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パンソリ、民謡、巫俗音楽...2020年、韓国の伝統音楽はモダンにアップデートされる〜LEENALCHI, Chudahye Chagis, イヒムン: Ssing Ssing出身の3組

2017年9月のこと、韓国の伝統民謡を歌うSsing Ssing 씽씽というバンドが、米・NPRのTiny Desk Concertに出演しました。民謡巫俗音楽に、ロック、ディスコやレゲエなどの現代音楽、(韓服でもなく)ドラァグ・クイーンを連想させる派手な衣装...。ものすごいインパクトのステージで、当時日本でもこのバンドを話題にしていた人は少なくなかったと思います(動画は現時点で約500万回再生)。

Ssing Ssingは、パンソリ*という韓国の伝統音楽(国楽*)の歌い手(ソリクン*)、イ・ヒミンと、映画「哭声/コクソン」、「釜山行き/新感染」等の音楽監督で、어어부 프로젝트(オオブ・プロジェクト)などでも活動するジャン・ヨンギュ(ベース)を中心にした6人組バンドでした。

メンバー
ボーカル:イ・ヒミン 이희문
ボーカル:チュダヒェ추다혜
ボーカル:シンスンテ 신승태
ベース:ジャン・ヨンギュ 장영규
ギター・キーボード:イ・テウォン 이태원
ドラム:イ・チョルヒ이철희 

惜しくも、一枚のEP (Spotify) を残して解散してしまったのですが、2020年に入ってから、Ssing Ssingに所属していたミュージシャンたちによる3つのプロジェクトが、それぞれSsing Ssingの音楽を発展させる、伝統音楽と現代音楽をミックスした面白い作品を発表しているので紹介したいと思います。どれもジャンルとジャンルを、過去と現在を、東洋と西洋をクロスオーバーする、枠に閉じ込められない自由さのある作品です。

まず本編に進む前に、この記事では伝統音楽、民謡等、それらと関連ある宗教的な内容が出てくることがあるので、それらの語彙を整理しておきます。意味や本記事における定義を整理してから進めたほうがよいでしょう。

◼︎用語の解説

国楽:広義の国の伝統音楽を指す。中国にも日本(邦楽とも言われますよね)にもある。国楽は、現代の韓国ではまず正楽民俗音楽に区分される場合が多く、前者は雅楽、唐楽、郷楽といった宮中など高貴な人がいた場所で演奏されていた音楽、後者は民謡散調、シナウィ、雑歌、パンソリなど民間で享受された音楽を指すという。

パンソリ(판소리) :朝鮮の伝統民俗芸能であり、李氏朝鮮の英祖時代(1724年〜1776年)に生まれ、主に18世紀末〜19世紀に人気があったとされる。1人の歌い手(ソリクン 소리꾼)によるチャン (歌),アニリ(言葉),ナルムセ(身振り)、そして鼓手(コス 고수)によるプク(太鼓)の演奏による、物語性のある歌と打楽器の演奏。パンソリの事はよく"一種のソロ・オペラ"とも例えられる。パンソリのパン(판)は、多くの人々が集まる場所を意味し、ソリ(소리)は音を意味する。パンソリの起源には明確な定説がないが、有力な説の一つは、全羅道地方の巫俗音楽(*後述)を起源としている。パンソリにはかつて12の物語(演目、マダン(마당)という)があったとされるが、現在残っているのは春香歌、沈清歌、興甫歌、水宮歌、赤壁歌の5種類で、いずれも民間の説話をベースにしたもの。どの演目も最初から最後まで披露するのに2時間から8時間かかると言われている。こちらが2時間20分かけて披露される「水宮歌」の例。パンソリは2003年にはユネスコ無形文化遺産に登録された。

韓国民謡:まず民謡は主に口承によって受け継がれた歌のことを指す。韓国の民謡は地域ごとに特色が分かれており、"京畿民謡"のように地域名+民謡でそれぞれ呼ばれている(京畿道は、ソウル周辺の地域を指す、日本でいう都道府県のような地域区分)。例えば京畿民謡のことは、イ・ヒムンは「ソウルを取り囲むほぼ全ての地域の民謡を吸収しています。発生や音階が格段に差異のある全羅道(チョンラド)民謡を除いて、京畿道、江原道、慶尚道、忠清道、済州道まで様々な地方の民謡の特色を全部吸収したのです。それを私たちは京畿(キョンギ)民謡と称し」と説明する。 この記事で出てくるイ・ヒミンは京畿民謡を、チュダヒェは北朝鮮地域のソリである書道民謡を履修した歌い手だ。

