散文詩 「ピクシー、ピクシー、雪を降らして」(2011年)

浄化のための超過期間、諜報機関、消化の器官、ありふれているの、先ぶれているの、落ちぶれて、気が触れて、何に触れたいの?とそう言った――氷河期と間氷期、戦争と平和、退屈と刺激、すべって転んで、赤い消火器をぶちまけてしまった、教室は雪のように真っ白になった――「白雪姫、という言葉が現代に転生して、彼女と僕は、東京の真ん中で出会うことになる、刷り込み現象だ、東京は世界でもっとも女が美しい国の中心にある、だけど男のことは何も聞かないでほしい」――昇華していく、ダイアモンドダストにエンジェルダスト、スターダストに、ヘブンズダスト、あんまりキラキラしているものを見ると、不安になる、不安になることで、自分を安心させられるのかもしれない、こわいものは見たくない、でも見たい、追いかけて欲しかったけれど、誰かに託したいとも思っていた、そういう自分が悪い女に見えて、仕方がなかった――「宇宙はひとつの教室できみの存在自体も、ひとつの宇宙で、僕の存在もそうなんだ、お互いがお互いの入れ子構造になってしまった後では、きみはなんて可愛い、女教師だったことかと思う、比喩じゃないよ、そのままなんだ」――カーソルを動かしてクリックしたら、幻聴みたいに、再生される、グリッチノイズ、モニターの中で、あたしの分身が、歌いながら泳いでいる、金魚みたいに、人魚みたいに、人形みたいに、死んだ魚は震えない、だからさむくても平気、くちさきだけで、死んだふりをして、うさぎのぬいぐるみを手に取った、二兎を追うもの一兎もえられず、二兎に追われて一兎もえない、理科室であなたの体をフラスコにいれて、実験してみたいと思った、フラスコ、フラスコ、空中ブランコ、吸収ブランコ、シスコンにブラコン、そう、あたしだって、男の兄弟がいなかったから誰かを「お兄ちゃん」と、一度でもいいから、呼んでみたかった(それはさっさと妹扱いしやがれこのバカヤロー、と小声で冷たくモノローグするって、つまりはそういう意味だった)――白衣を羽織る、反射板、肩甲骨から、羽を伸ばして、白痴になって、弱音を吐いて――「二人で化学の実験をしよう、僕たちはあまりにも様々なものの化合物なので、リトマス試験紙にも反応しない、大学が理系じゃなかったから、思いつくことが高校生レベルの化学的ボキャブラリーだけれど、そんなことは気にしないでほしい、きみの歯が雪のように純白であることを、ウェディングドレスのように白無垢であることを、確認したいから毎日歯を磨いてほしいと思う、そのための歯磨き粉、エンジェルダストみたいな、デンタルダストだ、きみの、どことなくキシリトールのような匂いのする髪の毛って素敵だと思うよ、禁欲主義という言葉の、呼び寄せるイメージのように、プラトニックで甘い、プラスチックでやわらかい、サクランボとジントニックを、炭酸で割ったカクテルみたいに、舌がしびれる――ビーカー、ビーカー、並べられてる、色とりどりの水溶液を見るのが好きだった、まるで液状化した宝石のコレクションをやってるみたいだった、きみはといえば、すぐさまそれを手にとって、口にはこんで呑もうとするから、死ぬ気かと思った、そう、どうせ馬鹿なやつらはきみのことを馬鹿だというんだろう、そんなことは馬鹿なやつらに言わせておけばいい、それがやつらの仕事なんだから、きれいなものを見たら何でも飲み干そうとするきみ「気に入ったものは何でも手に入れようとするきみ」悪魔のように意地汚いきみの、うすく口紅をひいたくちさきが蛍光灯の光に反射して、美しいんだか気持ち悪いんだか微妙なところだと思った、つまりは戸惑うことを楽しんでいたんだ」――ガラスの中から声がする、マラルメの小瓶、青酸カリの白い結晶を入れた、小さな試験管を、ネックレスにとめて、いつもつけていた、死を閉じ込めるということは宇宙を閉じ込めるということなんだと、あの