小説 冬の公園(2007年)

――その池のほとりのソメイヨシノは、痩せた体を包んでいた、しなやかで壊れやすいたくさんの緋色の衣たちを、地面にほとんど脱ぎ落としていた。蟲に食われた跡で一杯の紅葉葉たちを、ぽつりぽつりと梢に遺して。――この紅玉髄の小人たちのようにも見える無表情な薄片たちは、湿度の少ない風たちに自分をしずかに揺さぶらせていた。――そうして静かな水面には、今見たすべての一部始終が、陰になり、かすかにひらひら見えるのだった。

わたしは橋をわたって、中洲にある四阿(あずまや)の手すりから、目の前を見ていた。――うねっとしている硬い液体のカーペットは、深緑色の黎明になって、あたりの真紅の植物たちや、霞水晶みたいに希薄な体つきをしている青空をすんなりと沈めさせていた。それらすべてをタブローに変えて、そのまま黙考している様子に見えた。

楓に、欅に、染井吉野に。ちりばめられている、色褪せた黄色たちや、山吹色と檸檬色の中間色たち、臙脂の色や、朱色や紅色、赤茶けたかけらたちは、ところどころで穴だらけになっている自分の体を、気にもかけずにみせびらかしながら、そのまま滾滾(こんこん)と睡りこけていた。――やわらかく透き通っている、波襞の、ところどころで、目眩くようにきらめいている蛇目のアーチは、真冬の午前の、病弱な陽射しに、さびしくてなおかつ虚無的なまなざしに、見守られていた。

時折ぱっと水音がたった。枯葉が揺れ落ちた。そこにやってきたものの入れ替わりの重みを、そのままおしのけていくようにして、水紋たちがひろがり、そのうち静まった。するとまた別の原因から生まれる水の同心円が、瞬間的な年輪のようにひろがっていくのが見えた。――それはつがいの水鳥が、上下微妙に揺れながら、ぺしゃぺしゃと水面を蹴っているのだった。とても柄の長い、へらのようにひらべったい後肢が、規則的に運動していた。――彼らがただ止まっていると、水面下でもつづけられているこの両足の運動は、緩やかな水の輪を、次々に弧を描くように、幾重にも拡げていった。彼らがどこかへ泳いでいくと、いわば舳先の部分から、槍の穂先の形をしている、鋭い三角形の航跡が、押しのけられた両脇に、白い波浪をつくって生まれた。

ふいに騒々しい音がした。振り向くと、背後の木立の合間を縫って、15、6匹の鳩の群れが、餌を探して、ぞろぞろぞろぞろ、歩行していた。

(2007年頃から執筆し2012年完成)

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