巫俗(ふぞく 무속):朝鮮におけるシャーマニズム信仰。

巫堂 (ムダン or ムーダン 무당) : 巫俗において、神と人間との間を仲立ちする女シャーマン、神女のこと。女シャーマンに対し男シャーマンの数が少ないことから、広義にはシャーマン全体をさすが、男シャーマンはパクス(박수)とも呼ばれる。

クッ(굿):巫堂(ムダン)が、歌や踊りで神に祭祀を捧げる儀式をいう。また、そこで演奏される音楽全般を巫俗音楽、中でも巫女が歌う歌を巫歌(ムカ・무가)と呼ぶ。

◼︎1. 이날치 LEENALCHI イナルチ 

アーティスト:이날치 LEENALCHI イナルチ 수궁가 
アルバム:『수궁가 水宮歌 SUGUNGGA』Spotify視聴
2020年5月29日発表

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まずは、Ssing Ssingで、イ・ヒムンとともにバンドを率いていて、先述の通り元々は映画「哭声/コクソン」、「釜山行き/新感染」等の音楽監督、そして어어부 프로젝트(オオブ・プロジェクト)などで活動するジャン・ヨンギュを中心に組んだ7人組バンド、イナルチが5月に発表した11曲入りアルバム『수궁가 水宮歌 SUGUNGGA』バンド名は、パンソリの名唱イ・ナルチ(1820~1892)から取っているそうです。

イナルチは、ボーカル=歌い手(ソリクン)が4人もいて、バンドはダブル・ベースとドラムで構成されます。ベースの一人、ジョン・ジュンヨプは惜しくも昨年解散、"韓国人なら誰でも知ってる"くらいの人気を誇ったロック・バンド、チャンギハと顔たち 장기하와 얼굴들 Kiha & The Facesのメンバーです。そう聞くと、チャンギハの歌い方が、韓国の70〜80年代の歌謡、フォーク、ロックからさらに遡って、こうした伝統民謡にも通じているように思えてきます。

メンバー

ボーカル:권송희 グウォン・ソンヒ Kwon Song Hee
ボーカル:신유진 シン・ユジンShin Yu Jin
ボーカル:안이호 アン・イホ Ahn Yi Ho
ボーカル:이나래 イ・ナレ Lee Na Rae
ベース・キーボード:장영규 ジャン・ヨンギュ (Ssing Ssingではベース、プロデューサーを担当。このバンドでもリーダー的ポジションに当たる)
ベース・キーボード:정중엽 ジョン・ジュンヨプJeong Jung Yeop (장기하와 얼굴들 チャンギハと顔たちでベースを担当)
ドラム:이철희 イ・チョルヒ (Ssing Ssingではドラムを担当)


このバンドを最初に紹介する理由は、思わず体を動かさずにいられないダンス・グルーヴ、中毒性ある歌のフレーズに、エンタメ性高いダンサーたち...、伝統民謡を歌っているのに、洗練されていてポップの強度の高さに驚かされる作品で、この記事で紹介する作品たちの入り口には最適に思えたから。この昨年のONSTAGE 2.0でのライブ映像も200万回近い再生回数を記録しています。

バンドの核はダブル・ベース、ドラムというバンド編成によるグルーヴだと思います。アルバム冒頭「Tiger Is Coming 범 내려온다」はスカスカのベースラインがループされるニューウェーヴ曲、「좌우나졸 Catch a Rabbit」はミドル・テンポのファンク、アップテンポな「Crysing Softshell Turtle 별주부가 울며 여쫘오되」や「A Magic Pocket 울며 여쫘오되 의사줌치」はLCD SoundsystemやThe Raptureみたいなディスコ・パンクのエネルギーを感じさせるし、ラストの「Ddiddiroo Diroo Diroo 약일레라」はカッティング・ギターのないディスコ・バンガーですが、どれも思いっきり踊れます。片方のベースがオルガンのような音で時にメロディを奏でる一方で、もう片方のベースはエフェクトを多用しながら跳ねたリズムを鳴らす。グルーヴに乗り、本来のパンソリの音楽的イメージから大きく離れ、解放され、ダンス・ミュージックとして機能している。


