「傷だらけの15歳」
なにやらただならぬ剣幕で、勝手口から厨房に入ってきた長女は、「ぜったいクロちゃんわたしのこと殺す気だよ」と言った。
な、なんて物騒な。
村をあげて、「ぬーんねんしが今帰仁村」と、ここは「何にもない長閑な今帰仁村」であるはず。
前出の「クロちゃん」とは、我が家の漢、雄鶏である。
数ヶ月前クロちゃんは、唯一の伴侶「黄色ちゃん」を亡くし、男やもめとして今は小屋でひとり暮らし。
黄色ちゃんが居た頃は、「俺が黄色を守る」という気概に満ちていた。
仮にクロちゃんが人間であったら、北谷あたりのタトゥーショップにて、「黄色」とその鳥肌に深々と名前を彫ったに違いない。
餌だって栄養価の高そうなものはまず黄色ちゃん優先であった。
カルシウムである煮干しの頭、幼虫やミミズなどの高タンパク質はだいたい黄色ちゃんに譲った。
クロちゃんはというと、米糠やおから、野菜屑、そういった質素なものをついばんでは、黄色ちゃんの旺盛な食欲に満足げだったっけ。(そう見えた)
なのに過失とはいえ、結果的にクロちゃんが黄色ちゃんをあやめてしまったような形で黄色ちゃんが死んだのは、クロちゃんにとってはほんとうにやるせないだろう。
そんなクロちゃんが、執拗に長女を敵視するようになったのはだいぶん前からである。理由は定かではないが、きっと「クロちゃんに攻撃される!」と察した長女が「ビビりながら」反撃し、結果なんとか勝利したからだろう。
「ビビりながら」がどうもいけなかった。クロちゃんにとって勝負は互角であったにかかわらず、すんでのところで負けた、という敗北の念が未だに残っているのかも。
なので通説だと、「ニワトリは3歩あるいたら忘れる」と言うけれど、あれは嘘だと思う。
以来、長女はそれなりの警戒心でクロちゃんと付き合いつつ、隙あらば仲良くしたいと心を込めてお世話している。
毎朝の餌も水替えも長女の役割。だからクロちゃんにとって長女は命綱である。
しかしこの、恩を仇で返すような事態にただただ驚愕。
そう、ちょうどそれは長女がアルバイトの日。
朝の店掃除を終えた長女が、「運動不足だと思うから、クロちゃんを庭に解放させる」と、ニワトリ小屋の扉を慎重に開けた。猫いっぱいの外界だから、おそるおそるクロちゃんは外に出るやも(って、うちの猫たちよりクロちゃんのが強い)、そのうち夢中でなにかをついばみ始めた。
イキイキと嬉しそうに過ごしていたクロちゃんだけど、末っ子が「スーちゃんハウスに行きたいから今すぐクロちゃんを小屋に帰して」と、無下にも長女に言い放った。
「え?もう?まだ3分くらしか経ってないけど」
しかし、くろちゃんと末っ子のどちらが「弱者」かといえば、圧倒的に「幼児」である末っ子である。
弱者は強い、というパラドックスがメキメキ発動された以上、困惑しながらもヨロヨロした鈍い動きで長女は長靴を履き、身支度を整えた。
「どれ、捕まえるとするか」
そのとき、空気を切り裂くように、「コケーーーーコッッコココッッコッッコッッコっ!」と激しい雄叫びが響き、続いて「ぎゃー」と長女の叫び声が。
死闘が繰り広げられているのだということを悟るも、「やられたやられたこわいこわい」と長女が逃げてきた。
あれ、血。
ティッシュで傷口を拭いている。
ちょうど長靴が途切れるふくらはぎ部分から鮮血がポタポタと。
「爪でやられたー」
あの爪だ。いわゆる「もみじ」である。出汁をとったら天下一品だが、ひっかかれたらたまったもんじゃない。解放されてルンルンだったクロちゃんの機嫌を損ねたのは申し訳ないであるけれど、そ、そんな。
応急処置をセルフでした長女は、気を取り直して再びクロちゃんに立ち向かい、そして無事に小屋に収納した。
任務遂行。
その果敢な態度はまるで、「進撃の巨人」の調査兵団である。
それから数日後。
「ニャガニャガーーーーーーッ!」「ニャオー!」
「あああ、こらーーーーーーっ!」
2階から猫と長女の怒声。
なんなのかしら、ほんとに物騒なんだけど。
「やられたー」って、長女が階段を降りてきた。
猫同士の喧嘩の仲裁に入ったら、まんまと巻き込まれたのだ。
足の平からは、血がポタポタ出てる。
階段には一段ごとに血が垂れていて、それはまるで火曜サスペンスのようである。
「身体張ってるね」
「そうだね」
淡々と傷の処置をしながら、いつぞやかのタロットで、長女がマコちゃんに言われたことがふとよぎった。
「長女ちゃんは、動物を通して人生を学びますね」
ほんとうにその通り!
そんなマコちゃんタロット、大好評だったのでまたやります。
6月16日(日陽日)11時半から15時半まで。
10分1000円ぽっきり。27分だったら2700円。
どうぞ、この機会に。
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