうしようもないという時間。

 お互いにとって、ただ時間が過ぎていくだけの退職決定、業務引継ぎ完了後の日程、時間を、以下の方法で会社の成長につなげるには、どうすればいいだろうか。


2.優秀社員が優秀たるポイントを引き出し、組織全体の底上げにつなげる

図1

 優秀社員には、優秀たる理由がある。

 こういうシチュエーションでは、こういうことを大切にして、この行動を行うと成果が出る、パフォーマンスにつながるという自分なりの法則を持っているのだ。

 そう、コンピテンシーと呼ばれるものだ。

 法則があるということは、いつでも再現できるという再現性があるということであり、結果として、常に高いパフォーマンス、アウトプットにつなげることができるのである。

 営業職であれば、受注確度を上げるための宿題のもらい方、初回電話でのアプロ―チ方法、プレゼンテーションにおける資料の見せ方、クロージング時の態度や委ね方など、他の人が行っていない行動をしている。

 業務スピードが恐ろしく速い人は、定型フォームをたくさん持っているとか、思いついた段階でメールの下書きに保存し、ちょっとした空き時間にメール処理をたくさん行うとか、キーボードのショートカット機能をたくさん知っているとか。

 しかし、上記のようなちょっとしたポイントから、明らかにそれはすごい、という必殺技的なものも含め、その法則は、優秀人材本人に眠ってしまっている。

 実践すると、パフォーマンスやアウトプットの向上につながることが分かっているのに、本人しか実施していないというのは、損失だろう。

 そこで、やむを得ず退職という事実を機に、コンピテンシーを資産化し、会社の成長につなげるのだ。

※コンピテンシーとは

 「優秀者の行動特性」と提示されることが多いが、それだと人に紐づく印象(〇〇だからできた)と逃れらないので、「高い成果、パフォーマンス、価値発揮につながる行動特性」と捉えると分かりやすい。


3.退職するからこそ、会社の資産作りに貢献してもらいやすい

図5

 退職時に行うヒアリング。それは、課題の洗い出しや提案が中心になるが、聞いたところで、それを活かしきることはなかなか難しいのが実態ではないだろうか。

 そこで、目線を変えて、「実務に関するコンピテンシーの落とし込み」をメインに置く。

 営業職であれば、同僚は競争相手ともいえるので、現職中は、自分のノウハウを出しづらかったというメンバーもいるだろう。しかし、そのしがらみは退職するため無くなる。

 更に、先程も書いた、退職決定後の身の置き場がないという立ち位置が「明確に貢献できる時間」に変わることも後押しをする。

 退職時に、特定の後輩社員に、有効な資料を渡したり、ちょっとしたポイントを教えると言った、小さな単位で行われている行為は、そこら中であるだろうが、それを仕組みとして、本格的に実施し、組織全体に落とし込むことで、成長する貴重な資産に変えるのだ。

 コンピテンシー落とし込みのポイントは、

①コンピテンシーのみならず、コンピテンシーを体現するレベルの行動として、誰もが真似できる具体的行動にまで落とし込むこと

②落とし込んだ後は、組織にて共有し、各自のセルフチェックで構わないので、定期的に振り返る機会を設けること

である。

 コンセプトやポイント(コンピテンシー)が分かったところで、それを意識することが大事という認識を持つだけで、行動は変わらない。

 「意識が変われば、行動が変わる」という言葉があるが、そんなにたやすくはない。行動を変える、結果を変えるには、それをできるだけの材料と仕掛けが必要なのだ。


4.コンピテンシー、具体的行動の取り組み効果

図15

 洗い出されたコンピテンシー及び具体的行動を展開して、全員が真似をすることで、どのような効果が期待できるのか。

 例えば、洗い出された行動を真似することで、20分業務時間を短縮できる方法があるとして、それを5人のチームで展開する。そうすると、チーム全体で100分の時間短縮につながる。

 アポイントで話す流れと最後の一言で、確実に次のアポイントがもらえるフローがあるとする。そのやり方をチームメンバーに共有することで、今まで次のアポイント獲得がなかなかできなかった数名が次回アポイントをもらえる数が飛躍的に上がる。それを繰り返すことで、各メンバー、チームの業績は上がり、会社の成長につながる。

 私も、数多くのコンサルティングや研修に入る中で、お客様に伝えるメッセージを「たった数文字変えるだけ」で飛躍的に受注率が高まったという事例があった。具体的な文言は明かせないが、クロージングの際に肯定表現を活用することで、顧客の不安を払拭し、前向きに捉えてもらう伝え方だ。

 この内容は、同じチームのとある後輩にだけ共有されていた内容で、研修の中で、全体に展開された際に、みな一様に感心していた。すぐに誰もが真似できる内容で、非常にもったないと感じたものだ。

 以上のように、ちょっとしたことで、すぐに高いパフォーマンスが生まれるような事例であっても、共有されていないことがほとんどで、優秀人材からコンピテンシーと具体的行動を引き出して展開することの価値と効果は高い。

 実際、コンピテンシーの洗い出しと具体的行動の実践によって、多くの企業で、売上や顧客獲得率上昇、顧客単価上昇など、定量的な結果はもちろん、業績数値の向上、チームの雰囲気向上、お客様からの評価向上と、見える形で成果につながっている。