人は言った、そこからもしかしたら新しい人生が始まるのかもしれない、だからそれは美しい卵綴じなのかもしれない、さまざまなイメージが閉じ込められている、うさぎの、うさぎのぬいぐるみの、ゆかに落ちているのを手にとって、きみは大事そうに、ぎゅうっと抱きしめる、その瞬間のあどけない身のこなしから、レモン色のピクシーズダストが、ふりまかれて廻りにちらばる、きみの素性は、海から生まれた妖精だったんだね、緑のソファーに背中をもたれて、さも嬉しそうに両手をふって、まじないみたいに歌ってたっけね――「ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみったらぬいぐるみ、あたしのうさぎのぬいぐるみ」――縫い目がほつれて、遠くからだと、ぼんやりと血が流れるみたいに見える、だけれどもっと近づいてみたら、単なる運命の赤い糸なんだって、よく分かる、そう、タイミング違いで、お門違いで、ほころびを見せた、ほどかれた意図が、咲きほころんで、地団駄踏んで、ほぞを咬んでるその姿さえもが、僕の誇りだ、だから今日の呑み代は、僕が奢ろう――「ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみったらぬいぐるみ、きぐるみはいで、よわねをはいて、みぐるみはいで、ほうきではかれて、ふゆになったらぶーつをはいて、かぞくぐるみでくるみをわられて、くるったみたいにくるくるわらって」――赤い縫い糸、玉結びをして、返し縫いして、まつり縫いした、かがり縫いして、くるくる、くるくる、玉止めをして――「そう、きみは珠のような女の子として像を結んだ、様々な可愛いものを様々な形で縫いこまれ、くるみこまれて、メレンゲみたいに、なにかふわふわした白いものがいっぱいつめられている、綿菓子みたいに、たぶん何か苦い飲み物と一緒に食べると、中和してちょうどいいのだろう、雪の中に咲く薔薇の花、憂鬱の中に咲くアマリリスの花、目の保養になるのはアイリスの花――混ざりあっては溶け合って、白い色したセリの花とか、黄色い色したカタバミの花とか、淡く儚いアネモネの花とか、繚乱しながら咲き乱れている、山の手の公園を見晴らしていた、ターコイズでできたビーズの腕輪を、左の手首にすげかえて、弄びながら――いつしか僕が悩んでいる間中、きみはまるで、オフィーリアみたいに見えていたっけ、可憐でかしこくて気がきく少女、きかん気で、がんこで、くちのきけない、きちがい娘、僕の好きでいる、そう僕のことをきっと好きでいてくれるような気がして、生霊になったまま、彼女は日がな一日、背中の付け根で訴えていたっけ、ほら歌う――「ぐるぐるまかれてきがくるう、いみじくいちじくときじくしんじゅく、らんじゅくはんじゅくひんしゅくせいしゅく、くじゅうくりはまくりからとうげ、くるしみつづけるくりすたる、くるみこまれるくりすます、まるめこまれるながれぼし、ぐるぐるまかれてきがくるう、おなじきどうをぐるぐるまわって」――三寒四温に、サンザシオイル、三文芝居に、山茶花の花、サザンクロスに、三角形、パパママこどもにたしなめられて、たしかめられて、たきしめられた、匂い袋をお店で買った、お守りみたいに、タリスマン、匂いみたいに、まじないがひろがる、アルルカン、それはきみのことをまもってくれるだろう」――きれいな言葉は、カレイドスコープ、ひとの心とじぶんの心の移り変わりを、あたしはみてた、どうしてあたしは女でいなければならないのだろう、あんまりいたづらに、うつっていかないでほしいとおもう、花の色、長い雨が降っている間に、みんな変わってしまう、無理矢理映画を見させられたまま、ひきこもらされているみたいで、口惜しくて仕方がなかった、そう、むかしきれいだったものが色あせてしまうような気がして、いてもたっても、いられなかった、だからよく耐え切れなくなって、街に火