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旅が教えてくれたこと (9) 2002年秋、ブリュッセル…

 ■その1

  さて、第1章、第2章で書いたアメリカの旅は、少し思い入れが強い旅の記録だったかもしれない。でも、そんな旅ばかりしているわけではない。特に中年になってからは、行き当たりばったりのおバカな旅が増えた。次は、そんな旅の1つ、「ビールをたくさん飲むこと」だけを目的に行ったベルギーへの旅の記録だ。
 
 僕が、ベルギーと聞いて真っ先に思い出すのは、ビール、EU、そしてコンラッドの小説「闇の奥」である(この話は後で書く)。いつだったか誰かから、ベルギーには400種以上のビールの製法があり800種以上のビールがある…と聞いた時に、「ビールを飲みに行きたい」と考えたのだ。で、とりあえずこのベルギー旅行の目的は「ビールを飲みまくること」、それだけだ。
 ベルギーはEU諸国の中でも観光に力を入れており、最近では日本からの団体ツアー客も多い。ベルギーという国には、どうもロマチックなイメージを感じる人が多いらしいが、そんなことはどうでもいい。ヨーロッパの歴史だの中世の文化だのには、たいして興味はない。僕はただひたすらにビールが飲みたかった。
 
 首都ブリュッセルに至るルートはいろいろあるが、ともかく「旅行は安上がりに」が僕の信条だ。特にビジネスではないプライベートな旅行は、安く行くことにこだわりがある。安い航空券で北回りでヨーロッパを訪問するとなると、スカンジナビア航空、アエロフロート、大韓航空など、航空会社は限定されてくる。その中で今回は、大韓航空の格安航空券での旅となった。
 目的地はブリュッセルだが、搭乗する飛行機はパリ行きにした。パリからは、TGV型の国際列車「タリス号(THALYS)」で国境を越えてブリュッセルに入る予定である。実は、僕はヨーロッパの列車に乗ったことがなかった。だから、タリス号にはどうしても乗ってみたかった。それにこの便は利便性もいい。連絡さえスムーズなら朝9時過ぎに成田を発ち、インチョン(仁川)空港で乗り換えて、夜7時前にパリ着、そのまま列車で約1時間20分でブリュッセルに入れる。
 
 今回は仕事の出張ではない。いつものプライベートな海外旅行と同じく、航空券を確保した以外に細かい計画などまったくない。旅行直前までの数ヶ月は週末も休めないほどの忙しさで、今回の旅行も当然のようにノートPCを持って行くことになった。ともかく、何も準備はしていない。どんな服装がよいかも考えず、機内持ち込みができる小さめのキャリーバッグに適当な着替えとノートPC、数台のデジカメを詰め込んだのは、出発前日の深夜である。出発直前の慌しい中で、ブリュッセルのホテルとパリ-ブリュッセル間のタリス号の切符だけはネットで予約しておいた。ベルギーでは、国内列車を使って無理の無い範囲で動き回ってみるつもりで、アントワープやブルージュなどにも行きたいと思っている。
 
 2002年9月末、大韓航空は定時に成田を飛び立ち、インチョン空港へ。2時間弱の待ち合わせでパリ行きの便へと乗り継いだ。ここで予想外の事態が発生した。乗機してエプロンを離れたパリ行きの便がなぜか待機状態に入り、いつまでたっても飛び立たないのだ。機内アナウンスによると、上空を飛んでいる航空機の数が飽和状態にあるためしばらく待機とのこと。結局3時間近く遅れて、パリ行きの飛行機はインチョン空港を飛び立った。
 さてこうなると、問題は予約したタリス号の乗車時間である。当初は7時前にパリ着の予定であり、余裕を見てパリ北駅発10時50分の最終列車でブリュッセルに入れるように予約してあった。しかし、予定通りパリに到着するなら、空席があれば予約時間を変更して7時55分のシャルル・ドゴール空港からのブリュッセル直行列車に乗れるわけで、実はこちらのスケジュールで行けることを期待していたのだ。2時間半以上の遅れとなると、シャルル・ドゴール空港着は10時近い。これではパリ北駅発10時50分にも乗れない可能性が高い。機内では、その日のうちにブリュッセルに入ることを半ばあきらめた。まあ、パリ北駅あたりで適当なホテルでも探そうと考えていたのだ。どうせ無計画な旅行だ。なるようにしかならない…。
 
