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「リンかけ」について語るときにボクが語るべきこと。


コロナ禍がいっこうにおさまらない。

なので「リングにかけろ」を読むことにした。車田正美によるメガヒット・ボクシング漫画の名作である。


カイザーナックルを探すがごとく、ボクは自分の書庫を漁りようやく全巻分を見つけ書棚Aランク部に陳列し読み始めた。Aランクはヘビロしがちな本、読みかけ分、B ランクは基本在庫、Cランクはいつでも処分するぜなラインナップ。ちなみにこのランクの他に神棚ってのがあるんだがその辺の話は長くなるので割愛。「リングにかけろ」は長い間、Bランク、つまり基本在庫の海で眠っていたのだ。そう、地中海の海底深くでカイザーナックルが眠っていたかのように。

一晩で全巻いけると思ったボクがバカでした。全巻どころか全日本チャンピオンカーニバル決勝戦あたりで息切れ。その後のアメリカjr来日による日米決戦の剣崎戦までしか辿り着けなかった。理由はシンプル。それだけ濃いんですよ。特濃ボクシング巨編。このなんだか不穏な空気感しかない世の中を切り裂く力があるのは「リンかけ」しかない。そう思ったボクは書庫に眠る全巻を引っ張り出した。

ちょうどボクが持ってるのは文庫版で1巻に本宮ひろ志による解説が掲載されている。これが秀逸。
「この作品は普通1、2、3でいく話を2、4、6というリズムで展開している」ってさすがですよ。
物語の冒頭こそ1、2、3、いわゆるマンガの定番ルールを適用して描かれているが主人公、高嶺竜児が中学生になるあたりから2、4、6。おそらく聖華学院の剣崎から練習試合を申し込まれ、右手を負傷したまま試合へ挑む話あたりが1、2、3パターンのピーク。Jrボクシング大会地区決勝になると2、4、6へシフトしつつあり具志堅は出てくるわ輪島はいるわガッツ石松まで出てくるカオスぶり。

そしてスーパーフィニッシュブロー、ブーメランフック。左ジャプ、右ストレートを姉から叩き込まれ
「そろそろ勝ち抜くためには第3のパンチが必要だっちゃね」と伝授されたレフトフック。だがパワーリストを外し繰り出されたフックはパンチング・グローブの分厚い皮の上からですら姉の手のひらを引き裂く威力を持ったパンチが宿っていた。もうね、ここから物語のテンポアップ感がすごい。チャンピオンカーニバル準決勝での京都代表志那虎との対決、とんでもないスピード感で終わるし。河合武士との決勝戦もあっという間。1試合ごとのスピード感はどんどん早まっていくように感じるわけだ。

世界jr編に突入すると加速は顕著。見開きや1ページまるまる使用したキメカット、独特の擬音効果により単なる中学生のボクシングの試合のはずが読んでて異次元に迷いこんだかのような感覚。CRASH、BAKOOOOON、グシャッと顔から床へ直撃落下、もはや誰が命を落としてもおかしくない展開へ。でもボクシング漫画なんですよ。志那虎なんか中学生にして「いぶし銀」。ボクはこの呼称を「リンかけ」で知りました。そういう小学生、多かったんじゃないかな。ギリシア十二神とか。

イカルスなんてキャラクターもいましたね。フィニッシュ・ブローはスカイトリプルダンシング。対する香取石松のハリケーンボルドとの一騎打ち。すなわち空中戦。何度も繰り返しますがボクシング漫画です。

で、予想通り全巻読破に3日を要した。世界jr編、ギリシア12神編の後、阿修羅一族編の中だるみは今回も感じつつ(ボクが初めてジャンプを購入したときまさに阿修羅編だった)最終章の素晴らしさよ。いきなりプロ入りし初戦が世界タイトルマッチという剣崎のスーパースターぶり。故郷の母の死を半年も知らず、中学卒業と同時に姉である菊からカミングアウトされ荒れる竜児。ここで姉弟のボクシング師弟関係は終わりを迎える。置き土産にアッパーカットのみを残し。これがクライマックスへの伏線なんだよなァ。当時リアルタイムで立ち読み(単行本はもちろん買う)しながら「ええええええええええええ」ですよ。オレ、小学4年か5年。どうすんのと。菊姉ちゃん、セコンドつかないわけ?と。

もちろんラストシーンも喧々諤々。「あの3人は死んだの?生きてるの?」と。まあ「リンかけ2」によれば少なくても菊姉ちゃんは生きている。最後の最後で繰り出された竜児のファイナル・ブロー、ウイニング・ザ・レインボーの美しさよ。何発も食らい「俺は敗れるかもしんねえ」と自らの敗北を悟る剣崎。左ジャブ、右ストレートに左フックときて最後の最後にアッパーカットを持ってくる作者のセンスのよさ。最後の最後までブーメランテリオスの秘密は解明されなかったけど、そんなことはどうでもいいじゃないか。だけど最終章で初めて知るんですよ、僕らは。剣崎のギャラクティカ・マグナム&ファントムは竜児のブーメラン・シリーズより格上のパンチだってことを。テリオスはその上をいくパンチだと思ってたよ。

最終章といえば香取石松を忘れちゃいけない。世界タイトルマッチへ挑む車中の剣崎をとっつかまえていきなり喧嘩をふっかけるとか最高。さすが千葉の喧嘩チャンピオン。試合前の剣崎にハリケーンボルトを遠慮なくぶちかますとかさ、男と男の勝負ですから仕方がない。そして石松を倒しボロボロの体で試合に向かうシーン。そう、石松は剣崎の拳だけには手を出さなかった、、って試合前に喧嘩ふっかけてる時点でじゅうぶん迷惑だよ!

