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あなたとほろびてが出会うためのエッセイ

劇作家・演出家・俳優の細川洋平が主宰する演劇カンパニー、ほろびて
12月10日(日)に吉祥寺シアターにて上演を行う「『センの夢みる』リーディング公演」は、来年2月に東京芸術劇場にて上演予定の新作を、ムニ主宰・宮崎玲奈に演出を委ね、作品の新たな可能性を模索するワーク・イン・プログレス形式の公演です。12月8日(金)9日(土)にはほろびての過去代表作の無料上映会を行い、ほろびての演劇をまだ観たことがないという方にぴったりの3日間のプログラムとなっています。
ほろびての演劇をまだ観たことのない方が彼らと出会う第一歩となることを願い、担当職員によるエッセイを掲載いたします。

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2022年2月、下北沢OFF・OFFシアターにて上演された『苗をうえる』にて、私はほろびてと出会った。
心臓を抉り取られるような痛みとやわらかなまなざしが混在したその舞台は、私の心を捉えて離さなかった。
それは、その後の私の演劇観や人生観に大きな影響を与える、鮮烈な観劇体験だった。

『苗をうえる』(撮影:渡邊綾人)

ほろびての演劇は、現実に何かひとつSF的設定を付け加えた世界が描かれることが多い。
『苗をうえる』では、「ある日突然片手が刃になってしまった少女」とその周辺の人たちの日常や生活が壊れていくさまが丁寧に描かれている。
人を傷つけるという行為そのものが具現化され、私たちは直視しがたい人間のいとなみの残酷さ、悲痛さを目の当たりにする。
突飛な設定が浮き彫りにするのは私たちの生きる現実そのものである。

人を傷つけずに生きていけるのなら、誰だってそうしたい。
その痛みに向き合うことの辛さを知りながら、ほろびてはそれでも現実と向き合い続ける。
傷つけ合いながら、何度も現実に絶望しながら、それでも生きていくことと向き合うことによってしか見出すことのできないささやかな希望が、私の心にごく小さな光を今でも宿している。

涙が止まらなかった。
ずっしりと重いものが心にのしかかり、それでも生きていくための希望を私は確かに受け取った。
名前も顔も知らない、この作品をつくった誰かを心から信頼したいと思った。
そのような観劇体験ははじめてだった。

これが細川洋平さんとの出会いだった。

『苗をうえる』(撮影:渡邊綾人)

およそ半年後、不意に『苗をうえる』に思いを馳せる日があった。
演劇界で行われたハラスメント事件についてSNSで知った時だった。

私は、自分がその手に刃を宿しながら生きているという事実を受け止めなければいけない。
向き合わなければいけない。
いつかの観劇体験が、その現実をともに生きてくれた。
その演劇は、私が現実に絶望するとき、たびたび私のそばにあった。
それでも生きていくという選択を、その演劇は何度も肯定してくれた。
そのような観劇体験ははじめてだった。

『苗をうえる』(撮影:渡邊綾人)

またそれから少し経ったある日、再び『苗をうえる』に思いを馳せる日があった。
細川さんの書いたとあるnoteを読んでのことだった。

細川さんの文章に、私はあの時受け取った悲痛さや希望と同質の感情を抱いた。
やっぱりあの演劇は誰かにとっての本当のことだったんだ。
そしてそれは、自分にとっても本当のことだったんだ。
そう思って涙が止まらなかった。

私は自分の演出する小作品の脚本を細川さんに依頼した。
温かい言葉であふれているのにどうしようもなく悲痛で、抱えきれないほどにあまりにも切実で悲しい物語だった。
その作品は、私の演劇人生の大きな財産となった。
細川さんとの出会いは、私の演劇人生の宝物だった。

『苗をうえる』(撮影:渡邊綾人)

私は劇団を解散し劇場職員となった。
ある日突然「3日間劇場を好きに使っていいよ」と言われ、私は細川さんに電話を掛けた。
吉祥寺シアターの職員として、はじめての自分の仕事だった。
誰かの人生に、誰かのそばにほろびての演劇があってほしいと強く願ってのことだった。
私の人生にほろびての演劇がずっと生きていてほしいと願ってのことだった。

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ほろびて『センの夢見る』リーディング公演

2024年2月に「芸劇eyes」にて上演予定のほろびての新作。
演出をムニ主宰・宮崎玲奈に委ね、新たな可能性を模索するワーク・イン・プログレス。

12月10日(日)13:30開演
上演後に観客とのディスカッションを実施。

ほろびて過去代表作の無料上映会を開催!

12月8日(金)18:00
上映作品:『あでな//いある』(配信版/ 2023)
トークゲスト:中川瑛(GADHA代表)

12月9日(土)18:00
上映作品:『苗をうえる』(記録映像/ 2022)
トークゲスト:東畑開人(臨床心理士)

・公演詳細

・ご予約
(公財)武蔵野文化生涯学習事業団

Peatix

※無料上映会はPeatixにてお申し込みください。

(担当:小西力矢)

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