 12時間のフライトの後、飛行機がシャルル・ドゴール空港に実際に着いたのは、夜の9時30分頃である。これならギリギリでパリ北駅発最終のタリス号の発車時刻に間に合う可能性がある。ドゴール空港の通関は至ってスムーズ。イミグレーションではパスポートの表紙を見ただけで、中を開けさえしない。バゲッジも15分ほどで出てきた。というわけで、一縷の望みをかけて10時頃にエアポートタクシーに飛び乗り、一路パリ北駅に向かう。標準で30分以上はかかるはずだが、ともかく心配である。
 「急いでくれ」と連呼する僕に「ウィ、ウィ」と明るく答える陽気な運転手が飛ばすタクシーがパリ北駅(Gare du NORD)到着したのは、既に10時半を過ぎていた。タリス号の発車時間は10時50分。ネット予約を確認して切符を受け取るために、窓口へ行かなければならない。切符販売窓口にはけっこう人が並んでいる。イライラしたが、なんとか切符を受け取り、最終のタリス号(ケルン行き)に乗り込んだのは、発車5分前だった。
 
 切符には、車両番号(VOIT=voiture)を座席番号(Place)が記載してあるが、適当な空席に座ればOKである。タリス号は、夜の闇をついて走る。外は田舎で暗く、車窓の光景はほとんども見えない。週末料金で半額(65ユーロ)になった一等車は、そこそこに混雑している。小腹がすいたので食堂車へ行ってサンドイッチとビールを買い込み、ぼんやり食べているうちに列車はブリュッセル南駅(Gare du MIDI)に到着した。パリを発って1時間20分、あっという間である。当たり前だが、ヨーロッパの国際列車は何の手続きもなく国境を越える。
 早朝の日本を出て、深夜12時過ぎに、やっと目的地ブリュッセルに辿りついた。8時間の時差をプラスすると、既に日本時間で朝の8時である。24時間以上経過しており、完全な徹夜状態にあるわけだ。でも飛行機の中で睡眠を取っているし、少なからずハイな気分になっているので疲れも眠気もあまり感じない。深夜のブリュッセル南駅は、けっこうな賑わいだ。駅の外に出て、バス乗り場のベンチに座ってゆっくりと一服した後、タクシーでホテルへと向かった。
 ネットで予約をしておいたホテルは、「IBIS BRUSSEL SCENTREST.E-CATHERINE」。モデムポートが使えること、あまりグランプラス(Grand-Place)に近過ぎないこと…などを条件に適当に探して予約したホテルだ。IBISはヨーロッパに各地にあるホテルチェーンで、ここも朝食込みで100ユーロ程度のツーリストクラスのホテルである。
 簡単にチェックインを済ませて7Fの部屋に落ち着くと、狭いながらも清潔でまあまあの部屋である。驚いたのは窓の外、St. CATHERINE大聖堂の巨大なステンドグラスが目の前にあった。モデムジャックがあることもしっかりと確認した。今回もまた仕事が詰まった中での旅行であり、ノートPCを持参している。
 
 部屋に荷物を置き、ちょっと空腹なので、何かお腹に入れようと深夜の街に飛び出した。ホテルの周囲を一回りしたが、午前0時を過ぎた深夜なのにかなり人通りが多く賑わっている。時間のせいか適当なレストランが見つからず、結局ホテルのバーでビールを飲むことにした。ブリュッセル到着後最初に飲んだビールは、ステラであった。
 
