見出し画像

疲れた大人にぶっ刺さる映画「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」

クレしん映画、見てますか?

29本目が現在公開中の映画クレヨンしんちゃん。見たことないけどありすぎてよくわからん!という悩みや、最高傑作は何だオススメはどれだとの議論をよく見かけます。

実を言うと最新作含め見ていない作品があるのでそこは差し引いてもらいたいのですが、個人的に一番好きなのは「嵐を呼ぶ!夕陽のカスカベボーイズ」。2004年に公開された12作目です。

先日唐突に、「カスカベボーイズが見てぇ!!」と発作を起こしたら、あるでないの、Netflixに。

https://www.netflix.com/jp/title/80243206

というわけで久し振りに見たら、やっぱりいいなカスカベボーイズ……大人になってから見るとなおのこといいぜカスカベボーイズ……という気持ちになったので、今日はカスカベボーイズについて書きます。

こういう「推し○○語り」をする上では、どこの層に向けて書くの?というのをまず設定する必要があります。視聴済みの人にそうそうそれそれと楽しんでもらおうと書くのか、見たことない人にプレゼンとして書くのか、ネタバレを避けるべきか、結末についても書くべきか……

そんなことをつらつら考えていたのですが、そもそもカスカベボーイズの映画って特徴が

・「クレヨンしんちゃん」というジャンルから少し外れた位置にある
・中盤で明かされる世界観がキモ

というところにあると思うんですよね。

なので、個人的には「”クレヨンしんちゃんの映画”を見てみたいです!最初はどんなのがいい?」という人にはこの映画はそこまで勧められないと思っているんです。”クレしん”らしさを浴びるにはもっと適した作品があると思うから。仮面ライダーシリーズについて知りたいって人に一番最初にエグゼイドをおすすめしないのと同じですね(新たな論争を増やすな)。

つまり、この映画を一番勧めたい層って、「クレしん映画をある程度見てきて、そろそろ変化球も見たい人」「ネタバレに当たるかもしれないキモの部分に興味を持つ人」になってしまうんですよ。前者はいずれ勝手に見るわけだから置いておいて、後者に対してはある程度のネタばらしをした方が、「何それ???子供向けコメディアニメ劇場版にそんな要素が???」と思って興味を持ってもらえる可能性があるタイプの作品だと思うんですね。伝わりますかね?視聴済みの人は言いたいことがなんとなくわかると思うんだけど……

というわけで今回は「ネタバレに当たるかもしれないピ―――――――――に興味を持つ大人」に向けて、この映画をプレゼンしようと思います。なのでマジでありとあらゆる内容の話はお断りだ!という人は読まないでください。これはとても面倒なライン。どんな話なの?ってところが気になる人に宛てています。

見たことがある人にもうなずいてもらえるようなものにしたいな。がんばるぞい。



--------------------------------------------------------------------------

まずは導入のあらすじ。

野原しんのすけたち仲良し5人組「かすかべ防衛隊」が遊んでいると、路地裏で見知らぬ廃映画館を見つける。入ってみると無人なのにも関わらず、劇場では荒野の風景が上映されていた。映像に見入る子供たちだったが、しんのすけが目を離した隙に、4人がいなくなってしまう。行方不明の4人を探して、野原一家は再度映画館を訪れる。劇場に入ってふと気がつくと、一家はスクリーンに映し出されていた荒野の中に立っていた……

つまり、映画の世界、それも西部劇の世界へ迷い込んでしまった、という世界観設定の話なんですね。SCPみたいな映画館があって、そこで上映されている映画の世界から出られなくなってしまったと。

これで全段で書いた"クレヨンしんちゃんというジャンルから少し外れた位置にある"という意味が分かってもらえると思うんですけど、ジャンルから外れているというのは比喩ではなくて、マジでこの映画は冒頭数分で別の映画へとシフトするんですね。これまでも劇場版のしんちゃんたちは過去や未来、いろんな世界へと旅をしてきましたけど、それはあくまでも「クレヨンしんちゃん」という作品世界内の異世界。この映画は違う。別の作品の中にしんちゃんたち一行が異物として存在しているんです。

この終わりのない西部劇の世界に取り込まれたカスカベの人間たちは、少しずつ前の世界の記憶を失っていきます。最初は帰りたいと思っていた人々も、故郷の世界のことを忘れて、この世界の住人として暮らすようになっていく。それはしんちゃんたちも例外ではありません。

だから、いわゆるクレしん映画だったらお約束としてやらないんじゃないかなっていう描写や展開がけっこうある。この世界には暴力が暴力として存在するし、終盤を迎えるまでお決まり的なギャグ描写はほとんどありません。

この映画では、「クレしん」世界ならまぎれもない主人公であるはずのしんちゃんが、しばらくの間、言っちゃあなんですがモブとして物語世界に抵抗する様子を描くわけです。私はこれ、かなり斬新だと思うのですが。

面白いのが、実はこの西部劇の世界の住人、自分が映画のキャラクターだということをきちんと知っているんです。外部の人間を自分たちの物語のルールに取り込みながら、自覚的に物語を回しているんですね。当たり前ですが、しんちゃんたちには自分がフィクションのキャラクターであるという自覚はありません。そして我々は、しんちゃんがフィクションであるということを知ってこの映画を鑑賞している。3つの世界の入れ子構造。

こんなめちゃくちゃ良質なメタ構造を浴びられるという経験、なかなかないと思うんです。

どうしてこの世界は外部の人間を取り込んでいるのか?この映画は何なんだ?映画のキャラクターたちの思惑とは?しんちゃんたちはどうやってこの世界から脱出するのか?