実際ライブ映像を見てもダンサーがたくさんいて(伝統衣装のような服を着ている人もいれば、全然そうでない人もいて、そのミックス感がまたいい!)、ユニークな振り付けでステージを動き回ります。ステージ上ではダンサーも歌い手と同じくらい目立つようになっていて、バンド、歌い手、ダンサー全てがフィーチャーされた総合的なエンタメとして見ていて楽しい舞台です。その、踊れる楽しさ、というのがイナルチの魅力ともいえます。

4人の歌い手によるボーカルにももちろん注目です。このアルバムはパンソリの有名な演目のひとつ「水宮歌」をモチーフにしているのですが、最後まで披露するのに2時間半かかる「水宮歌」の中から印象的な場面を選んで歌い、11曲48分の作品にまとめました。「水宮歌」のあらすじはざっとこんな感じです。(韓国民族大百科事典を参考)

竜王(竜宮の王様)が急に病気にかかり、何の薬も効果がないとため息をついていたら、専門家(道士)が現れ「ウサギの肝を食べると治る」と教えた。竜王は陸地に出る使者を選ぼうとしたが、薬を探しに行くと名乗り出るものがいなかった。そこへスッポンが現れ、志願して、陸地へ上がっていった。スッポンはウサギと会うと「水宮へ行けば高い官職を与える」と誘惑して、ウサギを竜宮へ連れていった。肝を出せという竜王の前でようやく騙されたことを知ったウサギは知恵を出して「肝を陸地へ置いて来た」と言った。これに竜王はウサギを歓迎しながら、もう一度陸地へ行って肝を持ってくるように言った。スッポンと一緒に陸地へ上がったウサギはスッポンの愚かさを嘲弄し、森の中に逃げてしまう。スッポンはウサギの糞を薬として水宮へ持って行き献上すると、竜王は助かった。ウサギは(そのまま)陸地での生活を営んだ。

そして、この物語を伝える歌が本当に面白くて楽しい!のです。歌詞は元々の水宮歌そのままながら、印象的なフレーズをわざと反復させたそうで、例えば「Tiger Is Coming 범 내려온다」の"범 내려온다(ポムネリョオンダ)"、「좌우나졸 Catch a Rabbit」の"아이고 (アイゴアイゴ...)"の「Crysing Softshell Turtle 별주부가 울며 여쫘오되」(上に挿入した2つ目のライブ映像)での"별주부가 울며 여쫘오되(ピョルチュブガ ウルミョ オジャオデ)"、 "어따, 이 놈 별주부야(オッタ イノム ピョルジュプ)"などなど4人の歌い手が順番に連呼するフレーズは、聴いた時にすごく印象に残るし、韓国語が全くわからなくても一緒に歌いたくなる中毒性も生んでいるように思います。普通パンソリというともちろん歌い手は一人だけです。それが4人もいて、それぞれが異なるキャラクターを演じ、歌うからこそ可能な表現でしょう。また、「좌우나졸 Catch a Rabbit」始めラップばりに早口で歌っている曲もあって、"朝鮮時代ヒップホップ"と紹介している番組も見ました。演奏にあった楽しさという要素は歌にも通底していて、だからこそパンソリという音楽に馴染みも偏見もない若者や外国人には特に訴求力のある大衆的なポップスになっているといえるでしょう。

もちろんそうした大衆性を備えたからといって、歌からパンソリらしさがなくなっているわけではありません。歌い手たちは「フュージョン国楽、または国楽歌謡曲のようにパンソリを現代的に変えて呼べば呼吸が短くなります。 これに慣れると、スタミナが落ちて、首の筋肉を長く使う完唱パンソリが難しくなります」(イ・ナレ)、「原形をそのまま生かしたので、バンド活動をしているけど、歌い方は全く変えませんでした」(シン・ユジン)と、むしろ本来のパンソリ の歌い方そのままに歌っていることをインタビューで強調していました。例えば、「A Magic Pocket 울며 여쫘오되 의사줌치」の前半部分など、4人の歌い手たちが演劇をしているかのようにキャラを演じ分けます。こうして歌い手に注目してみても面白いアルバムです。

300年前に生まれたパンソリの伝統を捨てることなく、大胆に大衆性も担保したダンス・ミュージックに仕立て上げた実験性、ジャンルを超え、聴き手を選ばない訴求力...これぞ"ポップ"とだろう思います。

