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深堀り!映画『アマデウス』のサリエリは、エニアグラム タイプ4w3

こんにちは、エエメエちゃんです!(^^)!

最近は昔観て印象的だった映画の掘り起こしをし
ています。
今回は『アマデウス』
アメリカでは1984年、日本では1985年に
公開された映画です。(Wow!40年前💦)

私はレンタルビデオで、公開の10年後くらいに
観てると思います。
前知識なく、先入観なく、期待もせずに観て、
「めっちゃオモロイじゃん!」って唸った記憶が
あります。
1984年にアカデミー賞8部門を獲得している
名作ですから、どうりでw

今回約30年ぶりに改めて観てみました。
私も年を取り、若かったあの頃とはまた違った
視点で感情移入することができました。

昔は、映画の中でテンポよく繰り広げられるモーツ
ァルト
の数々の天才エピソードや、演奏やオペラに
ばかり目が行き、結末は悲劇であってもただただ面
白い!という感想でした。

でも今は、その天才が創り出す作品を誰よりも愛し
ながら、自分にはその価値が分かるくらいの凡庸な
才能しか与えられていないと神を憎むサリエリの方
に共感する自分がいるのです。

年取ったな~w
でもその分、作品が真に表現したかった本質に触れ
た感じがしました。

ということで、有名な映画ですから、あらすじな
どの紹介はほかの多くの方に譲るとして。

今回は天才モーツァルトへの嫉妬に狂い、ついには
彼を死へと追いやってしまったサリエリのエニア
グラムタイプを私なりに考察してみます。

 ちなみに、今公開中の映画『オッペンハイマー』、 “オッペンハイマーと重鎮ストローズ ”を、 “モーツァルトとサリエリ”をモデルにして描かれているとか。


◎サリエリのエニアグラムタイプは?

ずばり、彼の主タイプは4

でも実は迷いました。

なぜなら、モーツァルトの才能への強過ぎる“嫉
妬”
という部分はタイプ4ですが、

彼自身が宮廷お抱えの作曲家であり、時代の寵児と
して人々に支持され成功していた
こと、

モーツァルトの足を引っ張るために策略的なとこ
ろ、

そのために平気で嘘をつき、罪悪感もないところを
みると、

タイプ3かな?とも思いました。
(タイプ3の人悪く思わないで!それぞれのタイプ
にネガティブな面がありますから。)

◎2つのタイプで迷った時は動機を考える

2つのタイプで迷ったとき、何を動機に行動してい
るのか
を考えます。

サリエリは、人々や皇帝にウケが良い音楽を創り出
すことが得意で、当時とても人気のある作曲家でし
た。
すでに社会的にとても成功していました。

片や、モーツァルトが創る作品は、その時代の人達
にイマイチ評価されていませんでした。
金銭的にも困窮していました。

もしもサリエリがタイプ3であれば、この時点でモ
ーツァルトのことはアウトオブ眼中だったはずで
す。

かれら(タイプ3)は “成功していない自分は価値
がない”という恐れから行動
します。

 しかし、サリエリの場合は、モーツァルトの地位
よりも才能とてつもなく嫉妬していました。
そしてモーツァルトの才能の凄さを、自分が一番分
かっているとも思っていました。

あんた(神)は神の賛歌を歌う役目に、好色で、
下劣で、幼稚なあの若造を選んだ。

...神は切望だけを与えて声は奪い取った。
なぜだ、教えてくれ。
わたしの賛歌など望まぬならなぜ切望を与えた?
熱い欲求だけ与え、才能は下さらない!

映画「アマデウス」サリエリのセリフより

タイプ4は、創造性と自己表現に関わること、特に
芸術関係に関心を示し、自分の人生に意味がないこ
と(平凡であること)に根源的な恐れ
を持っていま
す。

彼の動機は、自分だけがモーツァルトの素晴らしい
才能を見抜いているという優越感に浸りたかった、

ということだと思います。

◎サリエリの子供時代の親との関係

彼はイタリアの田舎町で生まれました。
田舎で他の子たちと遊んでいる頃から、モーツァ
ルトは有名人でした。
国王の前でピアノやヴァイオリンの演奏したり、
その才能は幼少期から輝いていました。

しかし子ども時代のサリエリは、モーツァルトの
名声というよりも、モーツァルトを導く彼の父親
の存在に嫉妬
していました。

なぜなら自分の父親は商売人で、音楽にはまった
く理解がなかったからです。

その父親が早くに亡くなり彼の人生は劇的に変わ
りました。
好きな音楽の道に進み、努力しウィーンの宮廷作曲
家にまで昇りつめることになったのです。

◎タイプ4の母親像・父親像に対する愛着パターン

(*参考書籍 : 「エニアグラム〜性格と本質〜」
 中嶋真澄 著)

タイプ4は、子ども時代、父親、母親両方に欲求
不満を抱えています。
自分にそぐわないと思っています。

家族に対しても、自分はこの家の誰とも似ていな
い、自分はこの家の子ではないのではないかと感じ
ることもあります。(実際とは関係なく)

<ここから生じる人間関係の問題点>
自分の親は分かってくれなかったが、自分を理解し
てくれる人や愛してくれる人がどこかにいるはず、
と思います。
そして、現実の相手を理想化し、相手に期待します
が、パーフェクトに自分を満たしてくれる人は見つ
からず、相手に失望することになってしまいます。

...サリエリの場合、理想化し、期待し、失望し
たのは、自分に才能を与えず、下品な若造の方を選んだでした。
そして彼は神を捨て、モーツァルトを死に追いやっ
たのです。(モーツァルト享年35才)

 時が経ち精神病院に入院し、面会に来た神父に自分がモーツァルトを殺したと告白し終わったサリエリは、ようやく重い枷が外れたように軽やかになりました。
 そして、ほかの入院患者たちに大声で語りかけます、神々しい笑みと共に。

私は凡庸なる者のチャンピオン!
凡庸なる人々よ、
罪を許そう!
凡庸なる人々よ、
罪を許そう!

映画「アマデウス」サリエリのセリフより


以上、最後までお読み頂きありがとうございました(^^)/

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