読み終えてボクはぐったりしてしまった。そしてこれまた予想してたことだけど「リンかけ」ロスだ。ネトフリの韓流ドラマでその空白は埋められない。そう、読み手のボクですら青春を昇華したんだよな。ボクはパワーリストもパワーアンクルも持ってないしボクシング好きの姉がいるわけでもない。途中から熱血スポーツ漫画という領域を完全にはみ出しSFでもない青春物語でもない、「リンかけ」という特異なジャンルを確立してしまったこの作品の濃度はどんなに時間が経過しようとも色あせることのないものだ。絶対にない、絶対にありえない壮大なホラ話をリアリティを以って読者をぐいぐい引き込ませる「リングにかけろ」は昭和のあの時代だからこそ生まれた作品なんだと思う。明るい未来ってなんだっけbyミスチル桜井和寿。あのころ、未来が今のようなことになるなんて想像もつかなかったよ。

「リンかけ」連載終了後、「風魔の小次郎」が始まり、最初こそ追いかけていたけど途中からボクは少年サンデーへと移籍していく(気持ちが)。ラブコメブームが漫画界を席巻し、そんな時代の空気に車田正美はあえての勝負「男坂」をドロップするも短期連載で終わる。あの時期ジャンプ誌面はすでにアフター鳥山明なる新世代漫画家たちがどんどんジャンプをロックオンしていった。北条司の「キャッツアイ」、前川K三「ギャルがライバル」、80年代のライトな風潮ときっちり整理整頓されたストーリー。もちろん嫌いじゃないし、読み手としてのボクもどんどんその流れに巻き込まれていったのも事実。だけど時折、無性に恋しくなる。理屈抜きで壮大な物語に引き込まれるあの感じ。

「リンかけ」から学んだことは多すぎるぐらいある。まずパワーリストとパワーアンクルをお年玉全財産はたいて購入した当時同じクラスだった東海林くん(ボクにジャンプのマンガを教えてくれた心の師匠)はギリシア神話を読むことを覚えた。ボクはそこまでいかなかったがギリシア十二神なんて「リンかけ」読まなきゃ知ることもなかった小学生は多かったんじゃないか。あ、ドサンピンとかそういう言葉も「リンかけ」インプットの世代だ。日常生活で使うことはなかったけれども。そして忘れちゃいけない剣崎プロデビュー戦。相手は無敗の帝王、ジーザス・クライスト。フィニッシュ・ブローはネオ・バイブル。つまり聖書ですよ。聖書の一節が引用されながらの必殺ブローだ。そう、東海林くんは煮詰まっていた。「おれ、国語が苦手だって知ってるべ。図書室行ったら聖書はあったけんども読まねばいかんべか。。」小学生のボクは激しく同意した。聖書を読み込まねば「リンかけ」ワールドの真髄を理解できないような気がしたのだ。まあ実際はそんなことないんですけど。ちなみにジーザス・クライスト、瀕死の剣崎が放ったギャラクティカ・ファントムにより後楽園球場の電光掲示板まで吹っ飛ばされまして生死不明。ガッツな笑いとど迫力なキャッチコピーで小学生男子のハートを鷲塚んだコロコロコミック読者ですら「ジャンプ読まなきゃ」になるよ、この展開。

今回ボクは「リンかけ」を読み返してわかったことがある。本宮ひろ志いわくの「2、4、6」のスピードで繰り出されるリズムが多くの読者を巻き込んだと。そう、「リンかけ」以降のジャンプ発ヒット作のリズムはまさにそれ。高橋陽一の「キャプテン翼」は正統な後継者とも言える。コカコーラ好きのキャラもかぶってるしさ。「リンかけ」中盤以降、やたら瓶コーラを飲むシーンがあるのだ。主に剣崎順、香取石松、そして「コーラでも飲もうぜ」と誘われただけの河合武士。「キャプ翼」のコーラ好きといえば日向小次郎だ。まあこっちは缶コーラが主軸なんですけど。

でもマンガのリズム感ってのは面白い。「鬼滅の刃」なんかも2,4,6できつつも時折1、2、3をあえて差し込んでくる。「呪術廻戦」だと1、2、3、4、5、とあえて1ページあたりの情報量多めでアピールしてくる。いずれにせよマンガのリズム感革命って「リンかけ」がひとつのターニングポイントだったと断言してもいいかもしれない。見開き→見開きの連続性と心地よい裏切りを毎週繰り出したこの作品。連載期間は5年なんですよ。信じられない。10年分を駆け抜けた濃密さはありますよ。


ここ最近イライラしてるひとが多いと思う。悩み事を抱えがちなひとも多いだろう。いろんなことがスカッとクリアになりづらい。だからこそ「リングにかけろ」を読むといい。

「人間どんなダセエ野郎でも一生のうち一度は出番の日がくる。そのたった一度の日がわからねえようなマヌケはなん百年の生命があったとしてもムダってもんだな。一回きりの人生 長い短いは問題じゃねえ、、、本物の男ってのは自分のそういう一度っきりの大切な一日を、、、たった一度の今日という日を感じとれるヤツのことをいうんだ、、」(剣崎順)

最終章、竜児との最後の一戦に向かう前にスーパースター剣崎が残した台詞である。熱い。実に熱い。熱気がほとばしってる。実際のところ、ダセエ野郎の領域にカテゴライズされるであろうボクは自分の出番がくる大切なその日まで。このnoteを続けると決心した。ダセエ野郎、大量発生しがちな世の中。せめて「リンかけ」読んで男の生き様感じ取ろうぜ。なあ、おい。

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