◼︎2. 추다혜차지스 CHUDAHYE CHAGIS チュダヒェ・チャジス

アーティスト:추다혜차지스 CHUDAHYE CHAGIS チュダヒェ・チャジス
アルバム:『오늘밤 당산나무 아래서 (今夜堂山の木の下で) Underneath the Dangsan Tree Tonight』Spotify試聴
5月24日発表。6月下旬よりApple Music, Spotify等の海外ストリーム・メディアでも公開。

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続いては、Ssing Ssingのボーカルの一人で、書道民謡の歌い手、チュダヒェのプロジェクト、チュダヒェ・チャジス。彼女はこのアルバムの前に3月にソロでシングルを出しています。アルバム・タイトルの「堂山」とは村の守護神として神が宿っていると考えてられている、神格化された木のことをいいます。バンド自身はこの作品のジャンルをファンクとクッ(굿)(◼️用語の解説参照)を混合した”ポンクッ”(韓国語でのFunkの読みは日本語表記にすると”ポンク”が一番近い)と表現しています。つまり、パンソリの起源ともされる巫俗音楽(とそれが披露される儀式=クッ、その歌である巫歌=ムカ)をブラック・ミュージックのリズムで披露する作品だとといえると思います。このモチーフについて説明しているインタビューがあったので訳して見ました。

Q: チュダヒェ・チャジスの"クッ・パッケージ"は伝統儀式を作業の素材としています。 事実、様々なジャンルですでにクッをモチーフを作品化した事例が多いです。 新しい素材やテーマではなくても、どんな理由から関心を持つようになったのでしょう? どのようにアプローチしていますか?

すでに民謡自体、新しいものではない。 新しさより、自分ならではの方式を探すのがカギだ。 クッに関心を持ったのは、最近3年程度に過ぎない。 ヨガをしながらそうなっっていきました。 ヨガ音楽の主流を成す歌詞はマントラだが、一種の呪文だ。(中略)宗教や哲学によって解釈が少しずつ違うけれど、ヨガ音楽ではその呪文を歌でうまく表現している。そしてある日、クッの音楽を聴いていたら、それがマントラと別段変わらないという気がした。 私たちクッの歌にも人々の心を癒し、慰めてくれる力がある。勉強を始めた。クッを訪れて回った。 現場でクッの歌を学び、それをもとに私の歌に作り上げた。

確かにアルバムは、始まりを告げる「여~봐라~」(ヨ~バラ~)という勇ましい発声、「Binasoo+ 비나수+」のイントロの巫女が鳴らす鈴の音、その名も「Ritual Dance」などクッのリチュアルな雰囲気をダイレクトに感じさせる作品です。彼女自身の歌声も「Today is The Day」を始め、こぶしを強く聞かせ長く伸び、震え上がると言ったらいいのでしょうか...圧巻です。9曲35分チュダヒェは、巫女を演じきり、聴き手をクッの世界に引き込みます。

そして、バンド・サウンドにも大注目。バンドが言う通り「Ritual Dance 리츄얼댄스」なんかはファンキーなグルーヴですが、実際アルバムを聴いてみると、激しいギター・リフの応酬で仕掛けてくる「Undo」、キム・オキ(後述)のサックスが登場する「Soul Birds 사는새」、激しいダブ・サウンドの「Eheori-Ssunggeoya 에허리쑹거야」や「Bok Dub 복Dub」、歌の掛け合いが楽しい「CHAGI’s CHAGI 차지S차지まで、緩やかなグルーヴで統一しバンドのキャラクターを印象付けながら、ロック、ジャズ、レゲエ、ダブ...とジャンルを広げます。そして、こうしたサウンドになったことは、バンド・メンバーを確認すれば納得で、調べてみるとチュダヒェ・チャジスは、国外のフェスにも出たり評価の高いバンドで活躍する、ソウルのジャズ、レゲエ、ファンク等のミュージシャンが集まったスーパー・バンドなのです!

