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『誰の健康が優先されるのか――医療資源の倫理学』

(ざっくりサマリー)
・医療資源の配分を評価するにあたっては費用対効果分析が最も重要なツールである
・費用対効果分析はあくまで評価のためのツールであり、倫理理論ではない。そのため、分析結果を修正する手法により、政策決定者の倫理判断を反映させることができる。

(マーカーをつけたところ)

もしあなたがある人口集団内に存在する健康格差に関心があるとすれば、その問題を医療制度内部だけで解決できる可能性は極めて低いということだ。

(読んで欲しい人)
社会政策の立案者・決定者(医療分野に限らず)。特別難解ではありませんが、社会保障や保健医療の話題をニュースで斜め読みしているくらいの知識がないと具体例にピンと来ないかもしれません。また、経済理論のごく初歩的な概念(割引や機会費用など)を理解している必要があります。

(エッセイ)
医療政策に関する判断・評価法について、極めて理性的かつラディカルに論説しています。特に論の展開の仕方が非常に周到です。

まず前提として、医療の配分は費用の面からも資源(医師数やワクチン数など)の面からも希少材であり配分が必要である。配分にあたって健康の価値の測り方を定義する必要がある。価値が測れれば費用対効果分析ができる。費用対効果分析の結果をそのまま現実に適用しては様々な歪みが起こりうるが、それを補正することはできる。と、このような構成になっています。

健康の価値の測り方については、「健康関連QOL」(QOLはQuality of Life、生活の質)を導入し、その医療行為の健康関連QOLの変化に対する寄与度と持続時間を因数とするQALY・DALYを主に使っています。また、補正法としては、若者の方が高齢者よりもスコアが高くなるような年齢による重み付けなどが提案されています。(最終章では、そもそも配分を受ける人は、配分の決定に対してどれだけ責任を負うことができるかというまた違った話題になります)

この本の主張のうち特に重要なのは、客観的な評価と主観的な評価を分けて捉え、前者をベースにして後者は補正として用いるという考えです。その手続きを表現したのが以下の引用です。

こうした健康ニーズが無視されないことを保証する最善の方法は、それを費用対効果の考慮に付け足す形で配慮することである。したがって、費用効果分析は避けられるべきではない。しかし、おそらく補完は必要であろう。すべての介入の順位づけが終わったら、優先リストに従って医療資源を配分した場合の結果を眺めてみるべきである。特定の患者集団に対して不公平だと思われる結果はないだろうか。もしあるなら、それらを避けるために優先順位を修正すべきである。

医療における政策判断において、誰からも叩かれる筋合いの無いような絶対的正義は存在せず、むしろ医療政策における正義は、政策判断が依拠しているイデオロギーに政策決定者が自覚的でありかつそのイデオロギーにおいて責任を負うことであり、これは医療のみならず、教育や労働、開発といった多くの政策において同じことが言えるでしょう。


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