 参考までに、定性面の変化について、コメントを共有しておく。

<実践後の定性的な変化>

・同じ部門の部下より「(いい方向に)変わった」と言われた。

・お店にくるお客様から「お店の雰囲気が良くなった」と言われた。

・自分はできていると思っていたことが、毎月のチェックシートをつけているとできていないことが分かった。

※上記は、コンピテンシー研修実施後、数カ月の実践期間を経てのフォローアップ時のコメントの一部

※肯定表現とは、語尾を否定から肯定に変える表現方法を指す。「できません」を「できます」に変える、「悪い」を「いい」に変えるだけで、相手に与える印象が良くなる。

 例えば、「お手伝いしないと遊びにいってはいけません」→「お手伝いしたら遊びにいっていいよ」「それは、弊社では対応できません」→「こういう対応であれば対応できます」「その提案じゃ、承認できないよ」→「このポイントさえ変えたら、承認できるよ」と置き換えるのである。

5.キャリアコンサルタントの出番

図18

 さて、退職する優秀社員に対するヒアリングを誰が行うのか?という問題がある。

 仮に、キャリアコンサルタントが社内にいる、もしくは外注している場合は、キャリアコンサルタントに依頼するのが適切であろう。直接の利害関係もなく、ヒアリングのプロである。

 通常のキャリアコンサルティングは、対象者本人のキャリアに関する棚卸から未来の設定など様々な相談を行うことであり、モチベーションの維持など、それ自体はとても価値のあることである。

 ただ、その結果は長い目で見なければ良し悪しが判断しづらいという側面があるし、パフォーマンス向上や業績アップへの貢献など直接的な成果を、体感できることは少ない。

 しかし、コンピテンシー及び具体的行動の洗い出しは、他の従業員のアウトプットやパフォーマンス向上、業績向上に直接貢献できるということであり、本来の仕事とは別のやりがい、価値発揮につながる。

 何事にも成果を求める経営者にとっても、分かりやすい取り組みと言えるのではないか。

 業務のことに触れながら、うまく洗い出すという点においては、キャリアコンサルタントの力を発揮するポイントである。

 注意点として、キャリアンコンサルタントに、退職者の実務に関する知見がない場合は、コンピテンシーやコンピテンシーたり得る行動なのかの判断がつきづらいところがあるため、同じ仕事をしているメンバーに同席してもらい、異なる立場からの視点で実施することがお勧めである。(できれば、退職する人材が話しやすいということを加味して、後輩メンバーもしくは経験が浅いメンバーが良い)

 キャリアコンサルタントがいない場合は、話すことではなく、聞き出すことが得意な人材であり、考えるヒントの提示もできる人材を担当としてアサインしよう。


6.退職する優秀社員からのコンピテンシー洗い出し実施フロー

図16

 退職する優秀人材からのコンピテンシー洗い出しのフローについて確認する。一度の面談で終わるのではなく、複数回に分けて実施する。

 所要時間と退職まで(最終出社日)の時間をふまえて、スケジュールを組む必要がある。

STEP1:一次ヒアリング(1~2時間)

 業務を行う中で、高いパフォーマンスにつながったコンピテンシーと思われることのヒアリングを実施。

①材料無しでヒアリング、自ら言語化してもらう

②予め言語化されているコンピテンシー要素を共有し、①のフリー要素と合わせて絞り込みを実施

STEP2:個別ワーク(1~2時間)

 STEP1 で設定されたコンピテンシーについて、実際に行っていた具体的行動を洗い出してもらう。絞り込みを行うことを考え、一つのコンピテンシーにつき、最低5つを基準とし、思いつく限り洗い出してもらう。

図2

他メンバーも真似することができるということが重要なので、洗い出しの内容は概念や意識(頑張る、心がける、意識する)ではなく、具体的な行動として実施してもらう(〇〇する、〇〇できる、〇〇を行うなど)。「こういうシーンでこういう行動を行ったら、こうなった」といった形で具体的な事例を付け加えることも推奨する。

STEP3:二次ヒアリング(1~2時間)

 洗い出された具体的行動を元に、内容の確認を行いながら、他のメンバーが真似できるレベルにまで落とし込みを行。

STEP4:体系化(1時間)

 一つのコンピテンシーにおいても、意識される要素がいくつか発生するので、グルーピングして体系化を行う。

STEP5:具体的行動例として組織に落とし込み(3~6か月)

 コンピテンシー及び具体的行動事例、毎月チェックができるシートに落とし込み、組織に展開。毎月の振り返りをセットにして、メンバーに実践してもらう。


7.最後に

図14

 退職に限らず、異動時でも実施が可能である。

 優秀人材がいなくなるから、「パフォーマンスが落ちる」と嘆いて終わりにするのではなく、優秀人材がいなくなっても、全く同じとまではいかなくても、近しいパフォーマンスを挙げられる人材が増える、全体の行動レベルが多少なりともあがるためのアクションを取ろう。

 言語化しておくことで、新たに加わるメンバーにとっても意識すべきポイントや具体的行動が明らかになるため、成長も早まる。

 そして、当然かつ重要なことは、協力してもらえる関係性や待遇を普段から構築、提供しておくことである。

 退職するまでは、籍があるんだから業務命令としてやってもらう、という考え方もなくはないが、アウトプットの最大化を考えると、気持ちよく取り組んでもらった方がいいアウトプットがもたらされることは明白である。

 メンバーとは、いい関係を築きつつ、やむを得ず優秀な人材が退職する際は、メンバー、組織、会社が成長するチャンスと捉えて、資産作りの機会に変えよう。

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