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今、フィリピンでキチママと暮らしてます。(第三期)序章

フィリピンのマバラカット市のあるバランガイホールの一室に、薄暗いライトが一つと古い扇風機が回っている音が聞こえる。
 
幸い冷房がきいている隣の部屋からの冷気でさほど熱くは感じないが、その部屋にいると空気が張り詰めたように雰囲気が重々しく、息苦しさを感じるそこはまるで、昔の刑事ドラマに出てくる取調室のようだった。
 
その部屋には帽子をかぶった日に焼けた強面の男性とその隣に白髪の中年女性が座っていて、その向かい側で泣きながら何かをしきりに訴えている若い女性の話を聞き入っている。

その女性の右となりに、短髪の男性が白いワイシャツにスラックスという、いかにも日本人サラリーマンという格好で座っている。
 
その中年女性はVAWC(バウシーと発音)と呼ばれる女性を庇護する政府の団体『Violence Against Women and Children』に所属する人で、その右側に黒っぽいTシャツをきた強面の男性がここのバランガイの人で、その向かいに座っている女性の話をうん、うんと聞き入って、時折相づちを打ちながら、容疑者と言えるその日本人サラリーマンを睨めつけてくる。

そもそもバランガイとは何かと言うと、フィリピンの地方自治体は州・市・町・バランガイで構成されていて、バランガイは日本で言えば区や村にあたる最小行政単位のことである。
 
その役割の一つとしてバランガイ内の個人的紛争を解決することを目的として『バランガイ司法制度』がある。
 
これはバランガイ長を中心として調停委員会が組織され、そこで解決できなかった問題は裁判所へ訴えることができる仕組みとなっている。

しかもその費用が一切かからないこともあり、ほとんどの貧困層のフィリピン人はこのバランガイで民事、家庭、それに刑事裁判を行う。

そのバランガイでいわば断罪裁判と言える状況にいるその男性が私なわけだが、その横で調停委員会の人たちと向き合いながら座り、泣きながらタガログ語で何かわめいている女性、それがキチガイな私の奥さんこと「キチママ」だ。

その反対側でニコニコと笑いながら私の手を握ってチョコレートを食べて座っているのが私の娘だが、
娘は何でここにいるか全く理解していないだろうが、キチママにチョコレートをくれると言われたらしく嬉しそうに座っている。 
 
私は今、この愛するわが娘に対する「児童虐待の罪」で控訴されようとしていた。

 ****
 
横で泣きながら話すキチママの話が一旦とまり、一呼吸ついたそのタイミングで目の前に座っているVAWCの女性が、
 
「あなた、自分がしたこと、わかってるの?これは紛れもない児童虐待よ!」
 
英語でそう、強い口調で言ってくる。
 
あきらかに彼女の眼には怒りともとれる力がこもっているが、彼女は各バランガイに配置されている女性や子供を男性の暴力から守るために存在しているのだ。当然だろう。

私はその気迫に一瞬たじろいだが、相手に悟られないほどに小さな深呼吸をした。
 
 
そもそも、なぜこんなことになってしまったのだろうか・・・。
 
 
この状況を一言で言うならば、それにつきるが正直に言えば、さっぱり身に覚えがない・・。
 
 
ただここ数日、色々なことがありすぎて、しっかり眠れてなかったこともあり全く思考が回らない。一体、どうこの状況を説明すればいいんだろう。
 
「彼、英語、わかるんでしょう?」
 
 
そうVAWCの女性がキチママの方へ質問を投げかけると、キチママは私のほうを向いて
 
「はっきりと自分がしたことを話しなさい!全部、あんたのせいなんだからね!」
 
 
そう、目を真っ赤にして涙声交じりのキチママの怒号が部屋に響いた。
 
私は観念に近い心境で、今度は深く、ため息をついてから、ぼんやりと天井についたライトを見上げた。

 
そう、こうなってしまったのは、私がバランガイホールに呼び出されるちょうど1週間前に遡る。
 
 
 
 
 
 
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