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全クリの出来

人がスプラトゥーンをやるのを見ている。

ゲームはマジでできないので見ているだけだ。あっなんか路地裏でできるテトリスっぽい陣取りだけやらせてもらった。勝った。やはりこのぐらいのんびりしたゲームでなければ私は無力である。

キャラクターはとてもかわいく、グラフィックが綺麗で、すごいなぁと思う。武器屋さんはカブトガニだったりするのもシャレててかわいいですね。そういうの好きよ。

こういう、文句無しに素直にすげぇや……みたいなコンテンツを見たとき、これが総合芸術的な物であることに感心してしまう。むしろ1人で作ったってほうが「わかる」んだよな。1人のセンスと、1人のこころくばりみたいなもので、こういうカッチリした堅い世界観とかデザインができたってのならそりゃその人がすごいねって感じ。わかる。

でもさぁ、これがたくさんの人の話し合いと作業によってできてるわけでしょ?誰かが「なんかこれ違くない?」と言ったらこうなってないし、逆に誰かが「これ違くない?」って言ったからこうなってる部分もある。

マンガとか小説は1人が作ってて、だからこう、そりゃまぁすごくはあるんだけど、正解までの一本道を進んでいく感じ。映画とかゲームとかの、集団によるセンスの良さみたいなもの、大量の分岐を全クリしてきたみたいなイメージなんだよな。別の種類のすごさがある。奇跡やんか。


今日はここまで。ありがとうございました。

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