メンバー
()内は他の所属バンド。
Vocal: 추다혜 チュダヒェ (Ssing Ssing)
Guitar: 시문  イ・シムン (NST & The Soul Sauce(2019年のフジロックに出演)、LIMHARA、Kim Oki Fucking Madness)
Bass: 김재호 キム・ジェホ (Cadejo, Kim Oki Fucking Madness)
Drums: 김다빈 キム・ダビン(Cadejo, Windy City, Kim Oki Fucking Madness)
Percussion: 강택현 カン・テクヒョン (2, 6, 8曲目)
Saxophone: 김오키 キム・オキ (Kim Oki) (4曲目)

まずほとんどのメンバーが、今年の韓国大衆音楽賞で「今年のミュージシャン」に選ばれたサックスプレイヤー、キム・オキ(Kim Oki 김오키)が2017年にアルバム『Fuckingmadness』を制作したバンド、Kim Oki Fucking Madnessにも参加している。

ギターのイ・シムンが参加する、ベーシストのノ・ソンテクを中心に2015年に結成したルーツ・レゲエ・バンド、NST & The Soul Sauce 노선택과 소울소스は、パンソリの歌い手(ソリクン)キム・ユルヒと共作したアルバム『Version』発表後のツアーで昨年のFUJI ROCK FESTIVALにも出演しているバンドです(P-VINE公式サイト作品ページ Spotify)。

それからドラムのキム・ダビンが参加している2005年から活動するベテランの、レゲエ/ソウル/ファンク・バンド、Windy CitySpotify)はあのペク・イェリンが影響を受けたアーティストの一組に挙げていました!ペク・イェリンのあの緩やかなグルーヴはこういうところからも来ているようです。
Windy Cityのライブ動画↓

ノ・ソンテクは後ほど紹介するイ・ヒミンの作品も共作しているし、キム・オキもNST & The Soul Sauceの作品に参加していたこともあるようで、どうやらこの辺りのシーンは、メンバー構成を流動的にして色々なバンドを組んでいるようです(芋づる式に色々なバンドの作品と出会えるのでリサーチしていても楽しかった!)。

そしてもう一人、ミックスを手掛けたエンジニア、内田直之の名前もキーだと思います。この人は、豊田道倫、パラダイスガラージ、田我流とカイザーソゼ、UA、EGO WRAPPIN'、AKEROCK、在日ファンク、The eskargot miles、SPECIAL OTHERS......最近はgezanのニュー・アルバムなど、そしてこのシーンでも先述のNST & The Soul Sauceも手掛けた、ダブのミックスの名手として知られていて、彼の力あってチュダヒェ・チャジスのアルバムも濃厚なダブ・サウンドが聴けるわけですね。

クッの東洋的でリチュアルなムードに、スーパー・バンドによる緩やかなグルーヴが不思議なほどにマッチし、イナルチとは違った形で過去と現在が、西洋と東洋が、クロスオーバーした作品が生まれました。

◼︎3. 이희문 & 허송세월 & 놈놈 (OBSG) (イヒムン&ホソンセウォル&ノムノム)

アーティスト:이희문 & 허송세월 & 놈놈 (OBSG) (イヒムン&ホソンセウォル&ノムノム)
アルバム『오방神과 (OBSG・オバンシングァ)』Spotify試聴
2020年1月3日 イ・ヒムン・カンパニーより発売。

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最後はSsing Ssingでドラァグ・クイーンのような奇抜な衣装で歌っていたイ・ヒミンが、2人組の歌い手ノムノム 놈놈、先述のルーツ・レゲエ・バンド、NST & The Soul Sauceの中心人物であるベーシスト、ノ・ソンテクによるバンド、ホソンセウォル 허송세월とともに組んだプロジェクト、오방神과 (OBSG・オバンシングァ)のアルバムです。
(ノムノムの2人は国楽でも打楽器とテグムを学んだそう。上のライブ動画では真ん中のイヒムンに合わせて奇抜な格好をしていてわかりづらいですが、ノムノムの2人はイヒムンよりはまだ若いです。こちらの動画だとわかるかも。両脇2人です )

このレトロなディスコ・ポップのこの曲「ホソンセウォル・マロラ허송세월말어라」は、1980年のイ・ウンハ(イ・ウナ)「あなたが好き」に似ているとイ・ヒムン本人が認めていますが、私はこの曲は80年代に活躍したバンド、ソンゴルメ 송골매のこの「어쩌다 마주친 그대」(1982年『ソンゴルメ2集』収録)も思い出しました。パンソリと韓国の歌謡音楽が出会った感じ。終盤の「개소리말아라 Gaesori Marara」もこれと近い路線です。

このアルバム『오방神과 (OBSG・オバンシングァ)』、「ホソンセウォル・マロラ허송세월말어라」こそキャッチーなダンス・ポップですが、全体的にはノ・ソンテクが本作の"音楽監督"を務めたこともあり、レゲエっぽい曲が多いです。その他もジャズやブルースなど緩やかなグルーヴが軸になっているので、バンド・サウンドは、チュダヒェ・チャジスやNST & The Soul Sauceに近いものがありますが、アルバム全体は、このバンドの主役イ・ヒムンの歌、ヴィジュアル面も含めたキャラクターの強さによってより個性的なものになっているように感じられます。

