春の賃貸を抜け出して、夜をやり過ごすこと

僕はこの公園の空気も、夜の桜も、街灯も、全て愛していた。
君はどうだろう。

 今晩、僕は自殺すると決めて部屋を出てきた。季節が移ろう三月の終わり、清掃費用も払えない賃貸マンションで死ぬのは現実味がない。
(30キロ制限の標識。僕は緩やかに悲しんでいる。)

 その路地を抜けると公園があって、僕はよくそこで煙草を吸った。
 というのは君も知っているように、僕はときどき家出をすることがあったからだ。
 部屋の電気は律儀に消して、そこだけが明るい玄関で、誰かに引き留めてもらいたくて振り返ると、家具ときらきらした埃だけがある。あった。いつも。
 コートのポケットに指を突っ込んで、金色のPEACEが、まだ数本あることを確かめる。確かめた。いつも。
 行ってきます、と言って玄関を出る。
 そうして、一時間もしないうちに帰ってくる。帰ってきていた。少なくとも今日までは。

/木田昨年20230122

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