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六道 畜生編 人の恩を軽んじるなかれ 1

※地獄のフィクションストーリーです。

第1章 薄情な姑 

香織はいつものように保育園に子供預けて、バタバタと会社へと向かう。
吉田香織、正社員で時短勤務中。一人息子の翔太は今年中さんである。
夫の実家とは比較的近い場所にあって、姑の目がいつも光ってる。

「パパ、たまにはお迎え行けない?私も仕事が忙しい時もあるのに」
スマホから目を離さずに
「んーそうねー」と完全に育児に無関心だ。

いつも香織はイライラが止まらない。
息子の蓮もちっとも言うことを聞かない。
かと言って、香織自身はどちらかというと平和主義。
揉めるのも嫌だし、喧嘩ばかりしてるのも嫌なので、無関心夫のことも我慢してしまう。

「そう言えばお袋が週末ご飯食べに来いってさ。蓮を土曜日に動物園に連れて行きたいから、蓮だけ泊まらせろって。」

まただ。
今週末は、ママ友とお出かけの予定を入れている。なんでいっつも急なのよ。
と内心思いながらも
「パパ!土曜日は友達と出掛ける予定入れてるから、今回は無理よ。お義母さんに言っといてよ」
「え?やだよ。お袋うるさいもん。お前、直接言っといてよ」
話している最中に、香織の携帯が鳴った。
耳がどこかにあるのかしら?
「あ、香織さん、私。和くんから聞いたと思うけど、今週末、すき焼きの用意して待ってるから、翔ちゃんもお泊まりの用意してこっちいらっしゃいね」
「…はい。いつもすみません。さっき、和彦さんと話してたところでした。土曜日は動物園ですか。翔太も嬉しいと思います。」
「そうなのよ。おじいちゃんも張り切っちゃって。まったくどっちが子供かわかんないわよね。じゃあ、香織さん、金曜の夜は保育園終わったら、そのままこっちいらっしゃいね」

義母はいつもそうだ。
こっちの予定はお構いないしに、好きな時に好きなことをする。
そして、少し小意地が悪い。
いつも夫の和彦に探りを入れているのはなんとなく知っているし、予定を入れている時に限って、Wブッキングしてくるのは日常茶飯事だ。
仕方なく友達に断りの連絡を入れた。

金曜の夜、家族で夫の実家へ出掛けた。
料理は比較的上手な義母なだけに、こだわりが強い。
「香織さん、それはこうよ。」
「こっちの火を見ててちょうだい」
「翔ちゃんの好きなケーキも焼いたのよ」
ありがたいが、キッチンに女は2人はいらない。
まるで料理教室の助手のように、義母の手となり足となり。
食べた気がしない毎回の食事会だ。
そんなこんなで、金曜日にお泊まりさせて、その日は夫婦で家に帰って
何にもない土曜日は、会話もなく夫婦2人でゴロゴロしていた。

昼過ぎに夫の電話が鳴った。
義父からだ。
「和彦、ちょっと動物園に迎えに来てくれないか。お母さんが足を捻って
 動けんのだよ。蓮もちっともじっとしてないし。ちょっと病院連れて行かないと
 気分が悪いって痛がってるんだよ」

夫と一緒に義母を病院へ。結果、足首の骨折であった。
階段の段差を一段踏み間違えたらしく、全治1ヶ月。
(これから忙しくなるわね。)香織は覚悟しなければならなかった。
それからの1ヶ月間は、自宅と実家との往復と病院への付き添いと、
松葉杖はついているけど、外的疾患なので元気はいいのだ。
またそこが厄介で。
義母のワガママに耐えるしかなく、それでも香織は献身的に介抱した。

ようやくギプスも取れて、リハビリ通院する間も、元々元気のいい人だから、
理学療法の若い先生ともキャーキャーワーワー忙しい。
義母にとってはこの1ヶ月間は退屈極まりなく、しょっちゅうお友達と電話で話していた。

骨折から3ヶ月も経つと、その時の反動とばかりに、
前より干渉が激しくなった気もする。
そんな時だった。
「吉田翔太くんのお母さんの携帯ですか」
保育園からの電話だった。
翔太が熱を出したらしく、すぐにお迎えに来て欲しいとの連絡だった。
慌てて、会社を早退してお迎えに。
でも、明日はどうしても休めない会議があって、どうせ夫に頼んでも無理に決まっているし、病児保育も今は預かってくれない。
仕方なく義母に電話をした。
「お義母さん、すみません。翔太が熱を出してしまって、今お迎えに来てるんですが、明日なんですけど、私どうしても会社を休めなくて、明日だけ翔太を預かってもらえないですか」
「あら、大変ね〜。明日ね。いいわよ。連れてらっしゃい」
ほっと胸を撫で下ろす。
やっぱり近くに義母でもいてくれると助かるわ。
薬の説明とご飯は食べたいものを用意してもらって、義母に預ける準備をした。

翌朝、フレックスが使える香織の会社はこんな時はありがたい。
10時出社に切り替えて、9時ちょっと前に実家に着いた。
玄関に出てきた義母は、化粧バッチリ、今から出かけます的な服装。
香織は嫌な予感がした。
「お義母さん、今日はよろしくお願いします」
「あ〜香織さん、ごめんなさい。今日ね、お友達と舞台見に行く日だったのよ。
 昨日、電話の時はすっかり忘れててね。今朝お友達から待ち合わせのメールがきて思い出して。ごめんなさい。今日はちょっと無理だわ。チケットお友達が取っててくれてるし。断れないでしょう。保育園になんとか言って預けられない?おじいちゃんも今日はいないのよ。悪いわね」
言うだけ言って、玄関の扉は閉められた。

絶対わざとだ。今回ばかりは腹が立つ。こっちは遊んでるんじゃないのよ。信じられない。散々骨折した時は面倒見たのに。でも、翔太を1人自宅において会社には行けない。

また迷惑をかけるのを必至で、自分の代わりに会議に出てくれる人に資料と内容を伝えて、会社へ休みの連絡を入れた。
きっと、陰口を言われるに違いない。これだから子供がいる人はとか、聞こえるようだった。

それからも十数年、義母には幾度となく裏切られ、恩を仇で返される日が続いて
挙句、香織は夫の実家からだんだんと足が遠のいていた。
翔太が20歳になる頃、義母の訃報が入った。
倒れてから発見が遅かったらしく、あっという間だった。
吉田信子 78歳であった。

程なくして、スマホ夫の和彦も後を追う様に他界した。
きっと義母が寂しくてあの世に呼んだに違いない。


夫も全く労ってはくれなかった。自分の事をするならまだしも、
家事は一切手伝わず、休みの日に渋々数回、子供と遊び、
家族サービスと言っても、いつもツマラなさそうに、スマホから目を離さない。
夫婦の会話もなく、正直なところ家政婦のような結婚生活だった。
妻の恩などこれっぽちも、感謝すらなかったに違いない。
ただ、息子の翔太にはそうはなって欲しくなかった思いも伝わって
それなりに自立した息子に育ってくれてほっとしていた。

(まさか、義母と同じ頃に亡くなるなんて。)
香織は、義母の業の強さに寒気がした。

つづく




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