※1日目に飲んだビール
・韓国ビール(飛行機内)
・ハイネケン(タリス号内)
・ST.ELLA(ホテルのバー)
・HOEGAARDEN(ホテルのバー)
 
■その2

 2日目は、時差の関係で早朝に眼ざめた。ホテルのダイニングで食べる朝食は悪くない。ハムもチーズもパンも美味しい。カプチーノとグレープフルーツジュースをお代わりしてモリモリと食べ、早い時間にホテルを出て市内散歩に向かった。
 天気は快晴で、朝の気温は15度前後と心地よい。今回の旅を通して天候には恵まれた。平均すると最高気温が20度前後、深夜・早朝の気温が10度前後で、旅行には最適の気候である。
 
 とりあえずは、ブリュッセルの中心であり街の象徴でもあるグランプラス(Grand-Place)へ行くことに。St. CATHERINE大聖堂の隣にあるホテルからグランプラスまでは、歩いて10分ちょっとだ。お店のショーウィンドウを眺めながらゆっくり歩いても、せいぜい15分である。
 朝10時前だというのに、グランプラス一帯はもう観光客でいっぱいである。緩やかに傾斜した石畳の広場とそれを取り巻く市庁舎を中心にしたギルドの建物…、まあなんと言うか「TVの旅番組で見た通り」としか言いようがない。ヨーロッパを代表する世界遺産として、よく知られた光景である。特に感動はない。広場の周囲にハトの糞と犬の糞がやたら多いのには閉口した。
 グランプラスの周囲の路地には、土産物屋とカフェ、そしてレストランが並ぶ。ツーリスト・インフォンメーションで市内地図をもらい広場の周辺を一回りした後、とりあえずはお約束の「Manneken-Pis(小便小僧)」へ…。
 まあ、グランプラスを中心とするブリュッセル市内の観光名所については、ここで僕が詳しく書かなくてもあちこちに旅行記があるだろう。周辺を1時間ほど歩き回った話は省略する。
 
 グランプラス周辺を一回りした後は、歩いてベルギー王立美術館(MUSEES ROYAUX DES BEAUX-ARTS)へと向かう。以前はルーブル美術館の分館であった王立美術館は、数多くのルーベンスの作品の他、ファン・アイクやブリューゲルなどフランドル派のコレクションやオランダの画家のコレクションで知られている。しかし、僕のお目当てはフランドル派の絵画、そしてルーベンスやブリューゲルではない。ルネ・マグリットだ。
 シュールレアリズムの画家として、アンドレ・ブルトンなどとも親しく交わったルネ・マグリットはベルギーの人である。人生の後半はシュールレアリズムとは一線を画して、ポップアートのような不思議な絵画をたくさん描いた。僕はルネ・マグリットの絵が大好きだ。このマグリットを見ることも、今回のベルギー旅行の目的の1つである。で、実際にルネ・マグリットの絵を堪能したわけだが、驚いたことにこの王立美術館、アンディ・ウォーホルやキース・ヘリング、ナム・ジュン・パイクなどアメリカの現代アートのコレクションも相当なもの。アメリカの現代アートが好きな僕は、予想外の収穫で結構楽しんだ。
 
 それにしても、ブリュッセルはかなり人種構成が多様な都市だ。観光客が多様なのは当然だが、黒人や中東系のアラブ人などもたくさん働いている。同じく人種が多様なアメリカとの違いは、東洋系の人が少ないこと。観光客以外で東洋系の人間はまず見かけない。
 
 美術館を後に、ゆっくりと王宮周辺を回っていったんホテルへ戻る。ともかく「急がない」「無理をしてあちこち回らない」というのが、僕の旅の基本方針である。ホテルでゆっくりと休んだ後、近所のレストランへ出かけてベルギー料理とビールを楽しんだ。
 
※2日目に飲んだビール
・Leffe(ホテル近くのカフェ)
・KREAK(ホテル近くのカフェ)
・ST.ELLA(ホテル近くのカフェ)
・ランビック(ア・ラ・ベカス)

次へ…
 

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