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【小説】宇宙人とヒーロー

「あの子供助けるのどうしても面倒臭いなァ」
怪人につかまりながらもどこか不貞腐れた表情をした子供を見て、ヒーロー6年目の俺は思った。

最初は右も左もわからず、ただ怪人に負けないことだけを考えて光線を撃ちまくっていた。3年目からは段々慣れてきて、街に被害が出る前に怪人を倒したり、スマートな印象を持ってもらえるよう垢抜けたスーツを選んだりする余裕が生まれた。
ところが、5年目から仕事にやりがいを感じなくなってきた。怪人から助けた婆さんが救急隊員に暴言を吐いているのを見たり、倒した怪人が実は故郷の川を守るために一人で戦っていたのを知った時に、自分が誰かを助けたところで、代わりに他の誰かが不幸になるだけなのではないかと思うようになってしまった。
そして6年目、ついに辞める理由を探し始めて今に至る。

怪人の触手に絡め取られた少女は、泣くでも喚くでもなく廃屋の床に転がった角材に目を落としている。その様子はさながら過ぎたイタズラを教師に叱られる生徒のそれであり、怪人に絞め殺されることよりも後で母親に叱られることを恐れているのがありありと見て取れた。
しかし、はっきり言ってかったるいのはおじさんの方である。どこぞのカバのガキのように俺の名前を万歳三唱しろとは言わないが、元はと言えばこんなところで遊んでいた君にもある程度の過失があるのだから、せめて助けて欲しそうな演技の一つくらいはお願いしたいものだ。

「ヒョッヒョッヒョ、どうした?早く助けないと子供の命が危ないぞ?」
うるさいんだよお前は。そもそもお前があんまり強くなさそうだからその子もそんな感じなんだろ。見るからにザコそうな笑い方で嬉しそうに触手振り回してるんじゃないよ。最近の怪人には「絶対ヒーロー殺すぞ!」みたいな気概が感じられないんだよ。お互いやるからにはプロの仕事しようや。

ああ、もういいやこの仕事辞めよう。
俺は2秒で少女を奪還し、慌てふためいて触手が絡んだ怪人を光線で蒸発させた。魚介系の香ばしい匂いがしてすごく嫌だなと思いながら、少女に目立った外傷がないことを確認する。
「もう大丈夫だからね、お家帰れるからね」
少女はこちらと目を合わせてくれない。まあ自然な反応ではあるが、とにもかくにもこの子を家族か警察に引き渡さなければ俺も帰れない。
「お家の場所分かるかな、もし分からなかったらお巡りさんに探してもらおうと思うんだけど」
「ここが私達の家なのです」
驚いて声のする方を振り返ると、買い物袋を提げた若い女性が入口に立っていた。
「私はその子の母です。一部始終を拝見しておりました。すぐに名乗り出ず申し訳ございません」
「ここが家…って、どういうことですか?」
母親は一瞬間を置き「どうか驚かないで」と言うとモザイク状の光に包まれた。そしてどんどん姿が変わっていき、最終的には我々ホモサピエンスとは全く異なる形状へと変身した。

「怪人…なのですか?」
「正確には、この星の外からやってきた宇宙人です」
宇宙人…、本当にいたのか。初めて見た。ふと気が付いて少女の方を見ると、少女も母と同じような宇宙人の姿に変身していた。
「娘には知らない人が来たら擬態するように言い聞かせていたので、あの怪人は娘を地球人だと勘違いしたのでしょう」
なるほど、この宇宙人の親子はここで生活していて、あの触手怪人はいわばゴキブリのようにここに湧いたということか。
「そして、私が帰ってくるよりも先に、あなたが臨場されました」
段々話が見えてきた。
「娘の擬態が解けてしまったら、怪人と勘違いしたあなたに蒸発させられるかもしれない。そう思った私は、あなたが怪人を倒した後に、落ち着いてあなたと話したかったのです。ご無礼をお許しください」
事の真相を知り、全てに納得ができてすぐ、新たな疑問が浮かんだ。

「宇宙人だという説明を受けた私が、あなた方を生きて帰すという保証はあったのですか?」
別に意地悪で聞いているわけではない。人間だろうと怪人だろうと宇宙人だろうと、人類の敵はすべからく抹殺しなければならない。これほど高度な擬態技術を持った宇宙人なら、やろうと思えば国家くらい簡単に転覆できる。
「実は、私たちは相手の思考が読めるのです」
急に身ぐるみをひん剥かれたような恥ずかしさを覚える俺をよそに、母親は「ぼんやりとではあるのですが…」という全く意味のない謙遜をしている。
「ですから、あなたが人を姿かたちではなく善悪で判断する人であること、私たちの事情をお話すればご理解いただけるであろうことについては、確かな自信があったのです。勝手に頭の中を拝見して申し訳ございません」
「ああ、いえいえ…そんなのは、はい…」
もう俺はしどろもどろだった。ということは、不貞腐れていたのではなく擬態が解けないよう頑張っていたこの少女に、俺が並々ならぬいじらしさを感じてアイスとか買ってあげたくなっていることもぼんやり伝わってしまっているわけだ。見たところ人類への害意はないようだし何より恥ずかしいし、早くここを立ち去ることにしよう。

本部には怪人が単独でいたところを発見し始末したと電話で報告した。去り際、入口まで見送りに来てくれた親子に尋ねる。
「そういえば、地球にはどのように来られたのですか?」
「旅行中に宇宙船が故障しまして、近くに星連加盟星がなく、致し方なく地球に不時着したのです」
「…それって、帰れるのですか?」
星連って惑星連合みたいなものだろうか。気にはなったがあまり長居するのも申し訳ないので大事なことだけ聞くことにした。
「夫が今宇宙船の材料を集めてくれているのですが、あと半年もすれば加盟星までは飛べるようになるだろうと。そうすれば大使館がありますので、そちらで保護してもらう予定です」
我々人類は、もしかしなくてもものすごく後れを取っているのかもしれない。そんな後進星の住民である俺が心配するのも変な話だとは思ったが、ヒーローとしてここは遠慮するわけにはいかない。
「また怪人が出ないとも限りませんし、どこかにご家族で暮らせる物件をお借りしましょうか?あと半年もこの廃屋で暮らすというのは、小さなお子さんもいらっしゃいますし大変ではないですか?」
「お気遣い痛み入ります。ですが、今日くらいの怪人なら私一人でも処理できますし、娘も怪我をさせられることはないと思います。きちんとした物件を借りようとしたこともあるのですが、聴覚が鋭敏な私達にとってはこの静かな場所が最も住み良いのです」

つくづくこの人達が友好的な宇宙人でよかったと思う。その気になれば地球なんて一週間もかからず落とせるだろう。というか、俺今日完全に余計なお世話だったな。ゴキブリが出ただけなのに大げさな防護服を着たシロアリ業者が勝手に家に入ってきたようなものではないか。

「それに」
母親は娘の頭を優しく撫でながら言った。
「もっと危ない怪人が出たときは、また助けに来てくれるでしょう?」
俺にはこの人達の表情が分からないが、多分笑っていたと思う。
「もちろん、必ず助けます」
気を遣わせてしまったなという申し訳なさもあったが、俺は本心からこの人達に無事に帰ってほしいと思った。


次の日、現場に駆け付けるとなじみの本屋の前でキリンみたいにデカい怪人が暴れていた。そういえば「コールオブダーク」の最新刊今日発売だったな、あとで買って帰ろ。
俺は射線上に本屋が入らないよう慎重に位置取り、すっかり体になじんだ構えを取った。

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