散文詩 ルーシー(2010年)

脆弱に、静寂に、真理の色を映している、ということは、青水色の、破璃のように内側の氷河を見渡せる、赤い朱色の髪の毛を指先でもてあそんだまま磁極を目指して、研ぎ澄まされて、結晶したまま翳らせている窓枠のそばで、鶸たちの口先、橘の花の枝振り、射竦められて、どんなたじろぎからも見捨てられて、辿り着いたアサイラム、おまえの美しいアジール、たちまち見初められてしまった、春の色彩の中心点にある円筒形の中に赤い水が落ちる、みぞおち、みぞおち、どこへ行ったの?どこへ行ってしまったの?探そう、さかしらな、微笑のしたでしか生きられない、滑らかな、つっかえ棒にして溝を造った、きらきらとした足元がくずれおちてしまいそうで、虫の息もなく、白いカタバミの花の上に真鍮色の真昼の兆しが最悪に影を落とす、何の負担にもならないなんて卑怯な口説き文句は言いたくないんだ、ルーシー、それはつまりきみをできる限り正しいやり方でくるしめたい、ということをあからさまに言触らし過ぎてしまうから、その点ではやっぱり最悪だと思う、床に明度の差別がくっきりと浮かんで、それがとこしえにはじまる口説き文句の始まりを告げているみたいで、その瞬間の幻覚が突きつける、最後から二番目の真実という名の幻想、ベイビーブレスの花々、ゆとやかに舞い降りてくるしなだれかかった、髪の毛の長い、時々目の醒めるように紅い宝石が朧気に混ざりこんでいる草花の吐き出す吐息の中から生まれたみたいに、暗緑色のなかでさわやかに腐敗して、懐かしい樹の根元が複雑に絡まりあった場所にできた暗い洞穴の中で好きなだけ気を失うことができる、それが度胸に差別をつける、正しさはマゾヒズムだよ、そう、正しさはマゾヒズムなんだ、内側にけもの似味た篝火を抱え込んだまま淡雪の色をしている二の腕、レースの刺繍に覆われた袖を延ばして、全身に爪痕や引っ掻き傷をつけられて、あまりにもお互いがお互いに物になって否定しあったことが、否定が物質化して壊れてしまうまで、痛いよ、それは多分痛がりたかったからだ、でもそれは本当にはいたわりたかったからかもしれない、お前の親指や中指や人差し指の爪の中に腐植土のように黒ずんだエメラルド色の絵の具が喰い込んでいて年代物の引き出しにしまいこまれたアクセサリーみたいだと知って血の気が逆に薄れた、薄れて末梢神経から中枢神経にまで、神経叢のひとつひとつにアルコールのような冷ややかさが丹念に染みていくのが匂いで分かった、見事な職人芸、匠の仕事だ、複雑に枝分かれしたたゆまない微熱のなかにとけていく雪のようなクレマチス、竜胆の蔓草、雨の中で白く息を吐いている紫陽花の花、ミルクをついで行く時の、白い陶器の受け口から零され落ちていく、鈴の音色、その全身を新しく描き違えられた、雨を降らせるための生贄になった自律神経をもった微鉱物たちの喘ぎ声に害されたまま、蟻にたかられた、蛇にたかられた、風鈴に掻き口説かれて従順になった耳を疑った、真夏日に書きなぐられて気が遠くなる水晶体からずっと下の部分で、警戒はさせたくないんだ、それでも警戒してほしいって、自分自身の正しさに貪欲な蟋蟀の命が鳴いている、夏も終わりだ、意識という名の人の鳴き声に縛り付けられたまま指をくわえて水辺で待っている、半身を火傷したせいでなおさら美しくなった妖精の蜃気楼をあてもなく探し回っている、季節、という文字が、色とりどりの流星を血のように忌まわしく吹き流すさみしさの言語に吹き替えられて、枯渇していく、押し黙って、かしこまって、奴隷みたいにうずくまっている、銃弾の中に込められて、とりとめられて、押し込められて、こらえたままで、空からうずたかく積もってくる、灰を静かにつのらせている、銃身のような肩にも、空の高さが降りてきて、その唇はこうべをあげたまなざしに対してにべもない、それは自然と誰かを憎みがちの彼女の伏し目がちな瞳、それは脆弱に、静寂に、真理の色を、映し出している、ということは、ルーシー、つまりはきみを、できる限りあからさまに正しいやり方で、くるしめたい、と、いうことなんだ。
(2010年)


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