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嘘つきな先輩【短編】


「来年、結婚します」

ビール片手に先輩は言い放った。

隣でほろ酔いの後輩に目をやりながら、ほんの今まで何の話をしていたか思い出せないまま、とりあえず軽く笑ってみせる。

先輩と同じビールを飲み干し、こんな会話を前にもしたような気がして一瞬考える。

「今年中に相手を見つけて〜、2年付き合ったら24歳だから〜。はあ、結婚したい〜」

酒に弱いらしい後輩の体重は半分私のものになりつつあって、箸を持つ手はすっかり止まっていた。
先輩が話し始めたのは、そんな3人が暇をもて余し始めた頃だった。

「今ね、彼氏いる・・・。」

すっかり空になっていた皿の上に、先輩の言葉が置かれたのはつい3分前のこと。

「えー!びっくり。どのくらいなんですかー?」

「大学時代の繋がりでまだ1年目かな」

表情は変えてやらないことにして、それっぽく聞き返す。

「え〜、いいな〜!私も彼氏ほしいです〜」

相変わらず顔が赤い後輩は、知ってか知らずかヘラヘラとしていた。

「職場で彼氏がいるって言うとさ、色々面倒臭いじゃない?上司には言わないでね?」

その面倒臭いの中に、私もいるのだろうかと皮肉めいた私の声が聞こえた。

「大丈夫ですよ、言わないので。」

笑いながらそう返すしかなかった。

「先輩は最近いい人とかいないんですか?」

「ん〜、いないね。私はもう諦めてるからさ〜。」

そんな会話をした帰り道を私は知っていた。たった3ヶ月前だった。
ほぼ毎日のように駅まで歩いては、他愛のない会話をする15分。
そのたった15分の世界に、本当の先輩はいなかったのかもしれない。

焼き鳥屋を後にしていつもの改札に向かいながらも、頭の中は濁りきった池みたいだった。全く晴れそうにない。

''先輩は嘘をついた''

消えない事実がショックだった。
この瞬間まで、疑いの視線すら向けずに信じきっていた自分にほとほと嫌気がさす。

けれども同時に安堵もしていた。
周りに優しすぎて自分のことは後回しな先輩には、ただ幸せになってほしかった。

「あー、すっかり騙されてしまったな・・・」

夜空には、白い半月がぼやけて見えた。


                          





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