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回想 第五章 180

第180回
 「ところで詩人さんは死ぬ前に掃除婦から手紙をもらっていたそうだよ。」
 「まさか!」坊主は驚いて言った。「あの二人にはまだ交流があったのか?どんな内容だったんだろうな。」
 「そこまでは知らないけど、どうやら昨日届いたらしいんだ。そしてその手紙を読んでから詩人さんの様子がおかしくなったようだよ。」
 「誰にそんな話しを聞いたんだ?」坊主がいぶかしげに尋ねた。
 「帽子さんだよ。さっき集会所で聞いたんだ。」うそつきが答えた。「詩人さんえらくあわてていたらしいよ。だからおそらくなにか重大なことが書いてあったにちがいない。そしてそれが今回の自殺の原因に関係してるはずだ。きっとなにかあったにちがいないんだ…。でもまあわしの考えでは、だいたい予想はつくけどね。おそらく…、詩人さんの大切な部分に触れてあったにちがいない。もちろんそんなことはわしのには及び知らぬところだけど、きっとなにか…。」
 「なんでそんなにもったいぶって話すんだ?なにか知ってることがあるんだろう?」坊主が先をうながした。
 「もちろんなにも知らんよ。でも」うそつきはまた声をひそめて二人に顔を近づけた。「おそらくわしの予感では、詩人さんのなかで何か重大な変化がおこったんだよ。」
 「どんな?」坊主がいらいらしながら尋ねた。
 「いやもちろんわしの予感なんだが、」うそつきは声をさらにひそめて言った。「おそらく詩人さんは信仰を失っていたと思うんだ。」
 駅長はベッドに腰かけたまま下を向いていたが、坊主は馬鹿にしたような冷笑をうかべた。
 「あんたは詩人さんについて何もわかっていないよ。あの詩人さんから信仰をとったら何も残らんじゃないか!」
 「だから死んだんだよ!」うそつきは真顔で答えた。「きっともう神がいるのかどうか自分で信じられなくなったんだ。」
 「どうしてそんなことがわかるんだ?」
 「もちろんカンでしかない。」うそつきは得意げに言った。「でもそうとしか考えられないけどね。だってそうだろう?何度も言うけどこの人は自分で自分の命を絶ったんだ。これが真剣に神に仕える男のすることと思うか?それにどう考えても掃除婦に恋していたなんて、昔の詩人さんを知っているわしにとっては想像もつかない話しさ。あの人のなかできっと何か変化があったにちがいないんだ。きっとなにか詩人さんの信仰心に作用するほど強いあるのっぴきならない事が起こったにちがいない。そしてそれは掃除婦からの手紙の内容に関係していると思うんだ。」

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