メンバー
ボーカル: 이희문 イ・ヒミン
サブ・ボーカル: 신승태 シン・スンテク (ノムノム 놈놈)
サブ・ボーカル: 조원석 チョ・ウォンソク (ノムノム 놈놈)
以下バック・バンド、ホソンセウォル 허송세월
ベース: 노선택 ノ・ソンテク (NST & Soul Sauce)
ギター: 선란희 ソン・ランヒ
キーボード: 박현준 パク・ヒョンジュン
トランペット: 유나팔 ユ・ナパル
サックス: 송승호 ソン・スンホ (NST & Soul Sauce)
パーカッション: 송영우 ソン・ヨンウ
ドラム: 강신태 カン・シンテ



京畿民謡をモチーフにジャンルの融合を試みてきたイ・ヒミンは、このバンドの他にもドラムとチャングという韓国の打楽器とともに構成されたNAL 날、ノムノム 놈놈、ジャズ・バンドのPreludeとともに行なっている한국남자 ハングク・ナムジャといったプロジェクトでも活動中です。2019年初めに放映されたKBSの番組でも音楽のキュレーター兼ミュージシャンとして、様々なジャンルのミュージシャンたちと一緒に民謡を伝統様式に再解釈したりと、調べていくと身近な方法で国楽を広める伝道師、といったイメージです。


イ・ヒミンの面白さは、独特の中性的で、「破格的」と韓国でよく形容される衣装を含めた、歌だけでなくビジュアルも使った個性的な表現にあるでしょう。Huff Post Koreaのインタビューで興味深いやりとりがなされていたので、和訳して紹介します。これを読むと、彼の衣装はドラァグ・クイーンのようなスタイルに影響を受けたというよりは、男性の歌い手(ソリクン)が稀少になってしまったパンソリや民謡の歴史に背景があるようです。(意訳が不十分でやや意味を取りづらい部分もあるかもしれません)

Q: 一部ではイ・ヒミンのスタイルをドラァグ(drag)と表現してします。公演しているときはドラグをしているのですか?

イ・ヒミン:以前にも質問をたくさん受けていてドラァグという主題で雑誌で企画インタビューを受けたりもしました。メディアはアイデンティティのようなものを一つとして規定したいじゃないですか。ですが、正直そうやって定義しづらい部分が多いんですよ。私がニューヨークでSsing Ssingの公演をしようと行った時、考えていた色に合う衣装がなかったんです。それで、急いで女性アンダーウェア・ブランドで服を買ったので、胸があるんです。私は一度も胸がある衣装を買ったことがないんです。アクセサリーとしてポイントを与えるだけで、事実上ほとんど全部男性衣装です。その衣装(胸のある衣装)を着て公演をするのは、不便です。だから、その時以降は絶対(胸のある衣装を)着ていないんですよ。
昔は男性がソリをしていたとんですよ。しかし、途中で日本植民地時代が過ぎながら、日本の芸者文化が入ってきて、クォンバン(*日本による植民地時代芸者組合の日本名)で女性たちが今のアイドル事務所のようにトレーニングをさせたのです。そうして、女性歌い手(ソリクン)たちがとても商品的な贅沢となり、男性歌い手(ソリクン)が無くなっていったのです。
私は生まれた時から母(名唱、コジュラン 고주랑)を通して民謡を聴いて、女性の先生から習って来ました。だから、周りの何人かの先生たちが「あなたがなぜソリを女性のようにしているの?」と聞いてきたのです。こういうスタイルになったのは、そういう反応を捻じ曲げた作業(捻くれて考えた、みたいなことでしょうか?)でもあります。「私がむしろ女性になってやろう」みたいな感じです。

Q: 博數巫子(男性の巫女、パクス)の見た目に影響を受けたとも聞きました。 

イ・ヒミン:私が以前披露したオーダーメイド・レパートリー、快(クェ)'というプロジェクトはグッ、巫俗(ふぞく、朝鮮のシャーマニズム)音楽を現代版で作る作業でもありました。 シャーマンの体に出たり入ったりする魂は男女の区分がいませんでした。 巫子のそのようなイメージを持って来たんです。 


