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日本人の死生観<番外編>未熟な死生観を指摘する緩和ケア医療者のつぶやき

こんにちは。橘吉次たちばなきちじです。

twitterで萬田緑平さん(@ryokuhei)のつぶやきに触発されて、どーしても書き残しておきたくなり番外編をつくりました。


萬田氏流「生き切る哲学」


萬田緑平氏は、癌患者専門の在宅緩和ケアのお医者様です。「緩和ケア 萬田診療所」を運営されていますが、看取り屋ではなく「生き抜き屋」だと名乗られていらっしゃいます。

東南アジアの優しい仏僧のような風貌の萬田氏のつぶやきは、生と死の接点に立つ人の力強い、そして静謐な思考に貫かれています。
医療従事者ならではの具体的な死までの過程も、どこか詩のように響きます

歩けなくなると酸素の消費も少なくなるので呼吸量は少なくなる。すると呼吸筋力が弱る。弱れば咳も弱くなり、痰も出せなくなる。その頃には大抵、嚥下能力も弱っているので誤飲したものを排痰出来ないので肺炎になる。これが生き切って寿命で亡くなるって事。日本では誤嚥性肺炎の治療やリハが始まる。

2020年11月24日twitter

2年も前のつぶやきなのに、未だに「いいね」は増え続け、リツィートされ続けています。
吉次もその一人。
大変感銘を受けました。

「生き切る」
この言葉の解釈について色々考えました。

多くの人は、萬田氏が言う「出来なくなり弱くなり、死に至る」という過程を「生き切る」ということだとは理解できないでしょう。

むしろ、「出来ないことを努力して克服し、結果につなげて成功を目指すこと」が生き切っている状態だと解釈するのではないでしょうか?
自我が芽生えた子供時代から、ずっと、
私たちはこの「成功を目指して生き切る哲学」を採用して生きてきました。

ですがこれは、力強い壮年男性をモデルにした西洋キリスト教由来の近代的人生哲学です。
いわゆる自己実現を目指して頑張る生き方ですね。

もうこの哲学に無理が生じる時代になりました。

かつては寿命が短く壮年にいったて数年で死を迎えていましたが、今寿命は延び壮年以降の人生の方が長くなっています。
その時に、
若い頃に採用した「成功を目指して生き切る哲学」を続けていると苦しくなります。

そりゃそうです
年齢を重ねれば、当然「弱くなり出来なくなります」
身体という自然がそうなるのです。
その自然に背いて「出来るようになる」を目指して生きていれば
どんどん出来なくなる弱くなる自分を自己否定することになるからです。

アンチエイジング
いつまでも若々しく

老いること
死ぬことを認められずに苦しむ中高年はたくさんいます


死生観の未熟


萬田氏の「死」に対する考え方は、自然に背かず、人間という生物の生死を静かに見つめたものです。
なかでも、下記の連続ツィートは鮮烈です。

スウェーデンの死亡者数の大部分を占める高齢者。「施設における感染対策の失敗が直接の原因だ」と日本の医師やジャーナリストが解説する。日本はヨーロッパに比べて看取り文化は後進国。死生観が遅れているだけ。目先の高齢者の命を救っても誰も満足しない事に気付くには20年以上かかるだろう。

2020年7月5日twitter

この翌日のツィートがこちら

日本人の生き方は「死なないように生きる」「治療すれば死なない」「病院に行って助けてもらう」「栄養さえあれば死なない」だ。そして「こんなはずじゃなかった」と終わる。最初から上手くいかない方針だから、人生の最後は「残念」に終わる事が決まっている。最後は「いい人生だった」と終わりたい。

2020年7月6日twitter

萬田氏は一貫して、日本人の死生観の未熟さ幼さを指摘しています。
「死」に対する未熟さ無自覚さは、そのまま「生きること」の未熟です。

この死生観の未熟さは、宗教観の未熟さと同義です。

科学が進化し物理的な「神」や「天国&地獄」という宗教物語が信じられなくなった側面もありますが、
それよりも、
なによりも、
私たち日本民族が縄文の昔から育んできた「豊かな死生観」の継承が断絶させられたことにあると、吉次は考えています。

戦後の神道否定
日本民族の精神文化の破壊

私たちは破壊された世界に生まれ育ったのです
だから苦しいのです
だから「生」の実感が希薄なのです
自分の人生「どこか、おかしい」と思いませんか?
何か違和感を感じませんか?

「死なないように生きる」のはなく
「死に戻った時に『ああ愉しかった』と言えるように生きる」のです

日本人はずーっと「死」の側から「生」をとらえていました
「死」を否定するようになったのは
有史以来初めて、敗戦後からなのです。

戦後生まれの私たちは
死を否定し
祖先を忘れ
民族精神を失いました
そして
成功という言葉を、ただ社会的優位に立ち金銭的に豊かになることだと限定解釈をしているのです。


神道的死生観を取り戻す


人は必ず死ぬと、誰もが知っています。
でも、自分の死は遠い先
霧に覆われて、その形も掴めないほどにボヤケています

これを明確にしませんか?
目を凝らして「死」を見つめ
自分の死生観を確立するのです

これは有効です
下手な自己啓発や無意識にアプローチする様々なセミナーよりも
はるかに有益です

自分の死生観をじっくり考えてみると
その根底に、古い昔の原神道的な死生観があることに、あなたは気付くはずです。
これは私たちが先祖から魂レベルで受け取った生命記憶です。

それは豊かで
大いなる自然の一部として生きていた太古の人々の
生きるエネルギーに溢れた死生観です。

あなたの今の人生に輝きを与える「死」の教えです
ご一緒に学びませんか?


最後までお読みいただきありがとうございました。

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