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伊藤佑輔作品集2002~2018

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2002年から2018年にかけて書いた詩や小説やエッセーなどをまとめたものです。 ↓が序文です。参考にどうぞ。https://note.mu/keysanote/n/ne3560…
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#幻想譚

小説 蛇をテーマにした3つの短編 (2003年)

1 喫茶店の蛇 僕はペン先を休める。疲労のあまり僕はペン先を休める。するとその青い万年筆は揺らぎだし、子供のころに町はずれの道路で見た百足のように蠕動をはじめて、ついにはペン先は毒針を秘めた蠍の尻尾になって注射針のように僕の手首の青黒い静脈を突き刺した。すると僕の静脈は山脈のように、地殻変動による造山運動のように隆起し、蛇のように乱暴にのた打ち回ったと思うや、一瞬にして僕の腕全体に広がった。するとそのまま僕の右腕はうろこ状に真っ黒になって勝手に動き始め、体全体が一匹の黒い蛇に

散文詩 死んだように笑う女(2007年)

リンドウの花の中で眠っていた。煤黒く濁った蜜がとろりと落ちてきて体中にかかってきた。沢山の微かな泡がたちどころに湧いてきた。 蜜のかかったところから、来ていたワイシャツもろとも全身がただれた。5ミリ四方くらいの泡の塊になって溶けていった。 痛みは特になかった。ただぷすぷすぷすぷすと音がした。 これは硫酸なのだ。 夏になったので虫たちが笛を吹いていた。 雨はばら色になり三四匹の岩魚がぴちぴちと路面で跳ねていた。 背後でぞぞっと音がした。 振り向いた。 とても美しいかんばせをし

小説 織野姫子のモノローグ(2012年)

さまざまなもの思いに耽りながら、わたしはしだいに眠りについた。 するするするする、ゆるやかにしずかに、吐き出されていく蜘蛛の糸みたいに。 織野姫子、という名前で呼ばれる、普段の自分から、遠ざかって。 そのくらがりから、たちこめてくる水の匂いは、せるせるせると、音をたてては、意識の襞にまで流れでていった。大小の渦ヶを、幾重にもつくって。それはわたしを呼んでいる気がした。 ――いつもそれを見ていると何か懐かしい気持ちになる。まるでふと駅ですれ違った女の人の髪の毛の匂いが、子供のと

小説 地下鉄とおにゅそと食べっ子動物(2012年)

1 記憶の奥底に、黒い漏斗のように広がっている、地下の世界には地下鉄が走っている。地下鉄は、蟻塚の中身のように、複雑な迷路のように展開されている。 ――わたしは、その地下鉄の中にいる。遠くから見ると、きっと、小さい、こども向けの人形のようにやせ細った姿でいるだろう。――狭い天井と、並べられた蛍光灯に照らされて。地下鉄特有の薄暗い感じが、心ならずも、異空間に脚を踏み入れてしまった雰囲気を、醸し出すのに一役買っている。 広がっているのは、全体的に薄暗くて、薄汚れている風景だ

小説 人魚姫のモノローグ(2012年)

あの採血管の中では、血小板や、白血球が、たくさんの白玉のようにくっついて、まるまっているのだろうか、とあたしは思っていた。 意識も気持ちも抜き取られたまま、なかば夢うつつの、固くて透明な窓を見ていたの。 ――その中庭では、百合の花。アネモネの花。ペチュニアにダリア。グラジオラスに、 スズランに、ヒヤシンスの花。ユキヤナギの花も、咲いていた。色とりどりのドレスを着た人たちがたくさんいるんだ、と思った。 そのひとたちの踊るのを見ていると、自分と他人のさかいめも、遠近法も、ま