Q: 韓国の民謡で海外市場を、派手なスタイリングをした歌い手(ソリクン)として韓国民謡界の壁を破ったと思います。 どんな心構えで活動をしていますか。

イ・ヒミン:何かを破ろうとした訳ではありません。壁を破るというよりは、やりたいことを素直に、一度生まれたんだから、なんでも一度はやってみてもいいじゃないか、ということです。プロジェクトを一緒にするメンバーには、ドラマーがいるし、モジュラーシンセを弾く人もいます。そう考えてみれば、西洋文化と民謡を混ぜることはそんなに変わったことではないです。最初はこういう姿に、'えっ!?'と思われても、段々とソリを聞いてくれます。最初に私の姿に好感をもてなければ、そのまま行ってしまえばいいです(それ以降聴かなくてもいいです)。最後まで聴く人たちは結局ソリを聞くのですから。私も実際これが正解かはわかりません。やりながらぎこちなかったり、違うなと思えば、変えていきましょう。これからもやりたいことをずっとできるよう余力ができる環境が作られれば、と思います。


イ・ヒムンは、歴史ある巫俗、パンソリ、民謡におけるジェンダー的表現の可能性を広げるアーティストであり、数々の彼のプロジェクトの一つ、『오방神과 (OBSG・オバンシングァ)』もその一面を垣間見れる作品の一つでしょう。

イヒムン Huff Post

◼︎国楽、パンソリとK-POP

国楽とか、パンソリとか、韓国の伝統民謡とかって、この記事で紹介するバンドと出会うまで全然身近じゃなかったのか?というと、実はそうでもないです。

まず、この記事で紹介したバンドたち以外にも、国楽やパンソリをモダンに解釈したりしたバンドはいくつかいて、Korean Gipsy 상자루(サンジャル)악단광칠(樂團光七, Ak Dan Gwang Chil, ADG7)Jambinai(Glastonbury Festival, Coachella Valley Music & Arts Festival等名だたるフェスや平昌五輪でもパフォーマンスしている)などがさっと思い浮かびます。それからバンドではないですが、Lim Kimの昨年のアルバム『GENERASIAN』も国楽は重要なモチーフになっていました。

さらに、K-POPでもパンソリを取り入れた場面はありました。他にも探せばたくさん出てくると思いますが、パッと思い浮かんだ曲を、ここ数年の3曲に絞って紹介してこの記事を締めたいと思います。

(1) BTS「IDOL」(2018)
パンソリにはチュイムセといって、プク(太鼓)の奏者、鼓手(コス 고수)や時には観客が歌い手に対してする合いの手のような掛け声があります。BTSはそれをこの曲の歌詞で取り入れています。具体的には、1:12〜の部分の歌詞で、"얼쑤 좋다 オルス ジョッタ" "지화자 좋다ジファジャ ジョッタ" はそれぞれ "それ、いいぞ!"、 "よいさ!いいぞ!"みたいに日本語に訳せるようです。2018年のMnet Music Awardsでは国楽を大胆にフィーチャーしたステージを繰り広げましたね。

(2) MC Mong  (MC 몽)「FAME 인기」(2019)
こちらはラッパー、MC Mongにより、2019年末に発表されチャート1位も獲得したヒット曲。一聴すると普通のダンス・ポップですが、終盤に突如、強烈な女性の歌声が入ってきます。歌っているのは、女性トロット歌手オーディション番組、「明日はミス・トロット」の初代優勝者として、トロットの再ブーム巻き起こる韓国で人気の歌手、ソン・ガイン。今でこそトロット歌手として知られる彼女も元々は、2008年全国パンソリ大会で大賞を、2010年、2011年にはパンソリで文化観光部長官賞を2回連続受賞するなど実力あるパンソリの歌い手でした。この曲での唱法についてどうなのかはわからないですが、彼女の歌い方は"パンソリの専攻者らしい妙なハスキーボイスが混じってい"ることで"独特な魅力"があると言われています。

(3) Agust D 「대취타 大吹打 Daechwita」(2020)
最後は再びBTSですが、メンバー、SUGAがAgust D名義で今年5月に発表したミックステープ『D-2』のリード曲「대취타 大吹打 Daechwita」。国楽の中で、王が出てくる時や軍隊の行進で使われた曲「대취타 大吹打」をサンプリングして作った曲で、パンソリやクェングァリ(꽹과리 、鉦)などの韓国伝統楽器のサウンドを用いています




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