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回想 第五章 203

第203回
 「わしは神に自分の願いを聞いてもらったことがたくさんあるぞ。」うそつきが得意げに言った。
 「どんな?」
 「息子の病気を治してくれて、わしを真人間にしてくれた。」
 「願いはかなってないと思うがね。」白髪の男がくすくすしのび笑いながら声をひそめて言った。
 「でもあんたはその息子に医者からの薬を飲ましたりしたんだろう?」坊主が問いかけた。「もしそうなら神のおかげじゃなくて、薬が効いただけじゃないのか?どうして神のおかげだって言えるんだ?」
 「だって高熱が一晩でうそみたいに下がったんだ。」うそつきは興奮して言った。「そして息子はその当日から、それまでの病気がウソみたいに動き回ったりできたんだから。それにほかにもいろいろあったんだよ。腹が減ってどうしようもなかったとき、神に『助けてくれ』って祈ったら野良犬が羽のむしられた鳥を運んできたり、また別の時は突然カエルが十匹ばかりかたまってわしの足元まで跳んできたりしたんだから。」
 「あたしも若いころは何度も神様にお願いしたもんだよ。」瓜実顔の老婆が言った。「当時はとっても貧乏だったからねえ。なんとか幸せになれるように、って祈ったもんだ。」
 「やっぱり祈りは通じなかったじゃないか!」白髪の男が愉快そうに言った。「祈りなんてそんなもんだよ。ある意味そんなことを信じられるだけ幸せなのかもしれんがね。」
 …だからどれだけ真摯に祈れば願いが通じるかもしくは通じないか考える前に、まず自分の足で外に出て父親を探す方がよほど建設的な解決方法であろう、と相談員はにべもなく相談してきた女の子に言い放った。祈りほど現実を見つめる目をにごらせ、問題解決において邪魔になるものはない。祈りに対する努力を、ただちに父親を見つける実際的な努力に転換しなければならない。祈りで願いがかなえられる、と思い込んでしまうことから現代における怠けの問題も出てきている。今ここで現代人は謙虚に自分の足元を見つめなおし、他人まかせではなく、力強く自分で自分の願いをかちとっていかなければならない…。
 「確かにそうかもしれないけど、なんだか寂しい解決法だね。」瓜実顔の老婆がため息をついて言った。
 「でもしょせんそんなもんなんだろう。無駄な時間を費やすよりよっぽどいいよ。」白髪の男は、『どうかこの子のために父親が見つかりますように』と小声で祈っている眼鏡をかけた小さな老婆を、あざけるように横目で見つめながら言った。
 番組が終わり、部屋にいた十人くらいの住人がのろのろと外を散歩するために出て行った。駅長は番組にはあまり集中していなかった様子だったが、坊主にうながされると、立ち上がって一緒に娯楽室を出た。

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