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誰の為の。「第1章 友人の悲報」   【長編小説】

 私の主観から考察するに、現在の私の状況はとても居心地が悪い。
帰宅したというのに悪運立ち込める空を胸の内側に閉じ込めたまま、
私は普段と変わらないルーティーンをこなす。
風呂でも入れば落ち着くかとも思ったが、
湯の熱さ調整に手こずる我が家の風呂は余計に苛立たせてくる。
なら晩飯でも食べてれば。
臆病な私の喉は、私より臆病なようだ。
この状態で胃と私の間を閉め切っていた。

あれこれ思考を巡らせた結果、タバコを1本嗜む事にした。
半分以上税金の嗜好品は私を苛立ちから遠ざける。
肩身の狭くなった喫煙者の方々には同情する。
この都会の謙遜から逃げ出したい時に、これがないとやっていけない。
念のため言うがまだ私の主観的な意見だ。
気を悪くされたなら謝ろう。

私の部屋にはテレビがない。
単純に無駄な情報を入れたくないから。
何処の誰かも分からない人達の議論や、気分の悪くなる事件の話題が
不可抗力的に五感をつんざく。あの感じがとても嫌いだから。
あるのはパソコンと本、それとコーヒーマシン。
自室の中ではこの3つがあれば問題ない。
私はタバコの灰を灰皿に落としながらパソコンを開いた。
そして前日に淹れておいたコーヒーをカップに注ぎ、一息ついた。

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 ーーーヴーッ・・・ヴーッ・・・ーーー
途端に着信がなる。
見ると先ほどの友人から。
手にじっとり汗が吹き出できているのがわかる。
少し息を整えて着信に応答した。
「もしもし?ごめんさっきは出れなくて。」
「…。」
「ん?もしもし?」

何か距離を感じた。電話なのだから当然だが、そう言うことではなく
気持ちと言うか感情の差のようなもの。
少し電波が悪いだけのかとも思ったが、違った。

友人は泣いていた。

すすり泣く音も鼻水をすする音も微かに遠くで聞こえる。
電話から離れて落ち着こうとしているのか分からないが、
それどころではない。間違いなく緊急事態だ。

「なに?どうした?何があった?」

急ぐ問いかけに友人はハッとしたように答えた。

「悪い、何回も電話かけて。急いで伝えないとって。」

「それはなんとなく分かる。で、何があった?」

「・・・死んだんだ。あいつが。」

「え?誰が・・・?」

「ゆうひ。俺たちの幼馴染だったあいつが。」


視界が歪んだ。理由を聞くべきだろうがそんな余裕はない。
何が起きたかさっぱり分からない。
そんなブラックジョークを吐く奴でもない。
もしそうでもあまりにタチが悪すぎる。

「・・・どう言うことだよ。」

精一杯感情を堪えて問いかけた私を褒めて欲しい。
叫んでやりたい、怒鳴ってやりたい気持ちを胸の奥底に沈めて、
臆病なりに精一杯の勇気を振り絞ったのだから。

「・・・俺も詳しくは知らない。でもこれだけは知ってる。」

「頼む、教えてくれ。なんであいつが急に死んだんだ。」

多分、友人もギリギリの状態だったんだろう。
電話越しに聞こえた深呼吸すら過呼吸のように不安定だった。

「殺されたんだ。」

それを聞いた瞬間、悲しみが怒りへと変わるのを感じた。
腹の底から上がってくるこの熱いものはさっき飲んだコーヒーではない。
あのコーヒーは冷めていた。
これは怒りだ。久しく忘れていた逃しようのない憤怒の感情。

「・・・何処の誰にそんな。」

あいつは。ゆうひは恨まれるような子ではなかった。
突拍子もない情報はテレビがなくとも耳に入ってくる。
入れたくない、知りたくもなかった事柄は
処理できなくなると混乱する。
友人は落ち着きを取り戻したのか、そこからは簡潔に話し出した。

「今の所は警察が捜査してる。とりあえず明日にでも帰ってこれないか?」
「ゆうひの事でお前と話しておきたい事がある。」


急に真剣な声で語りかける友人を他所に、私は思考が停止していた。
タバコは灰皿を捉え損ね、机の上で灰となりグッタリしていた。
何が原因で?そもそも何処で?どうやって?
疑問の波に呑まれ、何も感じる事が出来なくなった。

「聞こえてるか?とりあえず帰ってきてくれ。俺以外にもお前から話を聞きたがっている奴がいるから。頼む、戻ってこい。」

「わかった・・・。」

 ツーーッ   ツーーーッ
切れた通話音が直接頭に響く。
私は臆病だ。そう、だからこの事実が嘘であって欲しいと思った。
気がつくと文庫本を本棚から取り出し、
なんとなく開いたページに逃げようとしていた。

どんな感情から溢れたかも分からない、涙を流しながら・・・。


<第1章 友人の悲報 〜END〜>


「空の粒を集めて君へ」毎週月曜日 更新予定
「漫ろ人生」毎週火曜日 更新予定
「誰の為の。」毎週水曜日 更新予定
「ADHD〜勇気を持つことの意味〜」毎週木曜日 更新予定
「あしたのわたしは」毎週金曜日 更新予定

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