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伊藤佑輔作品集2002~2018

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2002年から2018年にかけて書いた詩や小説やエッセーなどをまとめたものです。 ↓が序文です。参考にどうぞ。https://note.mu/keysanote/n/ne3560…
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#ファンタジー

散文詩 エストンピィ(2011年)

 天国の縁には、緑色と灰色とうすい桃色の雲が無数の渦巻きを形作って、たなびいていた。その下には、黒づんだ大きな蒼い山麓が広がり、左下の方、山の裾野では、矢車菊のように蒼い色ガラスで組成された街が、林檎のように酸っぱい香りのする美しい苔のようにこびりついて、広がっていた。  街の中央には、白亜の大理石を紅や黄色や橙色で彩色した神殿がそびえ、毎晩毎晩、神官たちや、巫女たち、奴隷たちの楽しい祝祭の歌声が、まるで淡いいちご色をしている生きたうろこ雲のように鳴り響いていた。  神殿

小説 尖塔たち(未完)(2004年)

 ハイエルフたちの棲んでいるという、青碧色の皮膚をしたその森は、鋭くて明るい鉱物で組成されて、血糊に覆われ、雲のヴェールのずっとむこうに、うそうそと群らがっていました。白っぽい雲の海が、空に広がっています。アネモネの花が雪のように降ってきます。水中花みたいに淡い灰色が、断片的な、耳に聴こえない旋律の予感を、飽きることなく繰り返しています。  黄昏が、秋の中で炉心融解していくような、地平線の水際の辺りでは、小さな小さな光の粒子が、空中に大量にふりまかれていました。西の方で連な

小説 知覚という名の夢のどこかで(2012年)

 天の奥から、神様の垂らした蜘蛛の糸が、途切れ途切れに、落ちてきていた。重力に圧されて、自分自身の形を忘れて、路面の片隅に追いやられていった。そこにはちょうど、大人の靴一つ分の湖が生まれた。 うなづくように。うなだれるように。 うつむきがちに降ってくる、幾千万もの透明が、音を立てては、ぶつかっていく。さんざめいている細い糸たちの紡いでいく、しらじらとした音楽にまぎれて、さまざまなイメージが、消えてしまった時の中から呼び戻されて、甦っていく。  すると静爾(せいじ)は、いつか

小説 風子の記憶(2003年)

――履いている靴のつま先のあたりで、微かな土埃たちと一緒に、湿気の抜かれたそよ風が、そよそよとふきつけてきます。そこいらにまばらに生えている、淡い色をしたイネ科の植物たちは、鋭い葉先を繊ケと鳴らしています。 植物たちは、そうすることで、風の精霊たちに返事をしたためているようでした。 ――雑草たちの表面には、幾何学的な光彩がうっすらと滲んでいました。それはつややかに燃えているようで、同時に誰かを呼んでいるようでした。その無機物的なきらめきは、あたりをさまよう、風子(かぜこ)

散文詩 雨の婚礼(2006年

――小さな白い絹糸たちが、うつむきがちに、明滅している、しんしんと、幼い鳥の羽根音みたいな音が、ずっと続いている。窓の外では、しとしとしとしと、雨が降っている、水素と酸素の混ぜ合わさってできた、あの顔見知りの球体たちは、連綿とした白い糸たちをたくさんつくっている。 ――次々と地面に吊り落とされていく、透明たち。慥かにつめたい質感を、白く薫らせ、形を崩して流れでていく、しめしめとした音たちは、なんの具体的な表情も見せない。――彼女は言う。表情を見せないあのひとの足先は人形みた