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給水塔

換気扇の下で煙草を吸いながら、思い出す。

だいたい「希死念慮」というものには、猫の肺くらいの大きさの一対の翅がついている。
常に、僕の周りを、音も立てずに飛んでいる。
初めてみたときは怖かったが、今はもう何の感慨も持たない。
それは、実際に僕を殺すわけではなく、ただ飛んでいるだけだったから。

或いは、コンビニの灰皿の前で思い出す。

あの頃の君には翅がなくて、記憶するかぎり、一切の装飾を持たない。
目の下にほくろがあって、それだけが印象深かった。
病院の窓から、給水塔が見えるというのは、嘘だった。
白くて、無垢な、おそろしい、そういうイメージのなにかが君には見えていて、それが「給水塔」だった。
そうだよね。

或いは、夏の駅前で思い出す。
花を食べる君の手つきを。
笑った口の、端から、
蜜のようによだれを垂らして、
僕らは馬鹿な大人になろうと思った。

のにね。

僕は給水塔のような悲しみを抱えて
君のことを思い出そうとしているうちに
すぐに消えてしまう煙を吸っている。

蛇口を捻って、
煙草を消す。

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