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寄稿/あごうさとし 《きたさんのこと》

きたさんとのはじめての仕事は、2015年、きたさんが企画した「Dance Fanfare Kyoto」のプログラム「SYMPOSION(演出:多田淳之介)」に出演者として参加したこと。
私自身は、この機会に貴重な出会いを得て、その後にも大きな影響を頂いた。きたさんに、なぜこのような取り組みをしているのか、と問うと、「ダンサーの意識を変えたい」という短い言葉が返ってきた。創作者には様々なタイプがある。きたさんは、自らの創造環境のみならず、その背景となっている土壌についても早くから問題意識と強い関心を持っていた。
私がアトリエ劇研のディレクターになってからは、劇場のアソシエイトアーティストとして3年間ご一緒した。その期間のきたさんの取り組みとしては、マーラーの交響曲を主題にした一連の連作が始まったことは印象深い。「TITAN」「夜の歌」「悲劇的」。マーラーの10の大曲を1年に1作、ダンス作品にするという壮大な計画。1作目の「TITAN」と2作目の「夜の歌」は、ソロと群舞の2作品が上演されている。大曲をあるいはダンスというものを一人で受け止めるということをこのプロジェクトの最初に実践しているということには深い感銘を受ける。「夜の歌」にて、一人青いサスの中で、微かなやがて大きくなる振動を描く、きたさんの踊りは、今でも深く残っている。これで1時間が過ぎても良いような気がした。それだけでよいという魅力がある。「悲劇的」は、喜劇的であったし、実に力強い群舞。2階から見下ろすその使用は、アトリエ劇研のもつ娯楽性を最大に引き出すような演出であった。新しい劇場ができたら「復活」を上演するという檄文?もパンフレットに挟まれていた。ともかく力強いことに、励まされた。

東九条での新しい劇場建設プロジェクトが始まる中、きたさんと東九条の人々と作品をつくるという仕事をご一緒いただいた。この話は、話せば長くなるので、短く記す。舞台芸術作品をつくってもよいという前提からつくる、という事が必要であった。理解のない、または、信頼関係がない町のなかで、コンテンポラリーダンスを歴史的経緯や課題を抱える町の人とつくるというのは簡単なことではなかった。私が知る限りに於いては、アーティストに与えられた最も過酷な環境での創作であった。きたさんでなかったら一体どうなっていただろうか。視野と胆力が問われていた。この試練は、やがてパクシル音楽きたまり演出・出演「おととおどりのまつりごと」という作品に昇華される。コンテンポラリーダンスと東九条に脈打つ音楽が、町の人々の前で披露され、万雷の拍手を頂く。翌年には、同作品は同じ町で再演もされた。アーティストを守る十分な制度もなく、作品でもって関係性を切り開くということは、至難である。そのことを知っている数少ないアーティストが、きたまりだ。
この作品では、老婆の面をつけて踊るという演出があったが、そういえば、「スケルツォ」という劇研での作品で、ふいに老婆に見えるようなくだりがあった。それは演出の意図ではなかったと思うが、その時に、この人は死ぬまで踊るのだろうと感じたことを思い出した。

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2019年9月マーラー交響曲第2番「復活」THEATRE E9 KYOTO 撮影:中谷利明

THEATRE E9 KYOTOでの「復活」の上演は、アトリエ劇研とE9を歴史的な経緯の中で2つの劇場を結びつけてくれるような試みであった。山田せつ子さんのダンスと「夜の歌」で踊られた、きたさんの身体とが、私の中では結ばれるような印象がある。それはきたさんの身体そのものではなく、山田さんだった。時間的、歴史的な要素の取り扱いについて、きたさんの視線や距離感の起伏というか変化なのか。私の勝手な見立てか。これからも連続するであろう長い創作の中の呼吸的な起伏なのかと思う。その後、中国の山村での滞在もあったと聞く。時間の流れと地理的な広がりの中で、きたさんの作品と身体は、微細にときに大胆な息づかいをもって紡がれていくのだろう。今、コロナ禍に直面し、会って話す機会もない。今、きたさんは何を考えているのだろうか。

【追記|きたまり】2020年8月にいただいた寄稿文から日々が過ぎ、2021年9月にTHEATRE E9 KYOTOで新作「老花夜想/ノクターン」の上演が決定しました。https://askyoto.or.jp/e9/program



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あごうさとし                                                                                                                   劇作家・演出家・THEATRE E9 KYOTO芸術監督(一社)アーツシード京都代表理事                               「演劇の複製性」「純粋言語」を主題に、有人・無人の演劇作品を制作する。2014−2015年、文化庁新進芸術家海外研修制度研修員として、3ヶ月間、パリのジュヌヴィリエ国立演劇センターにおいて、演出・芸術監督研修を受ける。2014年9月-2017年8月アトリエ劇研ディレクター。2017年1月、(一社)アーツシード京都を大蔵狂言方茂山あきら、美術作家やなぎみわらと立ち上げ、2019年6月にTHEATRE E9 KYOTOを設立・運営する。
同志社女子大学嘱託講師 京都芸術大学舞台芸術研究センター主任研究員 大阪電気通信大学非常勤講師

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