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幸せの意味

幸せな暮らしとは、なんだろう。

幸せでない時間を経験したことがある人なら、一度は自問自答したことがあるだろう。「こんな質問があるのか」とこの手の質問に馴染みがないのであれば、そんなことを考えなくてもいい相当な幸せ者か、またはそんなことを考えても意味がないと人生に絶望している者かどちらかだろう。

Country Shopping

私はもう5年間もパートナーのルーさんと一緒に世界中を旅している。旅自体に目的なんてものはないのだけれども、私たちは自分たちの旅のスタイルを "country shopping" と呼んでいる。出身国が違う二人が、将来一緒に暮らせる国を探すために、国のウィンドウショッピングをしているのだ。私たちが将来の居住地に求める条件はただ一つ、幸せに暮らせることだ。贅沢を言えば大麻が合法化されている場所がいいが、それはおまけの条件だ。

「幸せな暮らし」とは非常に主観的かつ抽象的だ。私たちにとっては幸せな暮らしとはQOL(Quoality of Life/生活の質)が高いことだ。物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視して将来一緒に暮らせる場所を求めている。そんな高いQOLを提供してくれて、私たちが将来暮らす可能性がある場所の一つが、グアテマラのある小さい村だった。

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グアテマラの村

その村は、中米グアテマラの世界一美しいと言われる湖のほとりにあった。その湖の周りには他にもいくつかの村があった。それらの村一つ一つにそれぞれ個性があって、異なったタイプのバックパッカーを魅了していた。私たちが暮らしていたのは、典型的なヒッピータウンだった。プラスチックの使用が禁止され、グアテマラには珍しくベジタリアン食が豊富で、みんなが動物に優しかった。村自体は小さく、村の中心地である船着場から村の端まで歩いても20分くらいで、大きな道路が存在せずトゥクトゥク一台がやっと通れるくらいの道幅だった。なので空気が非常に澄んでいて綺麗だった。北緯15度と赤道に近いけれども標高が高く、過ごしやすいその気候は「永遠の春」と呼ばれ、4月の入学式前後のあの温かい日が一年中続いていた。この暮らしやすい環境に加えて、大麻とコカインが安くビザランが簡単なこともあって、世界中からヒッピーの長期滞在者が集まっていた。

この村はヒッピーにとっては天国のような場所だったけれども、東京の暮らしに比べたら不便で物質的には必ずしも恵まれてはいなかった。もちろんコンビニなんてないから夜になればお店は閉まってしまうし、水道水は飲めないから常に水を確保しておかなければならないし、娯楽施設は一つもなかった。それでもこの村は、QOLの向上に重要な4つのポイントを抑えていたので、私は幸せに暮らせていた。

1. 安価で新鮮な食材

"You are what you eat" (訳: あなたはあなたが食べるもので生きている/ 人は食によって決まる)という言い回しがあるように、食は生活の質に大きな影響を与える。この村には毎日開いている大きな市場があり、何十店もの八百屋が並び、日本の5分の1から10分の1ほどの値段で、新鮮な野菜や果物、食肉などがなんでも買える。日曜日になると、さらに大きな市場も開かれる。日本の野菜に比べたら形は歪で季節によっては全く手に入らない食材もあるが、日本のように高価だからと野菜や果物を買うのを躊躇うことや諦めることがないのは、相当なストレスの軽減になる。それにこれらの八百屋で売られている食材は、基本的に大量生産ではなくオーガニック栽培で、流通の透明性が高い。日々口にするものの安全性が保証されていると、余計な心配をしなくて済み、その分の精神的負荷がない。イギリスのように冷凍食品やデリバリーが発達していて加工食品へのアクセスは容易な国にも住んだことはあるが、グアテマラのように食に関して多少不便であっても新鮮な食材が常に手に入る方が、断然生活の質が向上する。

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2. シンプルな居住環境

食の質と同様に、グアテマラの居住環境は便利とは言い難いけれども、とても快適だ。基本的にホステルやゲストハウスは、簡素な部屋にベッドとシャワーがあり、公共スペースに最低限のキッチンがあるだけだ。非常にシンプルだけれども、ベッドと枕はふかふかで寝心地が良く、シャワーの水圧は心地よいレベルでもちろん温水が出る。キッチンも小洒落たものはないけれども、よく切れる包丁と傷がついても大丈夫なフライパンや鍋があれば、それで十分だ。スマート家電やゲーム機器はないけれども、東京やロンドンよりも安定したWi-Fi環境が整っている。つまり、余計な物がない分、一つ一つの物の質が高まり、大事に使うようになるのだ。私はの考えこそが、ミニマリズムの真髄だと思う。そしてこの居住環境に代表されるこの村の反物質主義的思想は、精神的満足度を上げてくれる。

3. "捨てない" 衣服

衣食住の3本の柱のうちの一つ、衣に関しては、この村ではマスブランドの店舗は全くなく、先進国から送られてきた古着を扱う古着屋がたくさんある。古着ファンの私にとっては、高円寺のような古着屋さんがたくさんあるだけで生活をカラフルにしてくれる。さらに村中に仕立て屋さんがあり、民族衣装を手作りしている他に、修復屋としても機能している。このような仕立て屋にはアクセスがしやすく、どんな衣類のどんな大きさの綻びでもプロの方達が迅速に直してくれる。このようにこの村では、衣服を捨てることが全くないのだ。これもまた前項の反物質主義理論と同じで、ミニマリストのように手持ちの物を少なくすることで、本当に自分が好きな物だけを所有するようになり、結果的に常に好きな物だけに囲まれて生きていけるので、必然的に幸福のレベルが高くなる。

4. 優しい人々

最後になったが、幸せな暮らしに絶対欠かせないのが素敵な優しい人々だ。どれだけ快適な暮らしの条件が揃っていても、それを壊すような人間がいたら元も子もない。この村の地元の人は優しい人たちばかりだ。現代社会の忙しい暮らしとはかけ離れているから、人に優しくできる余裕があるのかもしれない。とても宗教的でクリスチャン色が強いが、それ以外の宗教も無宗教者にも寛容だ。ここに住み着いている外国人も、中には反西洋医学者や陰謀論者など少し対応に困る人もいたが、基本的には性格の悪い人はいなかった。みんな他人に執着しておらず自身の幸福を自身に求める人々なので、今まで私が小中高と苦しんできた面倒くさい人間関係のしがらみに囚われる必要が全くなかった。面倒くさい人と関わらなくていいだけで、人生のストレスの8割が軽減されている気がする。

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必要なモノ

このグアテマラの村は、幸せになるには何が大切かを教えてくれた。物質主義的でなく精神的な満足感が生まれるように、シンプルながら質の高い物や人に囲まれながら生きるだけで、幸福感は一気に増す。東京のような忙しくて富と権力に目が眩みそうな街では、質の高い生き方は難しいのかもしれない。これからルーさんと一緒に世界中のどこかで、一生こんな幸せな暮らしができる街(できたら大麻と共に)を見つけていきたい。




























いただいたサポートは、将来世界一快適なホステル建設に使いたいと思っています。