その結末はぜひ、自分の目で確かめてもらいたいですね!!


もう1つ、私が推したいセールスポイントがあります。「ネタバレに当たるピ―――――――――に興味を持つ大人」に向けたいと冒頭で書きました。そう、この映画は「大人」になって見るとなおのこと刺さる部分があると思うんです。

「西部劇の世界に取り込まれた人間たちは前の世界の記憶を失う」と書きました。自分がどんな生活をしていて、何の仕事をしていて、家族は誰か。帰りたいという気持ちも失い、全て漂白されて、西部劇の世界の一員になっていきます。

これ、めちゃくちゃ怖いことだと思うんです。記憶を失うことがじゃない。「別に帰らなくてもいい」「こっちの世界にいたい」と思ってしまうことがです

この現実の全てをリセットして、西部劇の世界に暮らせるよ!今の記憶は少しずつ薄れるから苦しくはないよ!ということになったとき、絶対に抗えるという自信がある大人ってどれぐらいいるんだろう。例えばしんちゃんの母みさえは2児の母で専業主婦ですが、新しい場所で新しい仕事を得て、一瞬ぐらつくんですね。お家が厳しい優等生の風間くんや、気弱なマサオくんなんかは、与えられた新しい居場所を歓迎してしまうわけです。

異世界へ連れていかれて、もしこのリセットへの誘惑に抗ったら元の世界に帰れるかもしれない、となってもどうでしょう。帰ってもつまんねー日常に戻るだけだとしたら?明日も会社に行かなきゃいけないとしたら??帰った世界にいじめっ子、パワハラ上司がいたら???

作中では、この部分へのアンサーが明確なセリフなどで出てくるわけではないです。ただただ事実としてそういう世界観に、元の世界を捨ててしまいたいとわずかでも思ってしまうキャラクターが出てくるというだけ。でも、このいや〜な想像というかディストピア性って、大人のほうが切迫感を持って響くと思うんです。

加えてこの映画、主題歌が「○あげよう」って曲で、歌詞がここの感情へのフォローになっているんですよ。一読すれば明白なんですけど、これ、完全に大人が歌い大人が聞く歌なんです。

作中には例えば「こんなフィクションなんかは間違いだ!辛くても現実に帰るぞ!」みたいな押しつけがましいセリフなんかは出て来ないです。ただただラストでこの曲が、いつも頑張ってますね、情けなくてもいいですよ、と肯定してくれる。

本編の結末を見終わった人にはひどくしんどい映像と共に、この曲が流れてくるエンドロール。私は毎度毎度エンドロールのタイミングで馬鹿みたいに泣きます。反則だろあれは。

エンドロールの話をしたので書いてしまうんですが、ラストシーンもかなりトガってるな~~~~~という印象を私は受けました。核心に触れてしまうので詳しくは書けませんが、ただ一つ言えることは、しんちゃんにとって、どれほどそこでの大暴れが印象的なものであろうと、映画は映画にすぎないということです。我々がしんちゃんの映画を見終え、どんなに感動したとしても5分後には夕飯の支度をしたりネサフをしたりするように。あのやり場のないムチャクチャな情緒を抱えたまま、エンドロールの映像とエンディング曲で正面から刺される経験を、ぜひ味わってほしい。


もちろん、これはクレしん映画ではないとは書きましたが、このシリーズの持つ最高のテンポ感やケレン味のあるアクション、カメラワークは存分に味わうことができます。あの等身というか、あのデフォルメ感のあるキャラクターデザインがグイグイ動く快感みたいなものって、他のアニメ映画ではなかなか味わえない気がする。

また、たぶん西部劇が好きなスタッフがいたんだろうなぁと思わせるディティールへのこだわりも良い。西部劇についてぼんやりでも知識がある大人が見たほうが子どもより楽しめる要素がたくさんあると思います。汽車を飛び移っての戦闘?サルーンでの乱闘?馬で引きずり回される悪党?全部あるんだなこれが……

かなりシリアス寄りの本作ではありますが、終盤はきちんとお祭り騒ぎ。お腹を抱えて笑える展開もしっかり用意されているので安心してください。

忘れてはいけない、ゲストヒロインがすごく可愛いことも魅力の一つです。いつもかなり歳上のおねいさんに惚れているしんちゃんですが、今作のヒロイン・つばきちゃんは普段のストライクゾーンより年齢がずっと低いんです。ここの小さな恋の物語についても、しんちゃんがシリーズ他作品とはかなり違ったムーブをしているので注目してほしいですね。


いかがでしたでしょうか?面白そうって思ってもらえました?どう?

西部劇であり、一種のディストピアものであり、それでありながらきちんとアニメ映画でもある。毎日がちょっとしんどい大人にこそ、映画 「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ! 夕陽のカスカベボーイズ」はおすすめです。このプレゼンで1人でも興味を持ってくれた人がいたら嬉しいです。

ご清聴ありがとうございました。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?