散文詩 放火 (2010年)

妖精たちの存在価値さえ信じることのできない大人になるくらいなら、いっそのこと街を燃やして黒焦げになった大通りを何の疑いもなしに夢遊病者みたいにさまよい歩いている方が、炭の匂いやプラスチックの溶けた匂いを嗅ぎ比べて時間を潰して楽しんでいる方が、何倍もましだとそう言った、松脂だとか、骨の折れた傘だとか、燃えさしばかりが気を失っては蹲っている窓のない町並み、刺青のように虹を彫られて、アーモンドの匂いと桃の花の匂いが、雨を降らせる前の気分が目の前にたちこめる、ずぶぬれになる前にシャワーを浴びて、庭に出て、けものたちの匂いがかすかに空気に混ざりこんでいるせいで、この夏の気候は青紫色に衰えたおかげで懐かしいくらい、広げた両手、負荷をかけることが、抑圧していくことだとしたら、生え生えにぎらついている、山国の叢を敲き台にして物語をつくる、仕事はおそらく、中途の中途で打ち切りになっていた、往生際の悪い微生物みたいに、細菌みたいに薄情な言葉を口紅で書かれた、いつまでもいつまでも気色悪い言葉を吐き出している姿を見るのが少しつらい、つらいあなたを追いかけていたいから木陰からそっと見つめる、でも絶対にきづかれてはいけないって、高校時代はそんなことばかり思っていたって、彼女は言ってた、いつか同じものになって塵に返って行く前に、振り返ってしまうのが意識の特権的な貴族性だと、子供みたいにうれしそうな顔で、笑っていたあの頃のあなたに戻ってほしかった、だから戻ってよ、厭です、どこにも戻る場所なんてありません、だってこんなの話がちがう、だって生まれた街の幽霊があんなにも紫色をしていたなんて思ってもみなかった、自分たちの手を汚してますます綺麗になって、痙攣していく瞬間に、あしもとが泥でできてることを知らない女は馬鹿になる、要するに戻る場所なんてないんです、と、わざわざ敬語で言わなければならないやるせない心情を理解してとりあえず複雑な気持ちで思いやった、些細な場所にまで地雷をしかけた分だけ人生は崇高になる、野球部員を木陰からそっと見つめながら高校生活を棒に降った、しかも誰にも気付かれず、野球なんてキライだ、野球が生き物だったら毒まんじゅうを食べて死ねばいいんだ、と、いう内容のことをできる限りやさしく無邪気な子供に言い聞かせてみたくなる午後だった、毒まんじゅう、という言葉の意味をあどけない姿でどことなく誤解したまま思春期を迎えてほしいと思った、誓いによって純潔になった分だけますます血をほしがる、死んだ女によどんだ水の中で魚のように自分を寝取られる幸福にとりつかれていた、そんなあなたがぬるま湯みたいに感情的になって、内臓的になって涙を流したりカンカンになって怒ったりするのを、馬小屋に詰まれた藁のベッドにうずもれて、さかさまになっている両足の間からずっと見ていた、うさぎの赤い目を見ていたら、自分の身内までぬいぐるみになった気がして、うなぎのぼりになってあがっていくエレベーターのガラス張りの窓から副都心の町並みを鳥瞰して諦めがやっとついた、ぬいぐるみ計画が失敗した後のためらいとかすかでなげやり気味な後悔が、不意に胸骨をきしらせる、あふれかえっていく爽やかな三角帆、見離した海空を軽やかに身ごもったまま、体中をめぐっている血の色がしだいに黒くなるのをきにかけている、とても熱い、多分火が燃えている、一体何回位燃やして回ったら気が済むのかしら、と、妖精たちの、犠牲になって、彼女はしずかにつぶやいていた。

(2010年)

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