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回想 第五章 173

第173回
 集会所に近づくと、うそつきが何人かの住人と一緒にかたまってひそひそと話し合っていた。駅長はその横を通り過ぎると、坊主の手をかりながら棺桶の置いてあるところまで、ゆっくりと息をつぎながら歩いていった。たどり着くと駅長は棺桶のふちに両手を置き、大儀そうに中をのぞき込んだ。棺桶の中にいる詩人は、苦しそうにあごを突き出していた。そして首には青黒い紐の後が残っていた。苦しんだ時間が長かったからか、突き出たあごは紐から下ろされてからも元にもどらなかったらしい。詩人は棺桶に収められてからもまだ一片の空気を掻きこもうとしているかのようだった。
 「つらそうだな。」坊主が両手を合わせながら、言った。「どうしてこんなことになったんだろうな。まさかこんな風に人生を終える人だとは思わなかったよ。でもどうしてなんだろう?どうしてこんなことをしたんだろうな?何か悩みでもあったのかな?昨日もそうだけど、最近元気がなかったからな。」
 駅長は詩人の苦しそうな表情を見ながら、二日前もし自分が本当に首をつっていたらこんなことになっていたのだろうと想像すると、自分がまだ生きていることが不思議に思えた。もし二日前に予定通り首をつっていたとしたら、今ごろ自分はどこで何を見ているのだろう?そして詩人は今どこで何を見ているのだろう?しかしだからといって自分が今生きていることに対してさして喜びもわいてこなかった。それは二日後自分がここに横たわることになっているからだ。
 「まったく信じられない。」とつぜんうそつきがうしろから、手すりにつかまりながら近づいてきて、声をひそめながら話しかけてきた。うそつきはあきらかに何かふたりに内緒話を打ち明けたそうだった。「帽子さんが一番初めに見つけたそうなんだが、そのときまでこの人は紐にぶら下がりながらまだかすかにもがいていたそうだ。」

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