をつけた、100年以上も前から続く、木造の、長屋作りの家々が、めらめらしながら燃えていくのを観るたびに、蒸発していく水分が、しゅーしゅーしゅーしゅー歌うのが聴こえて、なにか不思議な小動物の、押し殺した息遣いみたいで可愛いと思った、そんなことを感じながら、ただあたしひとりだけは、海の底にいるみたいに冷静になって、海の底だからきっとミネラルが豊富なんだろう、ときどきは大勢の人が逃げ惑う幻覚をみてせいせいすることもあった、だけれど、生きているのが好きだしあなたが笑っているのをみると嬉しい、だから――「幽霊さんたら幽霊さん、ねえ、おいでなさいましたらあたしのねがいをきいてくださいましな、かなうことなら、きぐるみをきて、ゆるキャラになって、プラカード持ちして、天国の地域振興に一役買いたい気分です、ねえ、あたしこれでも猫をかぶるとかわいいんですよ、神様はとっても意地悪な方なんですね、だけれどあたしは幸せなんです、だってあなたに散々ひどいめに遭わされて、きっと前世でも来世でもそうなんだろう、だからもう、なまみのひとから意地悪されたからってもう全然気にならないんです、気になりたい時だけ気にかけて、気をつけて、傷ついた時にはもう気がついている、おふざけしないで、おちついて、おとなしくなって、いい子にしていて、そんな台詞はききたくもない、いつまでたってもききわけの悪い子でいたい、ただなんとなくあたしの思い通りになってほしい、ヒントはきちんとあたえとくから、糸口をつかんでほしいと思う、ショックを与えて顔色をみたいの、あなたのメスは、なんのためにあるのか見せてほしいの、あのピンセットみたいな手術用具で、骨をつまんで、隠されたものを、取り出してみせてよ、あたしの神様、誰かのことを、あこがれてこがれて燃え上がって、崇拝することのたのしさを、あなたはきっと、わからないから、あなたはいつでもピントが合わない、ピンボケ野郎、もっとやさしくしてほしい、でないとそのうちノイローゼになる」――青紫に、変色していく、チアノーゼ、ストリキニーネに、ヌミノーゼ、思い返して、ラメントを歌う、ラミネートでコーティングされた不幸、それをメメントすればいい、ジャスミン、メントス、キスミントって、まだ売っていただろうか、体中に飾り立てられたオーナメントのせいで、居心地をなくした、どこまでも続く平面の上に置き去りにされて、くずおれた体をすこし持ち上げたまま、見下ろしている僕を見返した、挑むような目だったろうか、それとも訴えるような目だったろうか――そしたら彼女は誰よりも可愛く見えるということを経験で知っていたのだろうか、雨が全てを流してしまう、生きるための術も、恋するための術も、裏切るための術も、みんな――まるで彼女は雨の国を統べる王様と、結婚でもするつもりみたいな横顔で、ガラスの表面に触れた指先の向こうには水で濡れている街が見下ろせる、降って来る雫たちが、彼女の目の前を隔てている透き通った壁に、しがみつくようにあたって、それぞれが一呼吸をおいてから、すべりおちていく――ぬいぐるみを抱きしめたまま、いつまでも、鏡の国に住んでいるみたいに、普段だったら、触れたとたんに、すくんでしまう、オジギソウみたいな性格のくせに、たいしたことは何もできないくせに、夢の中で見逃した白うさぎのことを、心配している、海の向こうの国から伝わる、自分の爪にホウセンカの汁を塗って、初雪までに色が残っていたら、恋が実るって、あやふやなまじないのことを、まだ信じている、年端もいかない少女みたいに、静かな声で――「きれいね、荒れた土地でも、やせた土地でも、萩の花は咲くことができるの」――白に、黄色に、うすい桃色、だけどきれぎれになって、よく聞き取れなくなる、ノイズが混ざったみたいに、だからよくまるいおとがききたくなった、その欲望がみせびらかしていく夢のなかで、きみはしゃべっていたっけね――クリックだけで再生される、ぼくたち自身の、幻聴みたいに――「どんなかたちであってもいいから、ずっとたいせつなおともだちでいてほしい、いろとりどりのはなばなにかこまれて、いつまでもくらしていたい、おはなばたけのどこかから、ねこのこえ、れんげのはなびらをちぎって、うらないをした――こどものころにすんでいたまちでは、かぜがふくたび、そめいよしののえだえだから、はなびらのふぶきが、まいおりてきた――まるでてんにょのはごろもみたいね、おかあさん――あたしはあなたのかおを、ほんとうにはいちどもみれなかったようなきがする、さわやかなすずしさが、むきをかえてはやってくるたび、もりぜんたいが、かすかなももいろの、ゆきげしきにかわっていくから、みつめるあたしは、われをわすれた――きっとかみさまがこいうらないをしているの、おかあさん、だけどかみさまはだれのことをゆめみるのだろう、どうしてさみしいとおもわないのだろう、かみさまにはおかあさんとおとうさんはいないの?ふきつけてくる、すずしさといっしょにあわいゆきたちがかおにはりついた、それぞれのこころとあこがれとをやどして、そよぎたち――じぶんのからだたちがなによりもきれいに、それからどんなときよりもじぶんらしく、そよいでいられる、そういうばしょを、さがしているの、うらなっているの、うけついでいるの、おとうさん、おかあさん、ほんとうは、しあわせになってほしかったの――ことばをしらなくてうまくいえなかった、たどたどしくって、すぐつまづいた、はずかしかった、うまくいえることばがわからなくて、いっしょうけんめいさがした、せかされて、でもまっていてほしかったの、おんなじように、あなたにはなした、きっと、いっしょうけんめいだった――だれにもとめられないように、どこにもとられていかれないように、もとめられてもうらないように、うさぎのぬいぐるみに、しがみつくように――だきしめた、もごもごとしかしゃべれないみたいに、あたしたちは、いつもくちもとをぬわれているみたいだったのに、なのに、いつしか、ことばが、ほぐれて、こわばっていたもの、こわがっていたもの、こだわっていたもの、こっていたもの、どこかにのこっていたものも、みんな――くちをついては、いろとりどりに、さきほころんで――しろくなっては、くうきにとけて、それが、なにかふわふわしたれもんいろみたいになって、かがやいて――あったかかった――

ぴくしー、ぴくしー、ゆきをふらして、あんまりきらきらしているものをみると、ふあんになるから、そういって、いつでもつめたさに、かくれた、しずかさに、かくした、じぶんを、たにんを、だれかを、あなたを――だけれど、もっと、はなしたい、くりすますみたいに、たくさんのおかしと、おくりもの、あたたかいたべもの、うさぎのけがわみたいにまっしろなきゃんどる、ひのついた、ろうそく、しあわせそうに、わらう、こえ――いつでも、どこでも、みえるきが、するから――たいせつな、だれかと、こえを、かわして、いるときは、いつでも、だれでも、どこでだって――

まるで、ことばの、ぬいぐるみでできているみたいな、あたしたち――ほんとうは、もっと、やすらかな、ものでよかった、かろやかな、やさしさでよかった、あたしたちの――「ぬいぐるみ、ぬいぐるみ、ぬいぐるみったらぬいぐるみ、あたしのうさぎのぬいぐるみ」――おどる、ゆびさき、しゃべる、くちさき――ぬって、ぬわれて、つくろって、つむいで――ほつれた、いとを、のばして、むすんで、とめて、まとめて――たまご、みたいに、こねこ、みたいに、しろうさぎ、みたいに、まるく、ゆわえて――

あなたに、いつか、はなしたかったの――つないだ、てのさき、つむいだ、あとさき、ことばの、あてさき――かんじ、たいから」

(2011年)

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