小説 尖塔たち(未完)(2004年)

 ハイエルフたちの棲んでいるという、青碧色の皮膚をしたその森は、鋭くて明るい鉱物で組成されて、血糊に覆われ、雲のヴェールのずっとむこうに、うそうそと群らがっていました。白っぽい雲の海が、空に広がっています。アネモネの花が雪のように降ってきます。水中花みたいに淡い灰色が、断片的な、耳に聴こえない旋律の予感を、飽きることなく繰り返しています。

 黄昏が、秋の中で炉心融解していくような、地平線の水際の辺りでは、小さな小さな光の粒子が、空中に大量にふりまかれていました。西の方で連なっている山脈たちの稜線は、眠りみたいに、陰りの中に、沈みこんでは、空気の裏側、世界の限界に棲んでいる、神様たちの、おごそかな静けさを歌っていました。それらの麓という麓では、山裾では、丈の高い直線たちが、つららのように深々と突き刺さっていました。白くて柔らかい骨をもった、廃墟の群れは、逆光のせいで、墓標みたいにどす黒くなっていました。その建物たちは古い神々を祀るための大伽藍たちで、空を突き抜け、伸びているのは、十四、五本の尖塔たちでした。

 飴細工のようになめらかな曲線と、規則正しい長方形の明晰な連続体を組み合わせたような、薄いガラス質の階段が、絡み合わさり、複雑な螺旋軌道を幾通りも幾通りも描写して、空に向かってどこまでもどこまでも上昇していきました。

 塔の中には、神官たちが住んでいて、毎日毎晩、神を讃える祝詞のように、歌物語をつむいでいるのでした。この国の、神官の家に生まれた子供たちは、十四才になったら、塔の中に暮らし始めて、歌やキタラの修行を積んで、神を讃えながら、一生を過ごしていかなければなりません。それはこの国の、古くから決められていたしきたりでした。リイクもあと2ヶ月で十四才です。塔の中で、慣れ親しんだ、森や街から、友達から、孤児だった自分を海育ててくれたおじさんおばさんから、それにおささななじみのシスティーナから、何年も離れて暮らしていかなければなりませんでした。

(2004年 2012年)

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