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読書の時間〜『流浪の月』〜

突然だけど、私は過去に写真スタジオで店長をしていた。店長の仕事は、充実感もあったけれど、何よりバイトの人たちとの関係性や距離感が大変で、いつも頭を悩ませていた。

「〇〇さんがやりにくいって言ってました」

「〇〇さんが辞めたいらしいですよ」

などの繰り返しで疲弊していた私は、バイトの人に嫌われたくない、うまくやりたい、その一心で、いろんなことを真に受けていた。

でも、大体のことにおいて、第三者の言うことと、本人から聞くことは違う。何かしらのフィルターがかかっていたり、第三者の主観が入っていたりして、少しねじまがって伝わる。

いろんな意見を聞いて、本人に確認して…のプロセスさえも面倒になった私は、ある信条を自分に掲げることにした。

「本人から聞いていない言葉はすべて嘘」

「本人から聞いていないことは私の中で何もないことと同じ」

ということだ。逆に、本人が嘘をついていたのなら、その嘘を信じきることにもなるので、リスクはある。そしてそれが嘘だとわかったとき、本当に、こんな感情が自分の中にあるのかというくらい腹が立った。それがどんなに些細な嘘でも。

この信条を徹底して守るようになってから、頑固な人だとか、空気を読めない人だとか、いろいろ思われたかもしれないけれど、やっぱりとても気持ちが楽になった。

凪良ゆうさんの『流浪の月』。

読みきったあと、すぐに私は店長時代に掲げていた自分の信条のことを思い出した。

本当のことは、第三者の目を通すことによってさまざまなフィルターがかかる。世間的に、自分的に、都合の良い解釈をされるものでもある。

物語は、ある一人の少女の幸せな家族との生活から始まる。その子の家はいわゆる"常識はずれ"だった。それでも、彼女にとってそれは"常識"だった。両親がいなくなってしまった彼女は、叔母の家に引き取られる。そこでの暮らしは、"常識"的な暮らしだったが、彼女の"常識"からは外れていた。
そこに順応しようとした彼女は、ある秘密を抱えて生きていた。どうしようもない気持ちになったある日、ひとりの青年に声をかけられ、彼の家に招かれる。

少し重いテーマだけど、文章がさらりとしているのですらすら読めるし、重たい印象はあまり受けない。凪良ゆうさんの本は初めて読むけど、男性の描写が本当に素敵だった。顔、姿、かたちの表現から、頭の中に「佐伯文」の存在がとてもリアルに想像できた。

人の価値観と、自分の価値観、人の常識と自分の常識は違う。

物語に出てくる主人公を取り巻く登場人物は、何も意地悪をしようと思っているわけではない。主人公を心配する気持ちや、保護する気持ちからの行動で、私ももしかしたら同じような行動をしてしまうかもしれない。登場人物でいったら、やはり主人公のアルバイト先の店長の行動が近いかもしれない。

奥に抱えている問題が、重たければ重たいほど、周りの人間は慎重になる。「話したくないなら言わなくていい」、そんな優しさを掲げて話を聞くし、自分の中の常識で物事を処理しようとしてしまう。

ふたりの物語を読んで、今一度、自分の中にあった信条を思い出した。

今の時代、インターネットやSNSが発達しすぎていて、匿名を振りかざして言葉の暴力を振るう人が多い。それは誰から聞いたの?本人が言っていたの?そうやって問いたくなる投稿が多い。最近で一番思ったのは、東出昌大さんと杏さんの問題。杏さんの気持ちを代弁しているようなツイートをものすごく見かけたけど、それは本当に杏さんの気持ちなのだろうか。杏さんの気持ちは杏さんのものだ。

「本人が言うことがすべて正しい」と信じ切ることも難しい世の中にはなっているけど、やっぱり私は、きちんと本人の声を聞いてから判断したい。本人のことは本人にしかわからないし、当事者同士にしかわからない。

たくさんの愛の形がある。物語のふたりの幸せを願わずにはいられなかった。読んでよかった。

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