将来

今日は大学で先生と一対一の補講を受けた。補講の後、久しぶりに「将来どうしたいなとか考えてるの?」と聞かれた。うつ病と診断されてから、それを周囲に話してから、将来の話をするのはどこかタブーのようになってしまって、もちろん私が”今”この瞬間生きることに必死で1年とか1か月どころか明日のことも想像できなくて、将来のことなんか考えてられるかみたいなスタンスでいたからかもしれないけど、聞かれなくなったし話さなくなった。仮に聞かれたとしてもまあ何かしら職には就きたいなのような曖昧な答え方をしていた。
私も今でこそ看護師にはなりたくない看護学生と名乗っているが、元々は看護師になりたかった。自身が母を病気で亡くし、看護師さんって偉大な職業だなと思うと同時に、自分が看護師だったら、知識があったら母にいろんなことをしてあげられただろうということが本当に悔しかった。これから先、生きていく中で大切な人になにかあった時、このまま何もできないままでいたくないと思い、当時文系の高校生だった私は高校の先生方の反対を押し切る形で看護学部を受験し、無事第一志望の大学に合格した。高校の先生方は私の母を看取ったという経験が看護師を目指す上で苦しい面もあることを説明し、医療に携わるのは看護師だけじゃない、他の職業でもいいのではないかとおっしゃっていた。本当にその通りだと思うし、その忠告を無視した結果うつ病の自分がいる。
それはさておき、ひとくちに看護師といってもさまざまな働き方がある。看護学生になる前~なりたて頃は小児科にも産科にも緩和ケアにも興味があった。小児科は単純に子どもが好きだから、産科はおめでとうがいちばん多い場所だと思ったから、緩和ケアは患者さんやご家族と密接に関わることができ、母を看取ったがん遺族としての経験が活かしやすいと思ったから。どれも聞こえはいいし現在も興味が全くないというと噓になるが、勉強が深まっていく中で人の命を預かる責任の重みを感じ、私のような死にたがりが生きたい方への援助をするギャップも苦しくなってきた。人の命を扱うことに変に慣れたり、軽んじたりするよりかは今の私の方がずっといいような気はする。けれどまだ恐怖の方が断然大きい。
話は戻る。今日会ってお話したのは小児の先生だった。素直に入学時は小児にも興味があったこと、現在は体調のこともあって国試の受験自体迷っていることを話した。先生は私の話を否定することなく、かつ強制することもなく「私はあなたみたいな学生さんに看護師になってほしいと思うよ」と言ってくださった。他にも勉強がよくできていること、雰囲気や言葉遣いまで褒めてもらった。普段病院で大げさなまでに褒められるけれど、内容が「今日もちゃんと病院これたね!」「学校行ったの!えらい!」「ごはんも食べたの!えらい!」みたいな人間としてできていて当たり前だと思っていたことなので嬉しいような、ああ私はこんなことまで褒められないとできなくなったしまったのかと思ったりでなんともいえない感じだった。同級生と対等に扱ってもらえていること、からまわりばかりだと思っていたことを認めてもらえたようで嬉しくて涙が止まらなかった。なぜか先生も泣いていて広い講義室のすみっこで二人で泣いた。
これからのことは正直まだわからない。今はとりあえず実習まで頑張ってみようと思っているけれど、明日にはやっぱり退学届もらいに行こうと思っているかもしれない。また突発的に薬を飲んで死を覚悟するほど吐いているかもしれない。なにもわからないけれど今日こうして先生とお話したことは一生忘れないと思う。忘れたくないと思う。

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