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ドラマを見て泣くのは

先日、ある高校生が、「ドラマや映画で悲しいことが起こったとき、それを観て涙が出てくるのは、悲しい出来事そのものだけではなくて、多くの場合、他の登場人物が泣いていたり悲しい音楽が流れてきたりするのに反応しているからだ」と言った。

確かに、ドラマや映画の悲しいシーンで、周りの人が笑っていることは少ないし、楽しそうな音楽が流れてくることもない。

だからもしそんなシーンで他の登場人物が泣いていなかったり、悲しい音楽が流れなかったりしたら、観ている私たちは涙が出ないのかもしれない。

一方で、現実に目の前で悲しいことが起こったときには、そこに自分一人だけがいても、涙が出るだろう。もちろん悲しい音楽がどこからともなく流れてくることはない。

そう考えてみると、ドラマや映画の中の「悲しいシーン」に対しては、それを観ている私たちは、どこか入り込めていない部分があるのではないか、と思う。その悲しさを、自分自身のものとして心の底から感じ取れてないのかもしれない。

それを補うために、ドラマや映画では、他の登場人物が泣く様子を映し出し、悲しそうな音楽を流す。そうすることで、「このシーンでは観ている人は泣いてください」というキューを出している。

そしてそのキューに反応して、私たちの目から涙があふれる。

おそらくドラマや映画を作っている人たちは、悲しいシーンでは、悲しい出来事だけではなくて、その他の様々な仕掛けを作らないと、観ている人たちは悲しくならないことがわかっているのだろう。

言い換えると、ドラマや映画というバーチャルな世界と、目の前の現実というリアルな世界とでは、観ている人の入り込み方や反応が違うことがわかっている。つまり、バーチャルな世界の限界が見えているのだ。

もう少し広げて考えると、スマホやタブレットを使う時間が長くなることで、バーチャルな世界に触れる時間が極端に増えてきたこの時代には、私たちは、モニターを通して見ているバーチャルな世界には、実はリアルな世界に対するほど、入り込めていないし、感情を揺さぶられてもいないし、その結果、リアルとは違う反応をしているのかもしれない。

そして恐ろしいことに、そんなことをあらかじめわかっている作り手たちがいて、そのバーチャルな世界に、いろんな仕掛けを作りこみ、観ている人たちをできるだけ入り込めるようにして、感情を揺さぶり、作り手が思うような反応を起こさせているのかもしれない。

だからたまには、バーチャルな世界からしばらく距離を置いて、作り手の仕掛けがないリアルな世界の中で、自分の感情や反応を、確認してみるのがいいのかもしれない。


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