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10話 存在

優斗は思い悩んでいた。年末の忘年会デートが、結菜と自分の間に深い溝を作ってしまったことに。それ以上深い関係になることは、お互いに傷をえぐり出すだけだと感じていた。だが、彼の心の中には、結菜への愛情が溢れており、それに抗うことは出来なかった。
一方、結菜は、優斗が自分だけを見つめてくれる日が来ると信じていた。その信念は彼女の心の中で固く根を張り、何事もなかったかのように彼女は関係を進めていった。
彼らの恋は繊細なバランスの上に成り立っていた。 優斗の心の中で葛藤が渦巻き、結菜の心の中で希望が膨らむ。それはまるで、冬の終わりと春の始まりが交錯するその狭間にあるような、切ないほどの美しさを持っていた。

千鶴の日々は孤独に満ちていた。優斗を知ったのは、写真共有サイトのImeNext(イメクスト)であった。このサイトは彼女に世界各地の多様な視点を提供し、孤独感を緩和する一角となっていた。そこで彼女が出会ったのが、優斗という人物であった。

優斗はImeNext(イメクスト)で非常に人気があり、その投稿に対するフォロワー数は驚異的な3万人を超えていた。その影響力は、まるでSNSのインフルエンサーのようであった。

千鶴は優斗の投稿に魅了され、何度もコメントを残していたが、それに対する返信はなかった。そのたびに孤独感は増していったが、それでも彼女は彼の投稿を追い続け、彼の視点に触れることで自己を癒していた。

千鶴にとって、ImeNext(イメクスト)での仮想空間は、現実の孤独から逃れる場所であり、優斗と繋がる唯一の方法でもあった。コロナ禍によって人々との接触がさらに減少し、孤独感は増え続けていた。人の声の暖かさを感じたいという思いから、彼女は音声配信アプリ「ボイスヴェール」に、ImeNextとは別のハンドルネームとアイコンで登録し、現実世界とは異なる自己を表現していた。

ある日、彼女はImeNext(イメクスト)で以前に見たことがあるアイコンと名前を発見した。それは「優斗」、彼女が憧れていた優斗が音声配信を行っていたのであった。優斗は写真投稿の世界で一定のフォロワー数を有していたが、音声配信では成功するかどうか不確かであったため、他のSNSではその事実を公にしていなかった。しかし、「優斗」というネット上の名前を放棄することはできず、同じハンドルネームを使用していたのであった。

熱狂的なファンたちに囲まれ、興奮に包まれながらライブ配信を続ける優斗。その中で、彼は新たな存在を見つけた。その名は「千鶴」。彼女は優斗の才能に魅了され、単なるファン以上の感情を抱いているようだった。しかし、千鶴の興味はそれだけではない何かがあった。

優斗は、千鶴の視線が自分に注がれていることに気づいていた。リアルで結菜との出会いがあった優斗は、千鶴に対しても特別な感情を抱くようになった。彼は千鶴に対して過剰な優しさを見せ、彼女に何かを求めているかのような態度を取った。

優斗は毎日欠かさず配信を続け、熱狂的なファンたちを魅了し続けていた。まるで光の輪に包まれたように、彼の周りには常に興奮と熱気が渦巻いていた。そんな彼にとって、千鶴は特別な存在だった。

彼女は他のファンとは明らかに異なっていた。コメント欄に溢れる彼女の言葉は、いつも優斗の心を深く揺さぶった。それは単なる賞賛ではなく、彼の才能を理解し、共感しているような言葉だった。

しかし、千鶴の存在は一貫性を欠いていた。彼女は毎日の配信には居てくれるが、月に数日続けて姿を見せないことがあった。その理由は彼女自身にしかわからない。それを知る術もない優斗は、千鶴の不在が自身にとって大きな空白となり、彼の心は穏やかではなかった。

千鶴が配信に現れない日々は、優斗にとって時間が止まったかのように感じられた。彼の心は彼女が戻ってくることを切に願い、一方で彼女が再び消えてしまうことを恐れていた。

優斗の心の中で、千鶴の存在は特別なものと化していた。彼女の不在は彼の心を揺さぶり、彼女の存在は彼の心を安定させる。その逆説的な感情は、優斗が配信を通じて人々と繋がり続ける原動力となっていた。千鶴の存在が彼の心の中で拡大し続ける中、彼の配信はますます深みを増していった。

(つづく)

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